ヘルメット着用が生存率に与える影響

 2023年4月に自転車乗車時のヘルメット着用が努力義務化されてから1年がたった。しかし、自転車利用者のヘルメット着用率はいまだ低迷している。

 改正道路交通法では、自転車に乗るすべての人にヘルメットの着用努力義務が課されることになった。しかし、この改正を踏まえて2023年7月に警察庁が行った街頭調査では、自転車乗車用ヘルメットの着用率は

「13.5%」

にすぎないことが明らかになっている。着用率を年代別に見ると、9歳以下が37.9%で最も高く、次いで10代が19.1%と続く。一方、最も低いのは20代の

「7.2%」

で、70代以上もいずれも1割を下回る。東京都の調査ではヘルメット着用の努力義務化の認知度は

「95.5%」

になっている。なのに、この低迷ぶりは、自転車利用者のヘルメットに対する意識の低さを物語っている。

 努力義務であり、強制ではないとはいえヘルメットの着用率を上げることは急務だ。というのも、自転車事故ではヘルメットの着用が、

「生死をわける重要な要素」

になることが、明らかだからだ。2024年3月に警察庁交通局が発表した「令和5年における交通事故の発生状況について」よれば、2023年の自転車乗用中の死者数は346人。そのうち約半数の50.3%にあたる174人が頭部を損傷していた。その頭部損傷死者のうち

「91.4%」

にあたる159人がヘルメットを着用していなかったのである。一方、ヘルメットを着用していた死者は8.0%の14人にとどまっており、その差は歴然としている。

 また、この統計では、2019年から2023年までの間で、ヘルメット非着用時の致死率は0.57%であるのに対し、着用時は0.31%と約1.9倍の開きがあることしている。

 このように、いざ事故にあった場合に生きながらえる備えとして、ヘルメットの効果は明白なのだ。しかし実際、大人がかぶれば、周囲から

「ださい」
「小学生みたい」
「かわいいな」

といったような気まずい反応が返ってくるかもしれない。これを嫌がる人も多いし(筆者の知人はそういっていた)、ロードレース用などを除けば、そもそもヘルメットのデザインがダサいのは確かだ。安全と美醜のバランスは難しい。

自転車(画像:写真AC)

科学的分析の結果

 では、着用率を上げるためには、なにが必要なのか。

 まず、比治山大学(広島県広島市)の山本敏久氏の論文「自転車用ヘルメットに対する消費者意識」(『比治山大学紀要』第30号)を紹介しよう。

 この論文は、SNSへの投稿をテキストマイニングの手法で分析し、消費者のヘルメットに対する意識を探ったものだ。テキストマイニングとは、自然言語処理と機械学習の技術を用いて、大量のテキストデータから意味とパターンを抽出することである。その結果、人々の関心は次の4点に集中していることが明らかになった。

・事故が起きたときにヘルメットを着用していたかどうかによって、過失割合や保険の支払いなどに影響があるのかという疑問
・ヘルメット購入を促す補助金制度
・デザインの悪さ、蒸れるといった問題点
・ヘルメットの盗難

 このなかで特に注目したいのは、ヘルメットのデザインや機能性が、大きな関心事になっていることだ。山本氏は

「様々な企業が自転車ヘルメット市場へ参入することで、多様なデザインの登場や製品イノベーションによる快適性の向上が期待できる」

と述べている。というのも、SNSの投稿の分析からは、ヘルメットを避ける理由の多くは、

「髪形が崩れる」
「みんながかぶっていない」

など、見た目や周囲の目を気にするものであることがわかったからだ。つまり、

「おしゃれで快適なヘルメットの登場」

が、ヘルメット忌避の意識を和らげる鍵となるというわけだ。また、山本氏は

「ヘルメットの保管、盗難防止、盗難補償などのヘルメット関連市場の拡大もヘルメットの普及に必要になる」

とも指摘。利便性と安全性を兼ね備えたヘルメット関連製品の開発も、普及率向上に欠かせないとの見方を示している。

 つまり、事故時補償メリットや行政の補助金を周知した上で、おしゃれで快適なヘルメット(着用時以外の利便性も高い)があれば、着用率の向上が期待できるわけだ。しかし、そんなおしゃれで快適なヘルメットの開発は容易ではない。

自転車(画像:写真AC)

着用率向上の鍵

 前述のとおり、最も普及している流線型のヘルメットはそのデザインゆえに、ロードバイク以外の自転車に乗る際には浮いて見えてしまうという問題がある。また、通気性がさまざま研究されているとはいえ、蒸れる。なにより、年々機能性はレベルアップしているが、ヘルメットをかぶると髪型が崩れる問題は解決されていない。

 また、市場には、ロードバイク風とは一線を画す帽子にインナーヘルメットを内蔵したものやキャップ型のヘルメットも登場している。これらは一見、おしゃれさと安全性を両立する製品に見える。しかし、実際に使ってみると、

「通気性の悪さ」

は否めない。このように、現在のヘルメットが

・おしゃれ
・快適
・使い勝手

のいずれかを欠いているのだ。三拍子そろったヘルメットの開発は、なおも困難を極めているのが実情だ。デザインと機能性の高次元での両立は、容易には実現できそうにない。

 となれば、着用率向上の切り札として考えられるのが、着用を努力義務ではなく

「義務化」

することである。果たしてこれは、最適解だろうか。義務化で最も懸念されるのは、利用者の減少だ。1986(昭和61)年に原付も含めて、バイク用ヘルメットの着用が義務化された際、いわゆる「86年ショック」が起きている。不便さを嫌ってバイク利用者が大幅に減少したのだ。自転車の場合も同様の事態が起きる可能性もある。

 しかし、東京都が2023年に実施した都政モニターアンケート調査では、自転車利用者のヘルメット着用率向上に向けて「法令上、着用が努力義務ではなく着用義務にする」ことを求める声が

「61.2%」

に上った。「購入しやすい価格のヘルメットの普及」(60.4%)、「折り畳み式などの持ち運びが便利なヘルメットの普及」(49.1%)など、ヘルメット自体の利便性向上への要望も多いものの、義務化を望む声は多数を占めているのだ。

 この結果は、多くの自転車利用者が、努力義務では着用率向上に限界があると感じていることの表れだろう。事故リスクの高さを認識しながらも、何らかの心理的障壁からヘルメット着用に至らない人々に対し、義務化というある種の「後押し」が必要だと考えられているのかもしれない。

自転車(画像:写真AC)

義務化の効果と課題

 こうした状況を踏まえて、行政の対応も進んでいる。2024年3月に東京都教育委員会は、4月から都立高校の自転車通学者にヘルメット着用を義務付けるよう各校に通知した。

 都教委によれば、自転車通学をしている生徒は全体の約45%にあたる約5万5000人だ。しかし、2023年実施された生徒へのアンケートでは、そのうちわずか

「5.5%」

しかヘルメットを着用していないことが明らかになっている。

 着用義務化が事故を軽減することは明らかだ。福岡大学の鈴木裕介氏の論文「自転車運転時のヘルメット着用義務化による社会的費用の削減効果に関する一考察」(『交通学研究』第64号)では、着用義務化による事故被害の軽減効果が試算されている。

 18歳以下および75歳以上の自転車運転者に限定した場合、現行の努力義務下での被害軽減効果は年間8.73億円だったのに対し、義務化した場合は81.29億円に上ると算出された。鈴木氏は論文のなかで、

「高校生は通学などで比較的長距離を運転する機会も多く、現状でも事故による重軽傷被害はほかの年齢層よりも多い。そのため高等学校でいかに通学時にヘルメット着用を生徒に促すか、またはルール化するかを高等学校教育の中でも議論すべきではないかと考える」

と指摘している。

自転車(画像:写真AC)

SDGsと自転車安全

 高校生の事故リスクの高さに加え、現状のヘルメット着用率の低さを踏まえれば、高校生へのヘルメット着用義務化は事故被害抑制に大きな効果が期待できる。

 さらに鈴木氏は、高齢者も自転車事故のリスクが高いことに触れて

「近年高齢者の自動車の運転免許の返納が進み、高齢者のパーソナルな移動手段として自転車利用が拡大する可能性がある中で、高齢者に向けたヘルメット着用義務化ないし、現行よりも着用を強く推奨する施策は、自転車事故の被害を抑制するためにも重要である」

と論じている。

 自転車の役割は、今後ますます大きくなる。SDGs(持続可能な開発目標)の観点からも、環境負荷が少なく、健康増進にも役立つ自転車の活用は欠かせない。一方で、事故リスクへの備えをおろそかにしてはならない。