開戦から2年が経過したロシアとウクライナの戦争。欧米各国や日本はロシアに厳しい制裁を科し続けているものの、ロシアの最大の貿易相手国、中国との交易拡大などにより影響力は損なわれている。欧米は遅まきながら中国など第三国を対象としたある部門の制裁を強化。その効果はめざましく、ロシアのハイテク製品輸入などに打撃を与えているとみられる。(共同通信=太田清)

 ▽中国メーカー

 ロシア国営大手軍需企業ロステフ傘下の歩兵戦闘車両メーカー「クルガンマシュザボト」(中部クルガン州)。同社では欧州連合(EU)により科せられた制裁に反発し、PR動画が作成され、通信アプリを通じて今年3月までに公開が始まった。
 工場内で製品を作る男女の労働者らが作業をしながら「われわれは(問題なく)働いている」「(部品・材料は)すべてある」「全く問題ない」と口々に話し、制裁が何の効果もないことを誇示する。
 動画には、コンピューター制御の溶接ロボットが動く様子も映っているが、ロボット上のメーカー名を示すロゴ部分はぼかし加工が施され判読できないようになっており、メーカーが制裁を破って輸出した「制裁破り」の製品であることを疑わせる。
 これに対し、ともにラトビアを拠点としロシアに関する調査報道を手がける独立系メディア「バージヌイエ・イストリイ(重要な話題)」と「ザ・インサイダー」は、動画を紹介する記事で、このロボットは日本の産業用ロボット製造大手「安川電機」(福岡県北九州市)製で、制裁破りの製品である可能性があると報じた。
 一方、安川電機の広報担当者は動画を見た上で、「ロボットのアームや操作プレートの形状から当社のものではない。これまでロステフやクルガンマシュザボトと取引をしたこともない」と報道を全面的に否定。
 その上で「形状から、中国メーカーのものではないか。具体的にどこのメーカーであるかについては申し上げる立場にないが」と述べた。

 ▽10倍以上の増加

 産業用ロボット分野は長年、日本、ドイツ、スイスのメーカーが市場をリードしてきたが、中国も官民一体で開発を進め、その一角に食い込もうとしている。特に2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻以降、制裁により西側ハイテク製品輸入の道を断たれたロシアが、中国製品の輸入にシフトしてきていることは想像に難くない。
 英紙フィナンシャル・タイムズは1月、産業ロボットと並ぶハイテク製造機器であるコンピューター数値制御(CNC)工作機器について、中国製の対ロ輸出が侵攻開始以来、10倍以上に増えたとの記事を掲載した。
 ロシア通関統計によると、22年2月に650万ドル(約10億円)相当だった中国からの製品輸出額は、利用可能な最新のデータがある23年7月には6800万ドルと急上昇。ロシアが輸入するCNC機器全体に占める割合も、12%から57%に上昇した。
 作業工程をコンピューターで制御するCNC機器は民生品と同様、ミサイルや軍事用無人機(ドローン)などの軍需品の性能・品質向上に不可欠とされている。
 中国側は重ねて、ロシアに軍需品は提供していないと主張しているが、軍民両用(デュアルユース)の製品が軍事用に転用されているとの指摘は多い。欧州委員会制裁履行特使のデービッド・オサリバン氏は昨年9月、集積回路(IC)やフラッシュメモリーなど軍事分野にも転用可能なハイテク物資の7割が中国を経由してロシアに供給されていると強調した。
 ベルリンなどに拠点を置き新興国の経済ニュースなどを伝えるbneインテリニュースは今年1月、「第三国を通じた迂回ルートなどにより、ロシアに対するハイテク製品禁輸制裁は完全に失敗した」と論評した。

 ▽恐れる

 軍需品輸出をいくら取り締まろうとしても、民生品を転用されたり、第三国を通じて迂回されたり、製品品目を偽ったりなどされれば、全てを把握するのは難しい。
 こうした結果、米国は対ロ制裁で新しいアプローチを打ち出すことになった。バイデン政権は昨年12月22日、新たな対ロ制裁を発表。ロシアの軍事侵攻や制裁逃れに加担する金融取引に関わったり、取引を促進したりした第三国の金融機関に2次制裁を科すことを可能とした。制裁が科せられれば、銀行などはドル決済の道を事実上閉ざされ、外国企業との決済業務が困難になるなど経営に大きな影響が及ぶ。

 旧ソ連諸国の問題を研究する米シンクタンク、ウッドロウ・ウィルソン・センター・ケナン研究所によると、今年2月に入りロシアとの取引高が多かった中国の浙江長州商業銀行がロシアの顧客との取引を停止したのをきっかけに、中国4大銀行のうち中国工商銀行、中国建設銀行、中国銀行の3行が制裁を受けたロシア企業との取引を停止。いずれも米国の2次制裁を恐れたものとみられる。
 バイデン政権は2月には、ウクライナ侵攻から2年が経過したことに加え、ロシアの反政府活動家アレクセイ・ナワリヌイ氏が死亡したことを受け、さらなる制裁を発表。ロシアのほか、中国やトルコなどの企業を制裁対象に加えた。
 EUも2月、対ロシアで13回目となる追加制裁を発表。軍事転用可能な電子製品などをロシアに輸出したとして、初めて中国企業3社を制裁対象に加えた。

 ▽思いがけない成果

 双方の首脳が「制限のない」パートナーシップをうたう中ロ関係。ロシアのウクライナ侵攻以来、貿易額の伸びは加速し、中国の税関当局によると、昨年の中ロの貿易額は前年比26・3%増の約2400億ドル(約37兆円)に達した。
 しかし、米国による2次制裁開始以降、状況は一変した。米ブルームバーグ通信によると、拡大を続けてきた中国の対ロ輸出は今年3月、前年同月比16%減となり、22年9月以来、初の減少を記録した。
 ロイター通信は5日、中国の銀行がロシア産原油の貿易決済に消極的であることから、ロシア産原油代金の中国での決済が大きく遅れる事態が生じていると報じた。
 4月に中国を訪れたイエレン米財務長官は、記者会見で、ロシアとの重大取引を促進する銀行は、米国の制裁リスクにさらされることになると、あらためて中国にくぎを刺した。

 ▽さらなる抜け道

 ロシア経済などの調査・分析を行っているシンクタンク「ロシアNIS経済研究所」の中居孝文所長は「モノではなく金の流れを規制する制裁で、トルコなどでも同様に銀行が取引を控えロシアとの貿易額が減少する動きがあり、一定の成果を挙げている」と評価する。
 一方で、「ドル決裁が不可欠の大手銀行は米国の2次制裁を恐れロシアとの取引を手控えるだろうが、そうではない中小の金融機関には効果を上げないかもしれない」と指摘。さらに「中ロ間ではすでに米ドルではなく、(中国とロシアの通貨である)人民元、ルーブルによる決裁が中心となっていることを考えると、効果には限りがある。今後、抜け道を完全にふさぐのは難しい」と語る。