「急激にIT化が進んだ業界」

 春の入学・入社シーズンは、すなわち引っ越しシーズンでもある。新たな門出を“新たな住まい”で迎えたいと考える人も多いと思うが、そこにこんなニュースが飛び込んできた。タイトルはズバリ<「不動産仲介」倒産が急増、過去最多>。国内最大級の企業情報データベースを有する「株式会社帝国データバンク」によれば、ここに来て賃貸物件の仲介や管理を手がける「街の不動産屋」の倒産が相次いでいるというのだ。その背景には、アフターコロナの日本社会の「変化」が見え隠れしていた――。様々な業界の情報を収集・分析している帝国データバンクの藤井俊情報統括部長に解説してもらう。

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――2023年の不動産仲介業者の倒産件数は120件にのぼり、前年の69件から“7割増”で過去最多を更新したそうですね。最近は部屋を探すにも、まずネット上の賃貸情報サイトで検索するように思います。そうしたことも影響していますか。

「実は、不動産仲介業は“IT化が急激に進んだ業界”と言えるんですね。いま皆さんが部屋探しをする場合も、物件情報が載ったサイトで、恋人を探すマッチングアプリと同じように、自分が望む条件を選択して好みの物件を見つけ、LINEやリモートで仲介業者に問い合わせ、その後、“VR内見”で室内を確認するというのが主流だと思います。コロナ禍以降、こうした不動産業界のIT化が顕著になりましたが、たしかに効率はいいわけです。現地に出向くと1日に数件しか内見できないところ、VRを活用すれば自宅にいながら何件でも内見できる。不動産仲介業者にとって重要なのは、こうしたIT化の流れにきちんと対応できているかどうか、です。新たなマンションが建つと、同じ物件に関する情報を多くの仲介業者が様々なサイトに掲載します。その際、どれだけ物件情報を上手に見せられるか、自社サイトに誘導し、成約に結びつけられるか。ITの使いこなし方が売り上げに直結していると言えます」

――なるほど、街の不動産屋さんの倒産増には、急激なIT化が大きな影を落としていたんですね。

「もちろん、仲介業者には優良物件を上手に確保する“仕入れ”の腕前も重要になります。アパートの大家さんやマンションオーナーと関係性を築いて、家賃滞納の恐れがなさそうな安心できる借り手を探して来る。そうした蓄積のなかでオーナーとの信頼を深めれば、優良物件を自社管理物件として囲い込むことにもつながっていく。要するに、“IT化と仕入れ”の双方をコントロール出来ている会社はうまく商売が回っていくわけです。また、不動産仲介業は、基本的に実店舗を“駅前”に構えます。その方が集客を見込めるからですが、当然ながらテナント料は高い。さらに、システムの更新・管理・維持費、広告宣伝費は常に欠かせませんし、絶えず物件の情報収集を続ける必要もあります。つまり、ビジネスを維持するために手間と金がかかる業種ということです。“IT化と仕入れ”で他社に差をつけられた企業が売り上げを減らし、そうした費用負担に耐えられなくなって倒産が急増したのでしょう」

コロナ禍以降も“戻りが鈍い”賃貸需要

――その一方で、“住み替え”自体が減っているというデータもあるようです。

「そうなんです。コロナ禍で賃貸需要はガクッと低下したんですが、昨年に入っても需要の戻りは鈍いままでした。昨年3月の“賃貸成約件数”は2万3000件で、3万件前後で推移していたコロナ以前の同月の水準と比べると、8割程度にとどまっています。街の不動産屋にとって主な収入源である“入居希望者への物件紹介数”がなかなか回復しないことは、倒産の急増に拍車をかけた要因のひとつとも考えられますね。そこにはアフターコロナにおける企業の働き方の変化も影響しているように思います」

――企業の働き方改革? 具体的にはどんな影響ですか。

「はい、たとえば週1日だけ出社して、残りの日はリモートワークでという会社員の場合、勤務先が都内から北関東に移った程度では引っ越しは考えないでしょう。また、社員のリモートワーク率が増えれば大きなオフィスを維持する必要もなくなるため、企業が地方の支社を閉鎖することも増える。となれば当然、転勤も減っていきます。そして、ここ最近、別の理由で“転勤”に頭を悩ませているのが企業の採用担当者です。メガバンクや商社といった人気職種には転勤が多い企業も少なくありませんが、自分らしい生活サイクルや趣味を重視する学生たちの多くは“転勤のある職場”を敬遠しがち。数少ない若くて優秀な人材を確保したい多くの企業では、地方への転勤を廃止したり、選択制にしたりする方向に舵を切り始めています。結果、転居を伴う“転勤”が減少したので、不動産業者を利用する機会も減ってしまった、と」

「空き家問題」解決の一助に?

――なるほど。それでは“街の不動産屋さん”に活路はあるのでしょうか。

「“部屋探し”という意味では、今後も物件情報サイトをはじめとするIT化に拍車がかかっていくと思います。とはいえ、私たちがそういったサイトで検索する項目は、間取りや賃料、最寄り駅からの距離といった程度。その点、長い年月、ひとつの街に根を張って商売をしてきた不動産業業者は、物件に関するよりディープな情報を持っていると思うんですね。たとえば、いま多くの自治体で深刻化している“空き家”問題。県外から移住してきた家族が空き家の購入を希望した場合、あるいは、空き家を改装して“古民家カフェ”を開きたいとの要望があった場合、街の不動産屋が仲介する意味は大きい。その物件が空き家になった経緯を説明したり、地元を離れてしまった空き家の地主や親族と連絡を取ったりと、様々な役割が期待できます。ネット上には出てこない不動産の情報に精通していることは大きなアドバンテージですし、そこに新たなニーズも生じると思います」

藤井俊(ふじい・さとし)
株式会社帝国データバンク情報統括部長。1965年生まれ。商社、通販会社での商品開発を経て1993年に帝国データバンク入社。高松支店・岡山支店の企業信用調査部門を経て、2013年に広島支店情報部長、2023年4月から現職。景気動向や企業取材の経験を踏まえたわかりやすい解説・講演に定評。

デイリー新潮編集部