「いろいろな選手たちがこうやって出てきて、青森にもまだいっぱい人がいて、そういう選手たちも『おお、勝ったか』という喜びとともに、今度はまた悔しさや競争が出てくると思うので、指導者としてはそういう選手がどんどん出てくるというのは嬉しいですよね」

激闘の90分間を勝利で飾ったばかりの正木昌宣監督は、そう言って少しだけ安堵の表情を浮かべる。プレミアリーグ連覇を狙う青森山田高校の2024年シーズンは、激しくシビアな競争の中に身を投じている2人のアタッカーが挙げた、2つのゴールで幕を開けることになった。

それは3か月ぶりの再会だった。プレミアリーグEASTの開幕戦。青森山田をホームで迎え撃つのは、千葉の名門・市立船橋高校。両雄は今年1月の高校選手権準決勝で対戦したばかり。そのゲームは青森山田がPK戦を制し、決勝進出を手繰り寄せている。市立船橋にとってはリベンジを懸けたリターンマッチ。絶対に負けたくない一戦だ。

キックオフ直後からにらみ合いが続く中で、スコアが動いたのは14分だった。青森山田が左サイドで獲得したスローイン。キャプテンマークを巻く小沼蒼珠が投げ入れたロングスローがこぼれると、いち早く反応した川口遼己がインサイドキックで叩いたボールは、そのまま密集をすり抜けてゴールネットへ到達する。

「3日前にたまたま練習で、『よし!遼己だ!』と思って。直感でした」。正木監督はスタメン起用の理由をそう口にする。23番という大きな番号が物語っているように、プレシーズンにおける川口の立ち位置は、決して本人が思い描いていたようなものではなかった。

2月の時点ではAチームの主力としてプレーしていたものの、「足元は抜群に上手いんですけど、『この強度でプレミアはどうかな……』と半信半疑だったんです」という指揮官の判断で3月のサニックス杯ではメンバー入りを果たせず、Bチームの遠征で地道にアピールを続けていたという。

諦めずに努力したことが引き寄せたスタメンへの抜擢。意気に感じないはずがない。「最高です。セットプレーのセカンドは狙っていたので、振り抜いたら良いコースに行ったかなという感じです」と笑顔を見せた川口の貴重な先制ゴールが、チームに大きな勇気をもたらしたことは言うまでもないだろう。

「春の遠征では結構スタメンで使われていましたし、先週の練習試合でもスタメンで、今週の練習もモチベーション高くやっていたんですけど、スタメンじゃないということが木曜日ぐらいにわかって、その日は悔しいというか、落ち込んでいたところもありましたね」

スタメンを勝ち獲った選手がいれば、一方でスタメンを奪われた選手もいる。プレシーズンで多くの出場機会を得ていた大沢悠真は、自分がオープニングマッチの11人に選ばれていないことを試合の2日前に知る。もちろん最初はメンタル面の揺らぎを感じていたものの、いつまでもふさぎ込んではいられない。

「プレミアは長いリーグなので、チームがまず勝つことを考えて、そういうマイナスな想いはみんなの前で出さないようにしました。自分にも出るチャンスはあると思っていたので、そこで絶対にゴールを決めて、見返してやりたいという想いもありましたし、『もう1回コイツをスタメンに戻そう』と思わせるようなプレーをしたいなと思っていました」。実際に開幕戦はベンチからのスタートだったが、しっかりと気持ちを切り替えて、アップエリアから試合を見つめる。

83分。ようやく大沢に声が掛かる。残された時間はアディショナルタイムも含めて10分あまり。「まずは失点しないというところで、守備のところでプレスバックをすることと、攻撃は『1本あったらそれをしっかり決めてこい』と言われました」。やるべきことは整理できている。気合十分で待ちに待ったプレミアのピッチへと駆け出していく。

ずっと気になっていたことがあった。「前半から試合を見ていて、『ゴールキーパーが結構前に立ち位置を取っているな』と思っていたんです」。後半もアディショナルタイムに差し掛かった90+2分。後方からのボールを引き出した大沢は、GKのポジショニングを見極めながら、ゴールまで40メートル以上はある位置からロングシュートを狙うと、バウンドしたボールは鮮やかにゴールネットへ吸い込まれる。

青森山田が掲げ続けている『1本中の1本』を体現するようなスーペルゴラッソ。「メチャメチャ嬉しかったです」と満面の笑みを浮かべた13番に対し、指揮官はその起用法についてこう話している。「プレミアにはあのラストの苦しい時間が出てくるわけで、去年の後藤礼智みたいにそこで変化を付けられるのが大沢だったので、遼己をスタメンで出して、大沢をあえてサブにしたら、その2枚で点を獲ってくれたのでビックリです。迷采配、的中です(笑)」

始まったばかりのシーズンに向けて、大沢が語った抱負も力強い。「ゴールは嬉しかったんですけど、まだあまり実感がないですね。でも、これからはこういう相手とやっていくことになるので、同じ高校生ですし、リスペクトはしながらも、し過ぎないで、自分たちは春も全然結果が出ていなくて、悔しい想いをしてきましたけど、ここから勝てばいいだけの話なので、三冠を目標に1試合1試合やっていきたいです」。

正木監督も、この日の勝利について印象的な言葉を残している。「この春の遠征の1か月間で本当に彼らはたぶん『オレら、大丈夫かな?』という不安の中で戦っていたので、やっぱり試合前と試合後で顔つきが全然変わっている感じもしますね。今年は『オマエたちは雑草だ』と言っているので、雑草魂でやりたいですし、不安と戦っていた部分で言うと、この勝ちは自信に繋がるので大きいかなと思います。今年はずっと言っているように競争なので、調子の良いヤツを使えばいいなと。いつまでこの直感が続くかな(笑)」

川口が、大沢が、そして彼らに続こうとする選手たちが、またいつものグラウンドで激しくシビアな競争の中に身を投じていく。やはり青森山田は、青森山田。2024年シーズンもこのチームはきっと、並大抵の覚悟なんかでは倒せない。

文:土屋雅史