スーパーGT300クラスに参戦する注目車種をピックアップし、そのキャラクターと魅力をエンジニアや関係者に聞くGT300マシンフォーカス。2024年の初回は、今季から新規参戦を開始したPONOS RACINGが投入する、ミシュランタイヤ装着の『PONOS FERRARI 296』が登場。
ル・マン24時間を頂点とするWEC世界耐久選手権ではGTE版のドライブなどを通じて、本家フェラーリからも高い評価を得るケイ・コッツォリーノと、ファクトリードライバーとして日本のスーパーGT初挑戦を果たしたリル・ワドゥの注目ペアが操る最新世代のフェラーリ296 GT3は、一体どのような素性を持つ車両なのか。開幕戦の岡山国際サーキットで担当チーフエンジニアを直撃した。
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2021年よりスーパーGT復帰を果たした名門フェラーリの9号車『PACIFIC NAC CARGUY Ferrari』(2021〜2022年)に続き、昨季2023年の『PACIFIC ぶいすぽっ NAC AMG』(メルセデスAMG GT3 2020、通称“エボ”)を挟み、ブランニューモデルの45号車『PONOS FERRARI 296』を走らせるのが、GT300クラスを筆頭に国内外で百戦錬磨のGT3経験を誇る田邊宏昭エンジニアだ。
上述の車両に加え、スーパー耐久や旧アジアン・ル・マン・シリーズ、そしてGTワールドチャレンジ・アジアなどでポルシェ、BMW、ランボルギーニ、アストンマーティン、ホンダNSX、さらにはマクラーレン720S GT3など、バラエティに富む車種を預かってきた。
そんな同氏はかつて日本を代表するコンストラクター『童夢』にて現在のGTA-GT300-MC、つまりマザーシャシーの開発に携わった経歴も持ち、その視点と先代488 GT3エボ2での2年間の経験も踏まえて、この最新フェラーリを「屋根の付いた(ホワイトボディを持つ)LMP3のようなもの」だと評する。
「先代はメカもエアロもすごくバランスが取れていて、どんなタイヤ銘柄を履いても(GTではヨコハマ、GTWCではピレリ/ともに異なる個体)わずかなアジャストで済むくらいでした。その部分がフィードバックされたといいますか、296 GT3に関しても、その部分は実に優れています。何となくパッケージとして『このあたりだな』というところは見えています」と明かす田邊エンジニア。
フェラーリのGTプロジェクトで、長年にわたり開発パートナーを務めるイタリアの老舗ミケロットが開発製造を担当した当時の488 GT3エボ2は、空力性能の大幅なアップデートを受けたうえでWEC向けのGTE版とホイールベースを統一し、トラクションコントロールやABSが許可されるGT3規定向けにジオメトリーを最適化。もともとの素性からしてタイヤ攻撃性の低い“優しいクルマ”だったが、その長所をさらに引き出すキャラクターを備えていた。
それに対し今回の296 GT3は、プロトタイプ界のトップランナーであるフランスのオレカ社が開発プロジェクトの統括とデリバリーを担当。コクピット内を含め「明らかにレーシングカーの作り方になっている」という。
「やはりエアロ部分も大きく改善されていますし、安定しているということがまずひとつあります。また、ブレーキも488のときは足りない雰囲気があったのですが、ローターが大きくなり(前:400x36mm、6ポット/後:332x32mm、4ポット)すごく安定しているところはあります」と続ける田邊エンジニア。
登録された数種類のスプリングやキャンバーシムなど、セットアップツールの範疇が限られているGT3規定車両にあり、ブレーキに関しては兼ねてよりエンドレスとの強い協力関係とサポート体制を有し、すでに複数種類のパッド開発を実施するなど、自身が「2年間でやり切れた」という488の蓄積も踏まえ「すでにいいところにあります。正直、その部分のアドバンテージは僕の中であるのかなと思います」と手応えを得る。
またサスペンションに関しては、前後ともオーソドックスなアウトボード式のダブルウィッシュボーンにアルミ削り出しアップライトを採用し、そこに縮み側高速域の減衰カット機能付きマルチマティック製5ウェイダンパーを組み合わせる。ここに関しても田邊エンジニアならではの見立てが存在する。
「サスペンションに関しては、もともとよく継承されているというイメージです。また、エンジンが小さくなって前に寄っている分だけマス(重量物)が中央に載っているので、その部分での差は大きいと感じています」
「ただ若干『ミッドシップの良さが出ていない』ところはあります。その部分に関しては、もともとのクルマのコンセプト、ロードカーが持つ素性が少しネガティブな部分に繋がっている部分があるのですが、それを補う方向性も見えています。その部分を見つけられるのは、やはり長く一緒に組んでいるケイ(・コッツォリーノ)選手の存在が大きいですね」
この最大要因と考えられるのがエンジンの変化で、先代488 GT3が搭載していた3.9リッターのV8ツインターボから、この296 GT3では3リッターV6ツインターボの『F163CE』にダウンサイジングされ、ドライサンプ化された120度のVバンク内に2基のターボチャージャーを収める“ホットインサイドV”のコンパクトなユニットを搭載する。
このエンジンをシート後方のバルクヘッドへ張り付くように低く、前へ収めることで、ミッドシップらしからぬ前後重量配分の適正化とマスの集中化が実現されている。そのため『ミッドシップの良さ』であるトラクションで勝負……というより、全体の運動性能とタイヤのロングライフ化を活かす方針が求められていそうだ。
■チームも関心するワドゥの“ワークス走り”。狙いは鈴鹿「勝てるように準備」
かつて488GT3エボ2を走らせた時代は、どのGT3規定モデルもグリップの高い日本の路面とGTのタイヤ競争による高いピーク性能のタイヤにより、セッティング可能幅のなかでハード側に寄せた狭い領域で走らざるを得ないのが常態だった。
そのためセット幅は上限一杯。車高変動を抑制し空力に頼って走るのがタイム向上の近道となり、どのGT3マシンも車両の前傾姿勢でダウンフォースを確保する『レーキアングル』の採用がトレンドになっていた。
その時点から「フェラーリに関しては、そちらではないのでは」と考えていた田邊エンジニアだけあり、この296 GT3でも方針を維持したよう。その部分はGT300クラス参入に際し「(当時のGT500とは異なり)タイヤ開発競争のコンペティションには参画しない」と宣言して供給を開始したミシュランの特性も大きく貢献していそうだ。
「個人的にも、うまい具合にGTワールドチャレンジがありました。ピレリタイヤと(当時のGTにおける)ヨコハマタイヤと、ずっとコンペアしながら(比べながら)走らせられたことが幸運でした。なので、その差が埋めやすいです。『このタイヤだったら、このあたりだな』という部分が見やすいのは、もう環境に恵まれましたね」と田邊エンジニア。
「よくケイとも話しているのですけど、GTワールドチャレンジの鈴鹿でピレリタイヤを履いて(1分)58秒台を出したときに『もうこれ、いけるな』というのがふたりのなかにありました。今は、そのベースをずっと継承しているという感じです」
そんな不動のエースは、基本的なセットアップの好みとして「僕もすごく好きなんですけど、やはり若干オーバー(ステア)くらいのクルマが好きですね」と、チーフエンジニアとも息ピッタリの特性を求めるという。しかし296に関しては「世界的に見ても少し弱アンダー傾向ではあるクルマだと思います。最初に走らせたときも、やはりアンダー傾向が強かったです」という。
296 GT3でもミシュランの特性を活かすべく脚を動かし、アンダー傾向を抑えるクルマ作りを進めている。また、ジオメトリー的にもアンチダイブを許容する方向性であり、実際に開幕戦の岡山でもブレーキング時にはノーズが沈むことを“無理に抑えていない”雰囲気が感じられた。
そんな方針も功を奏し、開幕戦岡山でスタートからロングスティントを行い、一時はクラス2番手まで浮上した45号車は、後半で期待のファクトリードライバーが実戦デビューを飾ると、ポイント圏内まであと一歩の11位でフィニッシュ。開幕前公式テストの富士ではクラッシュも喫していたワドゥだったが「それは若さゆえです。無理するところの境をうまくコントロールできれば、ああいったことも起きないのかなという感じはします」と、田邊エンジニアもその速さと潜在能力に期待を寄せる。
「彼女もまだ『アンダー傾向の強いクルマ』という先入観の乗り方をしているのかなという感じはしています。ケイが欲しいところでクルマを組み立ててはいるので、その部分がもしかしたら少し違和感があるといいますか……、まだ彼女のドライビングで見つけられていない部分は、そこなのかなという感じはしています」
だが、そこはファクトリードライバー。エンジン出力に関してはおなじみBoP(性能調整/スーパーGTでは参加条件)で縛られ、岡山などは「ギヤレシオが全然合わない」シチュエーションが多々発生するというが、そんな場面で「逆にワークスのリルは『よくわかってるな』と思うときがあります」と続ける。
「ケイと比べると『なぜこのコーナーで違うギヤを使っているんだろう』と思っていたら、狙ってわざとひとつ下のギヤで走れるように、ラインを変えて走行したりしていて『やっているんだ』と、やはりワークスは知っていると思いましたね。逆にケイもそのあたりは勉強になっています。お互いに『なるほどな』という話になることがありました」
こうして実力者同士の組み合わせで走り始めた296 GT3。エアロ効率の高いモデルだけに、空気密度が下がりサクセスウエイトが増えてくる夏場に向けては「その部分は……、暑くなり、空気が薄くなったところでどうマイナスに振ることができるのかなという怖さが少し(苦笑)」と、すでに今季の追加重量で51kgを搭載し、BoP重量の45kgと併せて1371kgとなっている車両重量を気に掛ける。
しかし、タイヤへの優しさは予選Q1からQ2への『マーキング1セット』義務でも、もともとのミシュランの特性を含めグリップピークの落ちが穏やかであり、ドライバーに対しても余計な負担や不安を取り除くことに繋がる。そして第3戦の鈴鹿はクルマの特性を考えても“狙いにいける”サーキットとなりそうだ。
「タイヤも、ミシュランさんは鈴鹿の夏場はすごく強いので、タイヤを見つけて、うまくハマればもう何も考えずに多分(笑)。他の要素が入らなければ、鈴鹿はいいところ……勝てるかそこまでのモノを狙いたいです。うん、勝てるように準備はしておきたいなと思います」
【GT300マシンフォーカス】最新フェラーリ296 GT3はまるでLMP3? 目指すはアンダー傾向を抑える“脚を動かす”クルマ作り
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