シリアの首都ダマスカスのイラン大使館空爆の報復として、イスラエルをミサイルとドローンで攻撃したイラン。中東での戦火の拡大を懸念する声も多数上がっていますが、そもそもなぜイスラエルはイランの報復が容易に想像できる「大使館攻撃」に打って出たのでしょうか。今回のメルマガ『ロシア政治経済ジャーナル』では国際関係ジャーナリストの北野幸伯さんが、その裏事情を解説。アメリカやイスラエル、さらに中露の思惑を詳説しています。

※本記事のタイトルはMAG2NEWS編集部によるものです

【裏事情】イランがイスラエルをミサイル攻撃

全世界のRPE読者の皆様、こんにちは!北野です。

イランが、イスラエル攻撃を開始しました。『ロイター』4月14日付。「イラン、イスラエルに報復 弾道ミサイル『第一波』発射」

イラン革命防衛隊は13日、イスラエルの特定の標的に対して数十の無人機(ドローン)とミサイルを発射したと発表した。イラン国営メディアが革命防衛隊の声明を伝えた。米政府も攻撃開始を確認し、数時間続く可能性があるとの見方を示した。

なぜ、イランは、イスラエルを攻撃したのでしょうか?

シリアの首都ダマスカスにあるイラン大使館周辺がイスラエルによるとみられる攻撃を受けたことを巡り、イランは報復を行うと表明していた。
(同上)

イスラエルは4月1日、シリアのイラン大使館を攻撃し、イランの将官が多数亡くなりました。今回は、その報復になります。アメリカおよび複数の国々が、イランの攻撃を非難しています。

<各国が非難>

 

バイデン米大統領は12日、イランが「間もなく」イスラエルを攻撃する可能性があるとし、イランに対し攻撃しないよう警告していた。(中略)

 

「バイデン大統領の立場は明確だ。イスラエルの安全保障へのわれわれの支持は揺るがない。米国はイスラエルの人々と共にあり、イランからの脅威に対する防衛を支援する」と声明で述べた。

 

欧州連合(EU)、英国、フランス、メキシコ、チェコ、デンマーク、オランダもイランの攻撃を非難した。
(同上)

これ、なんかおかしい気がしませんか?最初にイスラエルがシリアのイラン大使館を攻撃したのなら、それに対して報復するのは、「自衛行為」なのでは?ところが、国際社会的には、そう思われないのです。なぜでしょうか?

今、イスラエルは、ハマスと戦争をしています。なぜ、イスラエルとハマスは、戦争になったのでしょうか?そう、2023年10月7日に、ハマスがイスラエルを奇襲し、民間人を虐殺したからです。そして、ハマスの黒幕はイランだと、皆が知っている。イスラエルは今、レバノンのヒズボラやイエメンのフーシ派とも戦っている。ヒズボラやフーシ派の後ろにイランがいることも、皆知っています。

というわけで、今回の一連の戦争を始めたのはハマスですが、国際社会的には「イランがはじめた」と思われているのです(しかし、「イスラエルの攻撃はやりすぎだ!民間人の犠牲者が多すぎる!」と批判されてはいます)。だから、イスラエルがシリアのイラン大使館を攻撃し、イランがイスラエルに報復したとしても、「イランが自衛権を発動した」とはみなされません。

問題は、なぜこの「一連の戦争が起こっているのか?」、その【 裏事情 】です。

中東戦争の裏事情

私が有料講座『パワーゲーム』で、「アメリカ、イスラエルとイランの戦争が年内(2023年)にはじまる可能性がある」と語ったのは、2023年8月です。実際にイスラエル対ハマス(黒幕はイラン)がはじまったのは、2023年10月でした。皆さんが今読んでおられるRPEで、この問題に触れたのは2023年9月19日付『★イランの核兵器保有と次の戦争が近づいている?』ででした。つまり、戦争がはじまる約20日前です。

【関連】“やぶ蛇”のトランプ。核兵器の開発意図なきイランを激怒させた代償

「後付けではない」ことが理解できるよう、一部転載してみましょう。

ここに、「アメリカ、イスラエル 対 イラン 戦争」の【 真因 】も書かれています。

イランがIAEAの査察を拒否しました。『日経新聞』(2023年)9月17日付。

 

<国際原子力機関(IAEA)は16日の声明で、イランからIAEAの一部査察官の受け入れを拒否すると通告があったことを明らかにした。

査察官はウラン濃縮などを検証している。グロッシ事務局長は「強く非難する」と述べ、査察に深刻な影響が出るとして再考を求めた。国際社会の懸念が一層強まるのは必至だ。>

 

この問題、少し振り返ってみましょう。

 

アメリカは、ウソの理由でイラク戦争をはじめた2003年頃から、「イランは核兵器を開発している!」と非難していました。

 

ネオコン・ブッシュ政権のアメリカは当時、「2016年までにアメリカ国内の石油が枯渇する」と信じていた。それで、資源がたっぷりある中東支配に動いていたのです。「イラクの次は、イランだ!」と(しかしその後、「シェール革命」が起こり、アメリカは世界一の産油国、産ガス国に浮上。中東の資源を確保する必要はなくなり、この地域への熱意は減りました)。

 

はっきりいってネオコン・ブッシュ政権の主張は、イラク戦争の開戦理由同様「大ウソ」でした。証拠もあります。『毎日新聞』2007年12月4日付。

 

<〈イラン核〉米が機密報告の一部公表 「脅威」を下方修正

 

[ワシントン笠原敏彦]マコネル米国家情報長官は3日、イラン核開発に関する最新の 機密報告書「国家情報評価」(NIE)の一部を公表し、イランが03年秋に核兵器開発計画を停止させたとの分析結果を明らかにした。>

 

さらに、『ロイター』2009年7月4日付。

 

<イランが核開発目指している証拠ない=IAEA次期事務局長

 

[ウィーン 3日 ロイター] 国際原子力機関(IAEA)の天野之弥次期事務局長は3日、イランが核兵器開発能力の取得を目指していることを示す確固たる証拠はみられないとの見解を示した。ロイターに対して述べた。天野氏は、イランが核兵器開発能力を持とうとしていると確信しているかとの問いに対し「IAEAの公的文書にはいかなる証拠もみられない」と答えた。>

 

ここからわかることは何でしょうか?

 

ブッシュ政権が2000年代、「イランは核兵器保有を目指している!」と非難していたのは、「ウソだった」ということです。

 

それで、リベラルなオバマが2015年7月、イギリス、フランス、ドイツ、ロシア、中国を巻き込んで「イラン核合意」を成立させました。これで、イランは制裁が解除され、石油が輸出できるようになった。イランは、そもそも核兵器を開発する気がなかったので、大いに喜びました。

ところが2018年5月、トランプが、イラン核合意から一方的に離脱。2018年8月、トランプ政権は、イラン制裁を復活させます。

 

これは、何でしょうか?

 

イスラエルは、「イランが核兵器開発を目指している」と確信している。トランプは、親イスラエルなので、核合意から離脱したのです。

 

再び苦しくなったイラン。そもそも核兵器を開発する気はなかったのですが、追い詰められ、ある時点で気がかわったようです。徐々にウラン濃縮度をあげていきました。

 

ここから、今年(2023年)のお話。『時事』(2023年)3月5日。

 

<イランを訪問した国際原子力機関(IAEA)のグロッシ事務局長は4日、ウィーンの空港で記者会見し、イラン中部フォルドゥの核施設で核兵器級に近い濃縮度83.7%のウラン粒子が検出された問題について「その水準の濃縮ウランは蓄積されていない」と述べた。>

 

「核兵器開発には濃縮度90%以上が必要」とされている。

 

伊藤貫先生によると、イランは、年内に核兵器を保有する可能性が高い。そして、イスラエルは、「イランが核兵器保有する前に攻撃する」と公言している。イスラエルがイランと戦争を始めると、アメリカもイスラエルを助けざるを得ない。

 

冒頭の「イランIEAEの査察拒否」について、日経新聞(2023年)9月17日付は、

 

<核合意の当事国である英国、フランス、ドイツは14日、イランが合意を守っていないとして、10月中旬に緩和するはずだった制裁の一部を継続するとの共同声明を出した。イラン外務省は14日の声明で「挑発的で悪意がある。適切な反応をする」と反発していた。>

 

つまり、制裁延長を決めた欧州への反発が原因だと。

 

しかし、「いよいよ核兵器保有が近づいている。そのことがバレないようにIAEAの査察を拒否している」とも考えられます。そうであれば、伊藤貫先生が予測されているとおりに、

 

イスラエルがイランを先制攻撃 イスラエル―イラン戦争勃発 アメリカがイスラエル側にたって参戦

 

といった事態に発展する可能性も出てきます。

 

そうなると、「二正面作戦」を嫌がるアメリカは、ゼレンスキーに「現状維持で停戦しろ!」という圧力をかけてくる可能性が高まります。

 

どうなるか、注目していきましょう。

これが2023年9月19日付の内容そのままです。そして、2023年10月7日、ハマスがイスラエルを奇襲し、民間人を虐殺。イスラエル―ハマス戦争が勃発したのです。

しかし、ハマスの後ろにイランがいる。だから、大局的に見れば、「イスラエル―イラン戦争」がはじまったということなのです。レバノンのヒズボラやイエメンのフーシ派も参戦し、イスラエルと戦っています。この後ろにもイランがいます。

アメリカとイスラエルは、「ある程度」のエスカレートを望む

イスラエルとその後ろにいるアメリカの目的は、何でしょうか?そう、イランの核兵器製造施設を破壊することです。これ、国連安保理で協議することができません。常任理事国で拒否権をもつ中国とロシアが反対するので、イラン制裁を科すことができないからです。北朝鮮も、ロシアと中国に守られて、核兵器を保有し、やりたい放題やっています。

アメリカは、「北朝鮮の失敗をイランで繰り返したくない」ので、「イラン核問題」を国連で協議しません。中国、ロシアも国連でイラン核問題を協議しません。自分からこの問題を提示すれば、イラン制裁に反対するのはおかしいでしょう。

というわけで、アメリカ、イスラエルは、どこかのタイミングでイラン本土の核兵器製造施設を攻撃したいのでしょう。今は、「その口実づくりが行われている」ように見えます。

とはいえ、アメリカは、「ウクライナ―ロシア戦争」「イスラエル―イラン戦争」「台湾―中国戦争」「韓国―北朝鮮戦争」の「四正面作戦」を望みません。イランに関しては、「核兵器製造施設だけ破壊して終わらせたい」ことでしょう。

問題は、ロシアや中国が、「大きな中東戦争」を望んでいることです。

なぜ?

ロシアの利益は?アメリカが中東戦争で忙しければ、アメリカはますますウクライナを支援できなくなるでしょう。

中国の利益は?アメリカは、ウクライナでロシアと戦い、中東でイランと戦えば、勝手に弱体化していくでしょう。

中国は、「三匹のトラ(アメリカ、ロシア、イラン)が戦うのを山の上で眺める賢いおサルさん」になることができます。これが、中国的には、「最上の戦略的ポジション」なのです。どうなっていくか、よく観察していましょう。

(無料メルマガ『ロシア政治経済ジャーナル』2024年4月14日号より一部抜粋)

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