【「不登校」「ひきこもり」を考える】#11

 「感情不全」では、本音の気持ちを押し殺し、感情の感度低下が生じるという話をこれまで繰り返ししてきましたが、この感情は専門的には「一次感情(情動)」と呼ばれます。これは人が生まれながらにして持つ素の感情です。具体的には「うれしい」「悲しい」「怖い」「怒り」といった、犬や猫などの動物にも共通の喜怒哀楽といった原始的な感情です。一次感情は、英語ではエモーションと呼ばれ、いわゆる生物が生きていくために必要な行動(モーション)を具現化(エ)させるために、自らの体を駆動させるエネルギーを生み出すものという語源を有する、文字通りの本能的な感情です。

 この一次感情は食欲や性欲などの本能的欲望と一緒で、満たされずに我慢し続けていると非常に苦しい渇望感を生じる一方で、満たされて気が済むときれいさっぱり消える、つまりその役割を果たせば消退する、という習性を持っています。失恋後に大泣きしていたかと思っていた方が、数日後にはケロッとした顔をしてゲンキンにも別の新たなパートナーとよろしくやっていたり……。といったように、たとえばどんなにつらい悲しみであっても、しっかりと感じ切ると、やがてそれは時間と共に消退していくというように一次感情はできています。怖かったお化け屋敷も一度恐怖のピークを経験すれば、もうなんとも思わなくなるのも同様です。

 一方でこうした一次感情は、失恋や挫折など都合が悪いものほど、それを感じることに強烈な苦痛を伴うために、ついつい人は目を背ける「回避」というパターンで感じることから逃げようとします。厄介なのはこうした一次感情にきちんと向き合わず、無理に抗い続けたり逆に逃げてばかりいると、他の動物には見られない、人間特有の「二次感情」が大きく膨らんでしまうことです。

 具体的には「羞恥心」「罪悪感」「虚無感」「劣等感」「自己嫌悪」「怨恨」などといった犬や猫などの動物には感じられないどころか、人間同士でも他人からは理解されにくい「社会的な人工感情」とも呼ばれるものです。また、一見、一次感情に見えてもそれが極端な場合、たとえばちょっと肩がぶつかっただけで相手にキレて殴りかかる、といったTPOに合わない膨らみすぎた喜怒哀楽も二次感情です。

■激しすぎる怒りに潜む「困った一次感情」

 よく不登校やひきこもりの方の中には、ちょっとしたことで激しくキレ出す人がいますが、「怒っている人は、困っている人」という言葉があるように、「激しすぎる怒り」は「辛すぎて直視できない困った一次感情」からの回避なのです。だから、「何、逆ギレしてるのよ」などと、本人の困りごとに寄り添うことなく正論で叱るだけでは、怒りという捌け口を失い、これまで必死に目を背けてきた一次感情に直面せざるをえなくなるため、必死なって「もっと怒る」ことで回避を堅持し続けようとするわけです。

 この人工物である二次感情は、一次感情のように一度でも感じきれば、時間が経つと自然と消えていくというわけにはいかず、怖いのは一次感情を感じない限り、頭の中で環境ゴミのように一生消えないノイズとなって蓄積し続けるという点です。この脳内ノイズは、苦悩を生み出し続けるノイローゼの元となったり、コントロール不良な感情としてうつ病やパニック症のような精神疾患の原因となったり、自律神経失調などを通じて身体的不調にもつながっていきます。

 同時に、マイナスの一次感情の回避が習慣化すると、プラスの一次感情の感度も鈍化していくため、健康的な喜びや達成感も感じられなくなり、前向きさや意欲が失われ、逆にゲームや反社会的行為、暴飲暴食、自傷行為といったスリリングでジャンキーな刺激でないと生きている実感が得られなくなるという現象を生じるようにもなります。「二次元」と言われるようなアニメやマンガ“だけ”に惹かれていくのも、リアルな一次感情の刺激されない“安全な心地よさ”を満たしてくれるからとも言えるかもしれません。

(最上悠/精神科医、医学博士)