日銀が政策金利の利上げトーンを強めている。今や新規の住宅ローン利用者の実に9割が変動金利を選択する時代。“利上げ”と聞くと、「預金の利息が増えるぞ」と喜ぶ人よりも「ローンの支払いが心配で…」という人の方が圧倒的に多いはず。

(前後編の前編/後編に続く)

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短プラ引き上げは他の銀行にも波及する?

 4月17日には、ネット銀行系で住宅ローン残高が1番多いとされる「住信SBIネット銀行」が、5月1日から短期プライムレート(短プラ)を0.1%引き上げることを発表した。

「短プラ」とは、銀行が業績優秀な企業など、回収率の高い貸し付け先に適用する最優遇貸出金利(=プライムレート)のうち、短期貸出の金利を指す。住宅ローンの変動金利の多くは、この短プラに連動しているため、「短プラ引き上げ=住宅ローンの返済額アップ」ということになる。

 今回はあくまで、住信SBIネット銀行の変動金利で住宅ローンを借りている人に限った話。ただ、日銀が3月にマイナス金利の解除を発表して以降、金融機関が短プラを引き上げたのは今回が初めて。

 そのため、多くの住宅ローン利用者は「こうした動きが他行にも波及するのでは!?」と気が気でないはずだ。

 変動金利の上昇は既定路線だとして、MAXでいくらまで上がる可能性があるのか。専門家に話を聞いた。

「住宅ローンはコモディティ」

 解説してくれたのは、住宅ローンアナリストの塩澤崇氏。住宅ローン比較診断サービスの「モゲチェック」を運営する傍ら、YouTubeやXなどでも変動金利の最新情報を発信。変動金利への関心の高まりもあり、最近はメディアから解説を依頼される場面も増えてきたと話す。

――住信SBIネット銀行の短プラ引き上げで、住宅ローン利用者は戦々恐々としていると思います。

「これまでメガバンク各行は、“マイナス金利の解除で短プラの引き上げを行うことはない”という姿勢を見せてきました。そうした中、低金利を売りにするネット銀行の大手が先陣を切る形で短プラを引き上げたのは、率直に言って意外でした」

――他のネット銀行やメガバンクも、今後相次いで短プラを引き上げることになるのでしょうか。

「追随する銀行もあるかも知れませんが、限定的と予想しています。今は誰でも、スマホで調べれば銀行ごとの貸出金利が分かります。つまり、各行の貸出金利が“ガラス張り”になっているのです。消費者はなるべく金利の安い銀行を選ぼうとするので、競争原理が働きやすい。どの銀行も“ババ”を引きたくないので、もうしばらくは他行の様子見をする期間が続くのでは」

――互いに牽制しあっているような状況なのですね。

「今や住宅ローンも、水や電気と同じくコモディティ化しているんですね。つまり、性能や品質が消費者から見て大差がないのです。銀行が住宅ローンで収益を生む仕組みはとてもシンプル。“調達金利”によって融資用の資金を集め、その調達金利に自分たちの利益分の金利を上乗せして、ローン利用者に貸し付ける。この“右から左にお金を流す”という仕組みはどこの銀行も一緒です。同じサービスなら利用者は当然、なるべく安く貸してくれる銀行を選ぶので、金利の引き上げは、ダイレクトに顧客離れを引き起こすことになります」

今後の利上げ幅を予想

――言い換えると、“調達金利”が上がった際には、“貸付金利”に価格転嫁されるわけですね。

「そうしないとローンを貸し出す銀行側が赤字になってしまいますからね。この“調達金利”を決定付けるのが、日銀が定める“政策金利”です。現時点では0〜0.1%ですが、これが引き上げられると、各行とも調達コストを貸付金利に転嫁することになります」

――政策金利は今年、何%まで上がると予想しますか。

「政策金利を予想するのは本当に難しい。それは日本の経済状況そのものを予想することに等しいですからね。その上で、あえてお伝えするなら、“年内1回の利上げで政策金利が0.25%まで上がる”というのが私の予想です」

――来年になると、更なる利上げが待っているのでしょうか。

「金利を上げるというのは、経済を引き締めるということ。インフレ抑制効果がある一方で、経済にブレーキをかけることになる。日銀はまだまだ“景気刺激モード”であって、“インフレ退治モード”ではない。来年以降、さらに利上げを続けるとしても、経済の好循環が止まっていないか、その都度確認しながら実施することになり、ペースは緩やかになるはずです」

――最終的にゴールとなる利率、いわゆるターミナルレートは何%になると見ていますか。

「これも現時点で予想するのはかなり難しいのですが、仮に上昇が続いたとしても1%ほどでとどまるのではないかと見ています。ただ、変動金利で住宅ローンを組む場合は、余裕を見て2%まで上がっても返済できる家計設計にしておくと安心でしょう。35年間の長期返済ですので油断は禁物です」

具体的に、どれぐらい支払額が増える?

――変動金利が1%上がると、支払う金利はどれぐらい増えるのでしょうか。

「5000万円の残債があるとして、金利が1%上がると、35年ローンの支払総額は単純計算で1000万円増えることになります。実際には35年間ずっと同じ金利じゃありませんし、今これから借りる人でも、支払いの残り期間は35年より短くなっているので、あくまで概算ですけどね」

〇単純計算の概算値ではあるが、電卓を叩いてみた。
35年ローンで5000万円を借りて、変動金利が1%まで上がった時、トータルの金利支払額が1000万円アップ。これを35で割ると約28万5000円。さらに12で割ると約2万4000円。1か月あたりの負担増はざっくりこれぐらいのイメージに。1億円の“億ション”を買って変動金利が2%まで上がった場合だと、同じ計算式で1か月あたり約9万5000円の負担増に。実際の金額は期間内の平均金利と残債額によって変動するので、もう少し優しい数字になるのだろうが、インパクトのある金額であることに違いはない。

――変動金利が将来的に1%を超えるのであれば、固定金利での借り入れも検討した方がよいでしょうか。

「現在のフラット35の金利が1.8%ぐらいなので、“緩やかに1.0%前後まで上がる”という予想に立てば、変動金利の方がお得ということになります。今回の利上げサイクルで現状の固定金利と先々の変動金利の差が逆転する可能性は低いと見ていますので、私の意見は“変動が有利”となります。ただ一方で、金利上昇リスクを取れない人は固定金利のほうが安心でしょう。例えば、収入が不安定な自営業や法人役員の方が該当します。年収に対して借入額が多い方もです。イメージとしては、年収の7倍を超えると要注意ですね」

インフレ経済こそ、変動金利の住宅ローンを有効活用するべき

――これから自宅の購入を考えている人へのアドバイスをお願いします。

「日本人は伝統的に無借金を好む上、リスクをなるべく抑えようと株式投資にも消極的です。ただ、経済的な面で人生を豊かにしていくためには、個々人のマネーリテラシーが非常に重要。仮に生涯賃金3億円の人がいるとして、ざっくり生活費、住居費、教育費、老後費、と分けた時に、単純に4等分すれば住居費にかけられるのは7500万円ですね。賃貸か持ち家か、固定か変動か。我々はこの7500万円をどう使うのがもっとも利益的か、というゲームをしているんです。私は変動金利の住宅ローンこそ、給与所得がある人だけが使える“最強カード”だと考えています。このカードをうまく使うことで、ゲームを有利に進められる」

――使い方が重要になってくるわけですね。

「なるべく資産価値の落ちない物件を購入することと、手元に残った資金を有効活用することがポイントです。日本はこれから緩やかにインフレが進むと言われています。マンション価格が高騰しているのも、住宅ローンの金利が上がろうとしているのも、このインフレが一因。インフレ経済では現金の価値が低くなるんですね。日銀の言う“物価目標2%を安定的に達成”とは、言い換えれば“現金の価値が毎年2%ずつ安定的に減っていく”のと同義なわけです。つまり、資産の多くを現金のまま持っていると、インフレの負の影響だけを受けることになる」

――つまり、住宅費用はローンでまかなって、所得はなるべく投資に回すべきだと?

「今の利率なら、フルローンで借りて投資に回せるお金を残すべき。同じ理由で繰り上げ返済もオススメしません。金利が低水準な間は“お金に稼いでもらう”方が効率的です。手元に残ったお金を積み立てNISAやiDeCoに回す方がトータルの金銭的メリットが大きくなる。今持っている現金をインフレで価値の上がる“モノ”に変換しておくことで、金利上昇による負担の軽減が可能です」

 マンションも株式も、インフレ経済下においては「持たざるリスク」の方が大きくなるということ。ただ、頭では理解できたとしても、日本の将来の先行きが不透明な今、実際に高騰したマンションを35年ローンで購入するのは勇気が必要だ。後編では、時にそんな人々の背中を押してくれる住宅ローン付随の「団信」のカラクリを、新しいペアローンと共に解説する。

デイリー新潮編集部