公認スポーツ栄養士・橋本玲子氏の連載 今回は「アスリートの遠征前5つの準備ポイント」

 Jリーグやジャパンラグビー リーグワンをみてきた公認スポーツ栄養士・橋本玲子氏が「THE ANSWER」でお届けする連載。食や栄養に対して敏感な読者向けに、世界のスポーツ界の食や栄養のトレンドなど、第一線で活躍する橋本氏ならではの情報を発信する。今回は「アスリートの遠征前5つの準備ポイント」について。

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 パリ五輪開幕まで、あと2か月。出場が内定した選手たちは本大会に向けて、一層、気の引き締まる想いで、競技に取り組まれていることと思います。
 
 選手にとって遠征時の食事をどうするかは、毎回、大きな課題です。特に海外の場合、長時間の移動や時差、遠征先の食文化や食環境の違いにより、コンディションを崩しやすくなります。そのため、事前の準備が非常に重要に。

 例えば、たんぱく源は肉よりも魚や豆の料理を出されることが多い、辛い料理が多いなど、その国の料理の特徴を知ることは、コンディションを整えるうえでとても有益です。

 アメリカの「オリンピック・パラリンピックトレーニングセンター」では、海外遠征を控える選手に対し、「Teaching Kitchen」という講習を調理実習室で行います。これは遠征先の国の料理や味についての講習。東京五輪のアメリカ代表の栄養士によると、このような講義を受けることで、遠征先の食事がイメージしやすくなり、個々に合った食事計画(ミールプラン)が立てやすくなるそうです。

 五輪やワールドカップ、アジア大会といった大きな大会では、選手たちは指定ホテルや選手村に滞在。十分な食事も用意されます。しかし、海外での小規模な大会や合宿のため、現地で十分な食事が準備されないことは多々あります。また、マイナー競技の選手やチームの場合、普段から栄養サポートを受けられません。

 そこで今回は、海外遠征時にやっておくとよい、食事の準備についてお話しします。代表選手に限らず、実業団や学生チームなども是非、実践してください。

 まずは、注意点のお話。特に自炊をされる方に注意して欲しいのが「水」です。安易に水道水で野菜や包丁まな板、食器を洗うと、衛生状態が悪い場合、お腹をくだす要因になります。生野菜は食べない、調理道具はペットボトルの水で洗う、氷は使わないなど、細かに注意を払い、行動しましょう。

 次に外食についてですが、大会運営組織や競技連盟が薦めるレストランを使用します。過去に、レストランで使用されていた食肉が、ドーピング禁止物質に汚染されていたケースもありました。安易に入店すると取り返しのつかない事態になる恐れがあるので、要注意です。

遠征前の準備ポイント5つ

 では、具体的に、遠征前の準備のポイントを挙げていきましょう。

【1】食事情・食環境の情報収集をする

 慣れない土地では、普段、食べ慣れたものを食べられると、心身のコンディションを整えることにつながります。宿泊先で食事が提供される場合も自炊の場合も、現地の日本食事情を事前に把握しておくと安心です。

 利用する旅行会社のほか、渡航経験者、現地の大使館に問い合わせて情報収集をする。ネット検索で宿泊先の近くにある安心・安全な食材が手に入るスーパー、日本食が手に入る食品店の情報をキャッチしておきましょう。

 ホテルで食事が提供される場合も、旅行会社に提供される食事メニューを問い合わせておくと安心です。

【2】入手可能な飲料水をチェック

 衛生面の心配があるため、海外の遠征先ではペットボトルの水を購入し、利用するのが基本です。購入・利用する際は、ボトルの蓋が汚れていないか、しっかり閉まっているかもチェックしましょう。日本人はミネラル成分が低い軟水(WHOの分類ではミネラル成分の含有量が60mg/L未満)を飲みなれているので、現地で入手可能な軟水もチェックしておくとよいでしょう。

【3】持参する食品リストを作る

 遠征先によっては、日本食が手に入る保障がないので、日本から持っていけるものは持っていくことをおすすめします。食べ慣れた食品や日本食が現地で何も手に入らないことも想定し、自分は何を持っていけば安心できるのか、何を食べればリラックスできるのかを考え、持参する食材リストを作りましょう。

 ただし、日本から国外に渡航する際、国によって持ち込みが禁止されている食品があります。事前に各国の検疫体制について調べることも忘れずに。

 最低限、持参したいものは以下の4つです。

○主食

 地の食事が合わないことで食が進まないと、大会や合宿中、体重が減少します。それを避けたいので、炭水化物を含む食品を持参しましょう。選ぶポイントは携帯に便利で軽いもの、そして自分が「美味しい」と感じるものであること。ただし、せっかく持っていっても口に合わないと食べなくなるので、事前に味見をしておきましょう。ご飯は白米やレトルトのパックが定番ですが、アルファ米やフリーズドライの製品もおすすめ。そばやうどんは乾麺にします。いずれもお湯を沸かせば食べられます。

○主菜

 たんぱく源はツナの缶詰やサーモンあたりは比較的、海外でも手に入りやすいので、持っていくのは鯖缶や秋刀魚缶、焼き鳥缶あたりがおすすめです。また、牛丼や親子丼のレトルト食品やフリーズドライ食品などもあると便利。

○便利食材

 ご飯がすすむ、ふりかけやお茶漬けの素やフリーズドライの野菜、カットワカメは必携。フリーズドライ野菜や海藻は味噌汁やスープに加え、手軽に野菜が補給できます。また、熱湯で戻してから醤油を少しかければ、煮びたし風の副菜に。他、持ち歩きサイズの醤油、めんつゆ、だしの素、鍋スープの素、からし、わさびも用意しておくと便利。

○好物のお菓子

 普段、食べているようであれば、心の栄養として好きなお菓子も持参を。緊張の強い大会期間は、お気に入りのお菓子を食べることで、試合にもリラックスして臨めます。「太るのでは?」と心配される選手もいますが、大会中、気分転換に少量食べたからといって、急に太ることはないので大丈夫です。特に煎餅などの和菓子やグミは、低脂肪かつエネルギー源になります。

飛行機内の過ごし方で気を付けるべきポイントは?

【4】自炊の場合は事前にメニューを組む

 自炊の場合、練習後、いちいちメニューを考えて作るのは疲れます。事前に何パターンかメニューを決めておくと手間が省けますし、現地で作り置きすることも可能に。例えば朝食は目玉焼きとご飯と味噌汁、昼食はサンドイッチとサラダチキン、夜はカレーライスなど。もちろん、コンディションによってアレンジや変更をするのはOK。とにかくベースとなる献立を立てておくだけで、心の負担が減ります。

【5】持参すると便利な食品・道具

 長期間の大会、遠征の場合、炊飯器を持参する選手も多いのですが、荷物が多くて大変な方は、キャンプ用の飯ごうや簡易調理器を活用しましょう。また、作ったサンドイッチなどを持ち歩いたり、余った料理を保存したりするためのラップやジップロックのような保存袋などがあると非常に便利。現地のスーパーでも購入できますが、海外慣れをしていない選手は日本から持っていくと安心です。

 最後に、遠征先に向かう飛行機内での過ごし方について。

 海外遠征は飛行機の移動中から始まる(厳密には移動前から食事や睡眠時間を調整します)と考えます。

 まず、機内は非常に乾燥しているので、水分不足にならないよう、水分補給をしっかり行うこと。飲みなれた水やスポーツ飲料を持ち込むとよいでしょう。機内サービスの飲料を飲む場合は、100%果汁のジュースを。コーヒーやお茶は利尿作用があるため、脱水を助長する可能性があります。飲みすぎには注意しましょう。

 それから、アスリートの場合、機内食だけでは食事の量が足りないため、必要に応じておにぎりやパン、ナッツ類などの補食を持ち込むと安心です。

 また、移動中は体内時計を整えることもコンディショニングの重要ポイント。遠征先の国の時刻を考え、できるだけ時差の影響が軽くなるよう、機内で寝る時間や食事を摂る時間を調整しましょう。

 自分たちでしっかり食事の準備を行うことは、試合でパフォーマンスを発揮できるかどうかのカギとなります。今回、紹介した準備を行うだけでも、現地で「食べられる物がない!」と慌てることがなくなります。是非、実践してみてください。



(長島 恭子 / Kyoko Nagashima)

長島 恭子
編集・ライター。サッカー専門誌を経てフリーランスに。インタビュー記事、健康・ダイエット・トレーニング記事を軸に雑誌、書籍、会員誌で編集・執筆を行う。担当書籍に『世界一やせる走り方』『世界一伸びるストレッチ』(中野ジェームズ修一著)など。