30年前、日本のアナウンサーとして、初めて立ち会い出産のために生放送番組を休んだのが、笠井信輔さん(60)でした。世間からの批判を覚悟しましたが、届いたファックスは賛同や共感ばかりだったそうです。あれから30年。いまの日本の育児環境に、笠井さんは思いを馳せます。(全5回中の4回)

「立ち会い出産」を公衆電話から番組へ生リポート

── 笠井さんは30年前、ご長男が生まれる際、立ち会い出産をされたそうですね。当時としては珍しかったのではないでしょうか。

笠井さん:私は民放・NHKを通し、立ち会い出産のために生放送の司会を休んだアナウンサー第1号だったようです。当時、世間でもちょうど立ち会い出産がはやり始めていた時期でした。わが家では、妻が「どうしても出産に立ち会ってほしい」と言っていたんです。

「人は亡くなるときは家族全員に看取られるのに、生まれるときはそばに母親だけしかいないのはさみしいと思う。出産のときは、あなたにも一緒にいてほしい」と言われ、たしかにその通りだな、新しい命は家族で迎えるべきだと思いました。

プロデューサーに相談したところ、理解のある人で「立ち会い出産をするの?」と驚きつつも、快諾してくれました。番組のスタッフにも事前に「この時期のどこかで、妻の出産があるから突然休むかもしれない」と情報共有していました。

計画分娩ではなく、自然分娩の予定だったから、具体的な出産日がわからないんです。だから、予定日の前後は、いつ産気づくかとハラハラして過ごしました。

── 出産の日はどのように過ごしたのでしょうか?

笠井さん:プロデューサーからは、「立ち会い出産で司会を休むのは、NHK、民法を通じて初めてのこと。だから産院から直接休むことを報告してほしい」と言われたんです。

もちろん、分娩室から中継するのは難しいので、妻が産気づいたら病院までつき添い、公衆電話からスタジオに「申し訳ありませんが、妻が出産するので立ち会います。今日は番組をお休みします」と、報告しました。

当時は「体調が多少悪くても、熱があっても会社に来い」と言われた時代です。立ち会い出産で生放送を休めば、「妻が出産するくらいで休むな」と世間から批判されるだろうと、スタッフともども覚悟していました。

ところが、結果的にたくさんの方から大絶賛されたんです。当時はメールもなかったので、視聴者の方からはFAXが届くのですが、ほとんどが「よくやった」という内容でした。仕事を休んでほめられることがあるんだ!と驚きました。

2001年ころに家族で出かけた時の様子

── 笠井さんが立ち会い出産をしたあと、社会は変化していると思いますか?

笠井さん:少しずつ変わってきているとは思います。2021年に『Live News イット!』を担当していた、榎並大二郎アナウンサーが2週間の育休を取得して大きな話題になりました。少しずつ男性が育休を取得するのも当たり前の時代になりつつあると感じます。

でも、私が立ち会い出産で1日休んでから、榎並アナが2週間育休を取得するまでに25年かかっているんです。人々の意識は変わってきているとはいえ、実際の行動や社会の常識に変化が見られるまでには時間がかかるものだと思います。

共働きだと「育児は週4日が限界」制度も意識もより求められる

── 笠井さんのご家庭は、奥様である茅原ますみさんもテレビ東京のアナウンサーでした。共働きで、子育てはどのようにしていたのでしょうか?

笠井さん:共働きで子育てするのは大変でした。私と妻は、休みを違う日にしました。私が土日休みにして、妻が平日の2日を休みにしたんです。

それによって、1週間のうち4日間は夫婦のどちらかが家にいられます。それ以外の日は、義母や実母に頼りっぱなしでした。

やっぱり、働きながら子育てする場合、誰かの手を借りないとムリだと実感しました。「子育て頑張ったね」とよく言われますが、実際、わが家で頑張ってくれたのはおばあちゃんなんです。

夫婦だけでなんとかしようとするのは本当に難しいと思います。少しずつ社会のサポートも増えてはきていますが、まだ十分とはいえません。親御さんが遠方にいる方は、いざというとき頼れる人が近くにいない場合もあるでしょう。

アメリカ大統領選挙(2008年)にはオバマ新大統領の勝利演説を取材

こうしたなか、大切なのは夫が「家事や育児は妻の仕事」ととらえるのではなく、自分の仕事でもあると考え方を変えることだと思います。子育てと両立して仕事をしようとすると、残念ながら現状では、女性の負担が大きくなりがちです。

2022年、男性の育児休業取得を促進するため「出生時育児休業制度」(産後パパ育休制度)が新設されました。男性が育休を取得しやすくなり、簡単な手続きで女性と育休を交代できるようになりました。

具体的な制度ができたのは大きいです。皆、「男性も育休を取得するのが当たり前の時代なんだ」と考えるようになりますから。男性も育児に関わっていくことを意識的に行っていく必要があると思っています。

PROFILE 笠井信輔さん

かさいしんすけ。1987年 早稲田大学を卒業後、フジテレビのアナウンサーに。朝の情報番組「とくダネ!」を20年間担当後、2019年9月末日に33年勤めたフジテレビを退社し、フリーアナウンサーとなるが2カ月後に血液のがんである悪性リンパ種と判明。4か月半の入院、治療の結果「完全寛解」となる。現在、テレビ、ラジオ、講演、がん知識の普及活動など幅広く活動している。

取材・文/齋田多恵 写真提供/笠井 信輔