June.21 – June.27, 2024

Saturday Morning

Title.
Beer From Holland
Artist.
Byul.org 男性ボーカルが囁くように歌う、シタールが聴こえる、様々なノイズも散りばめられた静謐な音楽だ。高校卒業後、共通の居場所を失った少女たちのずれていく人間関係を描いた韓国映画、『子猫をお願い』(チョン・ジェウン監督)のオープニング・シーケンスでこの曲が流れる。
韓国語の歌詞を訳すと夜の歌のようだ。時に死を連想する言葉で、愛する人の喪失を歌っている。夜の芝生、蛍の光、回想されるのは夜の光景だ。緑色のビール瓶(Beer From Holland)も、夜を背景に浮かんでいる。
一方、映像では朝が描かれる。冬の朝、登場人物のひとりが仁川から通勤電車に乗りソウルへ向かう。すれ違う電車のパンタグラフ、朝の工業地帯の俯瞰、地下鉄の路線図のアップ、ペーパーバックの英語フォント、様々な映像が何かを暗示するように移り変わる。やがて音楽はフェードアウトする。美しい。
次のシーン。彼女は誰もいないオフィスの窓を開ける。ソウルの朝の喧騒がふわっと流れ込んでくる。表情は見えないが、彼女は都会の朝が奏でる音に耳を澄ましている。
ここで私は監督の「音」への研ぎ澄まされた感性を知る。この夜の歌を、朝の映像の背景に採用したのも、それゆえだろう。
素晴らしい選曲だ。最初に流れる音楽がこの曲でなかったら、この映画がここまで美しく、複雑で豊かなものになっただろうか、とさえ思う。多くの人に見て(聴いて)欲しい。
アルバム『Secret Stories Heard From A Girl In An Opium Den』収録。

Sunday Night

Title.
三枚繪:夜曲
Artist.
花岡千春 鏑木清方の「築地明石町」という美人画に、橋本國彦がインスパイアされて書いたピアノ曲。つん、とした表情で振り返る、夜会巻の女性が描かれたこの絵から、私は特に夜を感じない。橋本は背景に描かれた朝靄の港に夜の名残を、女性が着ている長羽織の漆黒に夜の闇を見たのかもしれない。
橋本は戦時中、大政翼賛的な音楽を書き散らし、戦後批判に晒され芸大の職を追われる。それを知った時、一瞬心は重くなったが、「そういう時代だった」という空疎な一般論が頭をもたげ、「気の毒なことだ」と、すぐに醒めた。
後日、橋本とは真逆の鏑木の制作姿勢を知る。近代美術館で見た鏑木のインタビュー。「戦の絵は描きませんでした。空襲警報が鳴る中、意地になって静かな絵ばかりを描いていました。微かな反抗だったのでしょう」。
社会が暗く蠢いて、個人の生活に刃を向けた時、「静かな絵」が、或いは「静かな音楽」が、それに対する微かな反抗、人間の正気を保つための一助になり得るだろうか。私の思考は鏑木の美人画と橋本の夜想曲との間を彷徨う。
昭和9年の東京で、このような音楽が生まれた事に驚く。モダンで洒落ている。微妙な音高でずれていく左手の反復パターンは、ミニマルミュージックと言ってもいい。その上にインプロビゼーションのように音が舞う。ビル・エヴァンスの「Peace Piece」も思わせる。
アルバム『花林/雨の道~橋本、信時、畑中ピアノ集』収録。

&Music / 土曜の朝と日曜の夜の音楽 Ⅱ

音楽好きの“選曲家”たちが月替わりで登場し、土曜の朝と日曜の夜に聴きたい曲を毎週それぞれ1曲ずつセレクトする人気連載をまとめた「&Music」シリーズの第2弾。 23人の選曲家が選んだ、週末を心地よく過ごすための音楽、全200曲。 本書のためだけにまとめた、収録作品のディスクガイド付き。

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作曲家、ピアニスト 岩村竜太

新潟市出身、東京都在住。24調24曲のピアノ小品集『Sunday Impression』『Monday Impression』、読書のBGM、"聞くために読む"『Reading to Hear』、雨音と音楽の境界を行き交う『Raining to Hear』、都市のノイズと音楽のコラージュ『CITY』、トイ楽器と生活騒音の共鳴『Symphony』など、常に音楽と音、その聴取のあり方を問いかける作品を発表してきた。