Text by 生田綾
Text by 南のえみ

ニューヨークを拠点に活動する兵庫県出身のプロデューサー/アーティスト rei brown(レイ・ブラウン)。子どもの頃からの友人で、88risingの活動などで知られるアーティスト・Jojiとのコラボレーション曲“Thinking Bout You”はSpotifyで2億回再生を超える大きな反響を呼んだ。2022年には、幼少期を過ごした神戸での経験をもとに、「外国人嫌悪」をテーマにしたデビューアルバム『Xeno』をリリース。同年12月にはベトナム系アメリカ人アーティスト・Keshiのワールドツアーにサポートアクトとして同行し、アーティスト「rei brown」として初めて日本公演を果たした。


そんなrei brownが5月3日、ミックステープ・プロジェクト 『Aura』をリリースした。これまでも自身のパーソナルなストーリーを美しいメロディーにのせて歌ってきたreiだが、同アルバムに収録されている楽曲“Get Me Out”では、これまで以上にありのままの自分を表現している。これは、前回のワールドツアーでメンタルヘルスを崩してしまった際のreiの思いや感情が表現された一曲だ。リリースを控えたreiにインタビューを行ない、本楽曲を入り口に、メンタルヘルスとどう向き合ってきたか、話を聞いた。

ー前回ライブで日本に来られたのは、2022年ですね。初めての東京公演はどうでしたか?


rei brown(以下、rei):日本で育って、昔から音楽はやっていましたが、アーティストの「rei brown」としては初めての日本公演でした。高校のときは駅やカフェ、バーなどで演奏していたのですが、そのときはあくまでその瞬間、目の前の誰かを楽しませるためにやっている感覚でした。


キャリアとして音楽を本格的に始めたのはアメリカの大学に行ってからです。それ以降初めての日本公演だったのですが、東京のライブでの反応はとにかくあたたかかったです。


東京にいるあいだ、ずっとあたたかく迎え入れられている感じがしたし、ファンが喜んでくれていると思えました。これからもっと日本に来て、日本のファンのために演奏したいと思っています。


ー今回新しくリリースされる予定のミックステープ・プロジェクト『Aura』について教えてください。


rei:『Aura』は『Xeno』の延長線上にあるアルバムです。『Xeno』に引き続き、自分が面白いと思ったいろいろなジャンルを追求したいと思ったんです。『Xeno』をリリースしたあと、小さい頃にお父さんがかけていたようなダンスミュージックにまたハマった期間があって。例えば、ハウスミュージックとかFatboy Slimとか...…お父さんとのドライブで聴きたいと思った曲をつくろうと、出来上がったのが“Higher”でした。そこから大学生のときに好きだったPCミュージックを聴いたりして。そういう意味では『Aura』は昔好きだったジャンルへのセカンドチャンスとも言えるかもしれません。


あと、ダンスミュージックにあらためて向き合っていくなかで気づいて興味深かったのが、宗教との類似性です。私は子どもの頃から教会が身近にありました。でもクィアとして受け入れられなかったり、ホモフォビアな差別を受けたりしたので、自分にとっては嫌な思い出でもあって。


ただ、今回気付いたのが、クラブと教会の共通点なんです。クラブとかライブハウスはそこに行って、人とつながったり、精神的な経験ができたりと、教会みたいに感じられるときがある。「The club is the new church(クラブが新しい教会だ)」という言葉が自然と自分のなかにでてきました。不思議と自分がつくっている音楽と教会音楽に共通点を見つけたんです。言葉にするのは難しいんですが、聴き手を興奮させて、感情的な反応を起こし、緊張状態や感情を発散させるという点で、教会音楽とクラブ音楽は似ていると思います。


『Aura』カバー

ー先行リリースされた“Get Me Out”は、これまで以上にreiさんのありのままの感情が表現されているように感じました。どんな思いでこの曲が生まれたのでしょうか。


rei:『Xeno』でも多くの曲を一緒に制作したプロデューサーのフランキー・スコーカと、ツアーのあいだも音楽をつくっていました。彼と曲をつくるときはいつも楽しく自由な感じで、いろいろ試してみるんですが、そんな流れでこの曲の土台ができました。そのとき意識的だったのか、潜在意識的だったのかわからないんですが、<I’m trapped in this vicious circle, can you please get get get me out>(悪循環に陥っている。お願い、出して、出して、出して)っていう歌詞がすぐにでてきたんです。


その頃メンタルヘルスの調子が悪くて、医学的に正確な表現なのかはわからないのですが、自分はサイコーシス(精神病性障害)なのかなと思っている状態に陥ってしまって。人によっては同じ言葉を使っても経験はまったく違うし、正しいかもわからないのですが、なんて呼んでいいのかわからないので、いったんこのインタビューではサイコーシスと呼びます。最悪なことに、ツアー中にその状態になってしまいました。


ー話せたらで構わないのですが、どんな状態だったのか教えていただけないでしょうか?


rei:すべてが大変になって、機能しなくなってしまうというか。特に人と交流することや、基本的なセルフケアも難しくなります。ツアー中は荷物のパッキングや飛行機の手配とか、準備が毎日のようにあるのですが、もともとストレスを感じるようなことをそういう状態でするのは1000倍ストレスに感じて、つねに不安でした。ツアー中はずっと浮いているような感覚でした。


もちろん「大変だ、どうやって乗り越えよう」という意識はあったけど、自分ではコントロールできない。自動操縦な感じがするんです。自分のライブのパフォーマンスにどれくらい影響したかはわからないけど、振り返ると心ここに在らずな瞬間はあったと思います。もちろんオーディエンスは誰も私の調子が悪いことを知らないから、いつも通りやれるように頑張りましたが、ライブが終わるたびに「今回が最後で次からは元通りでありますように」と願っていました。


そしてツアーを終えて、自然とこのことについて歌いたいと思ったんです。歌詞は自分の体験を直接的に表現したいとも思いました。<Making me go phycho(サイコになっちゃう)>という歌詞を書いたのですが、「サイコ」って言葉にはネガティブなイメージがあって、切り取られたら誤解を生むような単語だし、健常者至上主義的なニュアンスと受け取られてしまう危険もあると思ったけど、すごく意識的に使うことを決めました。それが自分の経験をありのままに表す言葉だと思ったからです。何か月か考えましたが、このままいこうと決めました。

ー何か月か迷った末、ありのままの曲を出そうと決意した理由はありますか?


rei:曲づくりのプロセスは闘いでもあって、「自分はこの曲を本当につくりたいのだろうか?」とも考えました。でも結局、これは自分のリアルな経験なんだから、聞き手が共感したりつながったりできればいいなと思ったんです。


この曲はネガティブなものだとは思っていないのですが、曲中に答えはありません。闘いのなかにいて、終わりも<Can you get get get me out(お願い、出して、出して、出して>と懇願している。なぜなら、私自身、メンタルヘルスの問題への答えを見つけられていないからです。とにかく耐えて、通りすぎるのを待つことがその瞬間に唯一できることだったりします。


だから、この曲が誰かがそういった体験をしている最中に乗り越えるための支えとなればいいなと思っています。一つの曲がメンタルヘルスの問題を解決できるとは思っていません。でも、少しでも耐え抜く助けになったり、共感を生んで、こういうふうに感じていいんだと思えたり、恥じなくてもいいとわかってもらえたりすれば嬉しい。


ーリリースに「10年以上にわたってサイコーシスのエピソード(症状)を経験してきた」とありましたが、長いあいだ、ご自身のメンタルヘルスとどのように向き合ってきましたか?


rei:実際は、小学校の頃から鬱っぽく感じていた記憶があります。メンタルヘルスの問題はここ10年の話ではなくて、つねに身近にありました。中学生の頃ギターを弾いたり歌ったりしはじめたのは、自分がどう感じているのかを曲にしたかったからです。自分がどれだけ悲しいか、どれだけ誰かが恋しいかを表現したかった。そういう意味では、音楽は自分にとってセラピーのような存在だったのかもしれません。


曲づくりがうまくいかなくてモヤモヤするときもありましたが、それは音楽は自分にとってアートであり仕事であるから。そういうときは、自分の頭にある言葉をそのまま自由に歌ってみるんです。曲にならないこともいっぱいあるけれど、音楽が自分にとってセラピーのような存在だったことをたまに思い出しています。


ーreiさんはどうやってエピソードや気分の浮き沈みから抜け出してきたのでしょうか。


rei:神経科医の診察を受けたり心理カウンセリングにも行ってみたりしたけれど、いまだに明確な方法はわかりません。自分にとっては、症状が出るトリガーを洗い出して、それを避けることをするのが効果的です。例えば睡眠不足とか、ストレスや疲労、お酒など。何がきっかけで起こるのかを学ぶんです。私は自分の身体は繊細だとわかっているのでお酒は限られた量しか飲まないし、ドラッグはしません。実際に症状が出たときは、ただ待つのみです。でももちろん、信頼できる理解のある人と一緒にいることでたくさん助けられます。


ーMVでは、そういった感情が強烈だけれども美しい映像で表現されていると思いました。監督を務めたダニエル・アンテビさんとはどうやって出会ったんですか?


rei:彼とは2018年か2019年ごろにInstagramを介して出会いました。一度彼とコラボすることになったのですが、パンデミックでなくなってしまって。その後はお互い別のことで忙しかったのですが、再会したときに“Get Me Out”について話したらすぐに興味を持ってくれました。この曲や歌詞のインスピレーションになった自分の経験について話すと、さらに興味を持ってくれて。彼も深くこの曲に共感することができたみたいです。自分が日本にいる時期で出演できないなど、撮影にはいろいろな制限があったものの、ダニエルのアイデアがどんどん広がっていき、だんだん関わってくれる人も増えて、大きなプロジェクトとなりました。ダニエルは、美しい脚本とコンセプト、素晴らしい技術で曲の意味や感情をとらえる映像をつくってくれました。


ー曲のテーマがビジュアルならではの、音楽とはまた違う方法で表現されていてとても印象的でした。ダニエルさんとはどんな会話をしたのですか?


rei:印象に残っているのは、単語連想エクササイズをしたことです。ダニエルは私に歌詞を読み上げて、そのなかで重く、重要に感じた単語に印をつけるように言いました。それを続けていって一つの言葉になるまでやりました。それは「trapped」(囚われている)でした。そのあと、また別の単語連想エクササイズをしました。目を閉じて「trapped」と言い、最初に浮かんだ言葉を書いていくのです。例えば、trapped-box、trapped-aloneなど。これはとても印象に残っています。


ー最後に、この曲やこの取材もそうですが、メンタルヘルスについてオープンに話す理由を教えてください。


rei:「むしろなんで話さないの?」と思います。私はもともとオープンな性格ですし、アーティストであるということから、自分の脆い部分やパーソナルな部分を出す機会は多いと思います。でも、中学生の頃から自分の感情を曲にしていたように、自分にとってはそうすることのほうが「普通」なんです。


メンタルヘルスについて話すのが怖いと思ったり、つらいと感じたりするのには、メンタルヘルスの問題は「悪いこと」だという前提があるからではないでしょうか。私は自分のメンタルヘルスの問題を「悪いこと」だと思ったことはありません。


それは幸いにも私が、子どもの頃から自分がメンタルヘルスについて話したら受け入れてくれる人たちに囲まれていたからかもしれません。でも、みんなにとってもそうあるべきです。メンタルヘルスの問題を抱えることは普通で、自然なことです。怖いと思う必要はありません。


歳を重ねるごとにどんどん確信に変わっているのですが、この奇妙でクレイジーな世界に住んでいる私たちは、クレイジーにならないほうが変じゃないでしょうか。人間には最低限の生活を送るための衣食住が必要ですが、それすら平等に与えられていない人がいるという現実がある。資本主義をはじめ、世界には問題のあるシステムが存在している。そんな世界でメンタルヘルスの問題を抱えている人たちは、何も恥じる必要はないんです。