Master of Saint Verdiana - Archangel Michael Slaying the Dragon, Public domain, via Wikimedia Commons

キリスト教美術のなかで大天使ミカエルを見分けるためには、よく登場する主題と目印(アトリビュート)を理解することが大切です。この記事では、ローマの大学院で美術史を専攻する筆者が、キリスト教美術史における大天使ミカエルの役割と描かれ方を解説します!

大天使ミカエルとは?

Castello Sant'Angelo, Roma, Public domain, via Wikimedia Commons

大天使ミカエルは、キリスト教だけではなくユダヤ教やイスラム教にも登場します。有名な人物や地名になっているケースも多く、たとえばミケランジェロ「Michel-Angelo(ミカエル-天使)」やモンサンミッシェルは「Mont Saint-Michel(聖ミカエルの山)」が挙げられます。
キリスト教の聖書(旧約聖書・新約聖書)で大天使ミカエルが言及されているシーンは主に次の通りです。

・犠牲の死からイサクを救った天使(創世記22:11[34])
・ヤコブが戦った天使(創世記32:25[35])
・ネブカドネザルの火の炉から三人の若者を救った天使(ダニエル3:25[39])

ほかにも大天使ミカエルには「癒し」にまつわる伝説があったことから、疫病から信徒を守る存在としてまつられることがあります。

もっとも有名な例はローマのサン・ピエトロ大聖堂の近くにある「サンタンジェロ城」でしょう。もともとはハドリアヌス帝の霊廟(大きなお墓)であった建造物が、教皇の別荘や要塞として再利用されて現在の形になりました。

「サンタンジェロ(Sant’Angelo)城」つまり「聖なる天使の城」と呼ばれるようになったのは、大天使ミカエルが疫病からローマを救った伝説が元になっています。伝説によれば、疫病の終焉を伝える大天使ミカエルがサンタンジェロ城に降り立ったそうです。

この伝説から、疫病や病気にかかった人がサンタンジェロ城に足を運び、大天使ミカエルに救いを求めて眠るようになったと言われます。現在でも、サンタンジェロ城の屋上には力強く剣を掲げる大天使ミカエルの像が据えられています。

大天使ミカエルがよく描かれる主題『サタンを打ち倒すミカエ』

Aartsengel Michaël, 1450 - 1470, Public domain, via Wikimedia Commons

大天使ミカエルのイコノグラフィー(図像)は、ヨハネ黙示録12章の一説に大きな影響を受けて発展しました。ヨハネ黙示録の、大天使ミカエルはドラゴンに扮した悪魔を倒すシーンです。

悪魔との闘いが取り上げられることが多いためか、大天使ミカエルは戦士のような装いをしていることがあります。鎧を身に着け、剣か槍を手に持っています。

大天使ミカエルがここまで明確に戦士のように描かれるようになったきっかけは、おそらく古代ローマのコンスタンティヌス大帝でしょう。コンスタンティヌスは義弟リキニウスが悪魔の化身である(ヨハネ黙示録の蛇に変身した悪魔)と主張し、彼に勝利したのちに蛇に見立てたリキニウスを殺す自分の姿を描かせました。

この引用が大天使ミカエルの蛇退治のシーンを定着させ、もっとも一般的な図像となるきっかけを作りました。しかしコンスタンティヌス帝とは異なり、大天使ミカエルは蛇やドラゴンを殺害はしません。ミカエルの目的は制服であり、抹殺ではないためです。

大天使ガブリエルの目印は「天秤」や「剣」

San Miguel no retablo de Silte , Public domain, via Wikimedia Commons

大天使ガブリエルの目印は「天秤」と「剣」です。大天使ミカエルは伝統的に天上世界と人間の内的システムのバランスを握っていると言われる天使と言われています。そのため、調和を保つための「天秤」を手にしているのです。

しかし実際は「天秤」に関する明確な記述はキリスト教の伝統にはなく、イスラム教における「片手で死者の魂を量り、反対の手で選民の名が記された『命の書』を持っている姿」がキリスト教美術史のなかでも応用されたと考えられます。

もう1つの目印は「剣」です。悪魔を倒すための武器として剣を持っています。しかし、大天使ミカエルが剣を使うのは悪魔(ドラゴンや蛇の場合もある)を殺すためではなく、戦いに勝利し制服するためにすぎません。その点に注目すると、描かれる悪魔の表情も興味深く見えます。

キリスト教美術で翼がある鎧の天使を見つけたら、足元にドラゴンや蛇がいないかチェックしてみてください。以上、大天使ミカエルの役割と目印についてでした!