令和版「新プロジェクトX〜挑戦者たち〜」の放送が4月6日から始まった。2000年〜2005年にかけて放送された旧「プロジェクトX」では「やらせ」が指摘されたこともあった。「新」では大丈夫なのか。厳しい視線でチェックしてみると、やや危うい場面が……【水島宏明/ジャーナリスト・上智大学文学部新聞学科教授】

(前後編の後編)

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心配になった「やってもらった」(?)ように見える場面

 旧「プロジェクトX」が終了した理由のひとつも「やらせ」だった。とある高校の男声合唱団を取り上げた回で、“荒れた環境”のように描かれた学校側が抗議し、NHKは謝罪したのだ。過剰な演出に加え、「出場したコンサート会場にパトカーが来た」という事実と異なるエピソードが盛り込まれたことも問題になった。

 初回の「新プロジェクトX」のテーマは「東京スカイツリー 天空の大工事」で、建設にかかわった関係者らに焦点を当てていた。そこに、いくつか怪しい演出が見受けられた。

 たとえば、スカリツリーのデザインを設計する意匠設計者がスケッチブックにデザインを描いている映像や、構造設計者の男性が設計図を書いている映像は、本当にそれぞれカメラマンが横にいて当時撮影したのか、疑問だった。おそらく後になってから「撮影のために描いてください」と頼んだのではないか。「やらせ」というつもりはないが、本当の意味でのありのままではなく、一種の再現映像だ。すべての瞬間に24時間カメラで撮影するわけにはいかないので、ある程度の再現が入りこむのは仕方ないことだが、果たしてどこまで許容範囲かは、ケースバイケースだろう。

 また、終盤での、志半ばで病で亡くなった大林組総合所長の妻の場面。江戸川の土手をウォーキングしながら、向こう岸にそびえるスカイツリーを夫が見えるようにと、妻は亡き夫の写真を掲げる。妻が毎回そんなことをしているとは考えにくい。日課のウォーキングに亡き夫の写真をいつも持ち歩いているわけではあるまい。取材する側が写真を持参するよう頼んだ可能性がある。であれば「過剰な演出」として問題になりかねないケースだ。

 「新プロジェクトX」は、様々な人間たちのプロジェクトへの「思い」を伝える、感動的な「物語」というのが番組コンセプトにある。その物語に当てはめるため、「やらせ」や「過剰な演出」まで行かずとも「やってもらう」程度の演出は、行われやすい土壌があるといえる。

 もちろん「ドキュメンタリー」を掲げる以上は「映像はすべてリアルに起きていることを撮影した実写」であるべきで、「やらせ」などあってはならない。初回でもこうした「無理」が垣間見える面があったので、今後、回を重ねるうちにエピソードが枯渇してきたら、また「やらせ」が起きてしまう可能性は十分にあるように感じた。だが、そもそも現在の視聴者は、テレビにそこまでリアリティーを求めているのだろうか。

「チコジェクトX」の方が面白い!?

 番組作りの参考になりそうなのが、まさにNHKの人気情報バラエティー番組「チコちゃんに叱られる!」だ。番組内で時々「プロジェクトX」のパロディ番組「チコジェクトX〜挑戦者たち〜」が放送される。本家同様中島みゆきの「地上の星」が流れ、語りも田口トモロヲが担当する。この番組が、ユーモラスたっぷりで評判がいい。もしかするとZ世代には「プロジェクトX」よりも「チコジェクトX」のほうが馴染み深いかもしれない。

「ドラマ」と「ドキュメンタリー」の中間に位置するものに、実話を基に俳優が演じる「再現ドラマ」がある。これを多用しているのが「チコジェクトX」だ。たとえば過去の放送回では、オセロゲームの開発秘話を扱い、開発者の親族の証言と再現ドラマを交えていた。

 これこそが「新プロジェクトX」とは決定的に違う点だ。「チコジェクトX」は再現ドラマでも躊躇しない。本家「プロジェクトX」の大仰さをパロディにして笑いを誘う。視聴する側をリラックスして楽しませようというサービス精神にあふれている。

 一般的にNHKの制作者たちは「ドキュメンタリー」であることにこだわりすぎ、「再現」というテロップを使わないことを重視しすぎているように感じる。制作者としてドキュメンタリーに「再現」の映像や、断り書きのテロップを入れたくない心情は筆者も理解できる。だがSNS全盛の今、こうした描写にはますます誠実さが求められる時代だ。一歩間違えれば、とたんに「不適切」とか「やらせ」などの批判を招きかねない。

「再現」を嫌いすぎる

 2007年にNHKで放送された「事件の涙」というドキュメンタリー番組を思い出す。闇サイトで集まった男たちに娘を惨殺された母親の取材で、娘の思い出がつまった自宅での撮影を拒否され、NHKは自宅の替わりにウィークリーマンションのような場所に「再現セット」を作って撮影した。「再現セット」である事実を隠して放送した。

 同じ母親を取材していた民放のドキュメンタリー制作者の指摘でそれが明らかになり、再放送では「自宅ではない」とNHKはテロップでお断りを入れることになった。問題提起した民放制作者は「NHKがこれまでの番組でも繰り返してきた常套手段なのではないか」と著書で疑問を呈している。

 ドキュメンタリーの本家本元という意識が強すぎるせいか、NHKにはときおり「過剰な演出」と思える描写が目につくことがある。久しぶりの本格的なドキュメンタリー番組「新プロジェクトX」はそんなところでつまずかないでほしい。

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記事「『ふてほど』の後ではキツい…NHK『新プロジェクトX』の昭和的すぎる“美談”」では、番組内の時代錯誤な要素を水島氏が指摘している。

水島宏明(みずしま・ひろあき)
ジャーナリスト・上智大学文学部新聞学科教授。1957年生まれ。東京大学卒。札幌テレビで生活保護の矛盾を突くドキュメンタリー『母さんが死んだ』や准看護婦制度の問題点を問う『天使の矛盾』を制作。ロンドン、ベルリン特派員を歴任。日本テレビで「NNNドキュメント」ディレクターと「ズームイン!」解説キャスターを兼務。『ネットカフェ難民』の名づけ親として貧困問題や環境・原子力のドキュメンタリーを制作。芸術選奨・文部科学大臣賞受賞。2012年から法政大学社会学部教授。2016年から上智大学文学部新聞学科教授(報道論)。放送批評誌「GALAC」元編集長。近著に「内側から見たテレビーやらせ・捏造・情報操作の構造ー」(朝日新書)、「想像力欠如社会」(弘文堂)

デイリー新潮編集部