歴史的な円安が続いている。4月末には一時1ドル=160円台をつけ、1990年4月以来の水準まで下落した。当時はバブル景気まっ盛り。85年のプラザ合意後の「行き過ぎた円高」に対処すべく、財政出動や金融緩和を進めた結果が円安をもたらした。いまと違うのは、当時の日本経済には、まだ余裕があった。

 日本経済がバブルに入る前。80年代の国際問題といえば、日本の貿易黒字だった。主な輸出先の米国から「対外貿易不均衡」の状態にあると突き上げられ、ドル高の是正を求められた。85年9月、日米欧の主要5カ国が米ニューヨークのプラザホテルに集まり、為替相場の協調介入を決めたのが「プラザ合意」だ。1ドル=250円程度だったのが、3年後に120円台まで上昇した。

 円高は輸出企業の業績悪化を招き、経済の落ち込みにつながるとして、企業や世間の不評を買った。こうした状態に対応しようと、政府と日本銀行は財政出動と金融緩和を強めた。80年代末ごろから円安に転じ、90年4月に160円まで戻した。その後、バブルが崩壊。海外の資産を国内に引き揚げる動きなどから円高方向に進んでいった。

 マネックス証券の吉田恒氏は「当時は円高が是正された動きのなかでの水準。現在のような円安が行き過ぎている状況とは違う」と説明する。