めるること生見愛瑠(22)にとって、プライム帯(午後7時〜同11時)での初主演ドラマとなるTBS「くるり〜誰が私と恋をした?〜」(火曜午後10時)が始まった。面白そうだが、めるるが演じるヒロインが記憶喪失であることなどから、韓流ドラマを真似ているとの声もある。実際はどうなのだろう。【高堀冬彦/放送コラムニスト、ジャーナリスト】

記憶喪失は大映テレビの得意技

 韓流ドラマを真似ているとの声もある「くるり」。本当だろうか?

 このドラマは大映テレビの制作。同社は1970年代から記憶喪失をストーリーに採り入れていた。韓流ドラマより早かったのである。

 まず簡単に第1回のストーリーを簡単に振り返りたい。めるるが演じているのは24歳の緒方まこと。飲料メーカーの営業職を務めていた。

 まことは人に嫌われないため、自分の素を隠し、悪目立ちしないようにしていた。職場では空気を読んでいた。よくいるタイプである。

 ところがある日の夜、道路の階段で転落し、頭をしたたか打ち、記憶喪失になってしまう。自分の名前すらおぼえていない。外傷性の長期記憶障害だろう。

 早々と仕事復帰したものの、職場の空気を読むための予備知識もスキルも失っていた。このため、有能な派遣社員の松永(菊池亜希子)を都合良く使う職場の雰囲気になじめない。

記憶喪失、タイプの違う恋人候補が3人

 そのうえ松永が理不尽な派遣切りに遭ったことから、腹を立てて自分も会社を辞めてしまう。記憶喪失前なら考えられないことらしいが、まことには以前の自分が分からない。

 自分を知る手掛かりは所持品の中にあった男性用の指輪。愛する人に贈ろうとしていたらしい。愛する人なら、本当の自分を知っているはず。まことは愛する人と本当の自分を探し始める。

 その相手とは元同僚で自称・まことの唯一の男友達である朝日結生(神尾楓珠)か、フラワーショップ店主で自称・元カレの西公太郎(瀬戸康史)か、自称・運命の男の板垣律(宮世琉弥)か。この放送枠(火曜ドラマ)の約束事であるラブストーリーがスタートする。

 記憶喪失という深刻な問題がベースにありながら、作風は明るくポップ。また、まことが世の中の掟も忘れたことを利用し、派遣社員制度の不公平などを冷評しているところがいい。

 一方で、記憶喪失、タイプの違う恋人候補が3人現れるところなどが、確かに韓流ドラマを彷彿させる。

韓流ドラマと記憶喪失

 記憶喪失は韓流ドラマのお家芸。日本での韓流ドラマブームの口火を切ったNHK「冬のソナタ」(2002年、日本ではNHKが2004年に放送)も記憶喪失を抜きにしては語れない。

 主人公のチュンサン(ペ・ヨンジュン)は交通事故で記憶を失い、別人のミニョンとして生きる。しかし、2度目の交通事故に遭い、チュンサンとしての記憶を取り戻す。事故に遭うたび、記憶が失われたり、戻ったりした。

 韓流ドラマはほかにも記憶喪失が物語のカギを握る作品が数え切れないほどある。「冬のソナタ」と同じくチェ・ジウ(48)がヒロインを務めた「天国の階段」(2003年)もそう。

 チェが演じた大学教授の娘は、金持ちのお坊ちゃまのボーイフレンドと幸せに暮らしていたものの、嫉妬心に燃えた義妹に車で轢かれ、記憶を失う。義妹はそれで満足せず、チェが死んだことにしてしまう。強烈なストーリーだった。

「弁護士の資格〜改過遷善」(2014年)は冷酷で非情な弁護士が交通事故で記憶喪失になったが、法律の知識は失わず、正義の人に変身する。「サイコパス・ダイアリー」(2019年)は証券会社のダメ社員が交通事故で記憶を失い、自分が殺人犯だと思い込んだ。

 まだまだ数え切れないほどある。記憶喪失ドラマの総数は日本のタイムリープ作品以上にあり、1つのジャンルと言える。

記憶喪失の源流は「赤いシリーズ」

 ただし、「くるり」が真似ているかというと、そうではない。このドラマを制作している大映テレビがつくり上げた作風を韓流ドラマが追い掛けた形なのだ。

 大映テレビが制作し、山口百恵さんが主演したTBS「赤いシリーズ」の第3弾である「赤い運命」(1976年)はこんな物語だった。1959年の伊勢湾台風によって、検事(宇津井健さん)の妻(岸田今日子さん)が生まれたばかりの娘(百恵さん)と一緒に行方不明となる。

 妻は大災害によって記憶喪失になり、百恵さんとは生き別れた。百恵さんは養護施設で育つ。この施設で火事が起こり、百恵さんが検事の娘だという証拠はほかの女児(秋野暢子)のものと入れ替わってしまう。

 百恵さんは粗野な男(三國連太郎さん)の娘ということになってしまった。やがて男は殺人を犯すが、担当検事が宇津井さん。やがて百恵さんは実の父が宇津井さんだと知るが、養父を支え続けた。記憶喪失、出生の秘密、殺人、まるで違う立場の実父と養父。韓流ドラマを思わせる要素がズラリと並んでいた。

 とんでもないストーリーのようだが、出演陣に当時のスターが揃った上、監督は高倉健さんの遺作映画「あなたへ」(2012年)などを撮った降旗康男さん、脚本はTBS「ウルトラセブン」(1967年)などの佐々木守さんだったから、面白く、骨太のドラマになった。大災害がもたらす悲劇を描き、親子を結び付けるのは血か育ちなのかを問い掛けた。

大映テレビが本領を発揮する「くるり」

 韓流ドラマで記憶喪失が定番になったのは「冬のソナタ」が大ヒットしたあと。そもそも韓流ドラマが活気づいたのは韓国政府が1999年に支援に乗り出してからである。

 大映テレビと記憶喪失の関係は「赤い運命」で終わらなかった。シリーズ第8弾「赤い嵐」(1979年)もそう。引退した能瀬慶子さん(61)が演じたヒロインは最初から記憶喪失だった。

 血まみれで歩いていた能勢さんを柴田恭兵(72)演じる警察官が保護するところから物語は始まった。柴田は自分の実家の豆腐屋に住まわせる。彼女は明るく、真面目に豆腐屋で働くのだが、夜になると不良に変身し、街をうろつく。口調も荒くなる。

 街を徘徊中の彼女を柴田が見つけると、彼女は昼間の表情に戻り、「私、怖い……」とつぶやく。本当の自分が分からないからだ。こちらにも殺人事件が絡み、やはり後の韓流ドラマ臭が強かった。

 同じく大映テレビが制作したフジテレビ「ヤヌスの鏡」(1985年)のヒロイン(杉浦幸)は記憶喪失ではないものの、自分が嫌いなお香の匂いを嗅いだりすると、普段の自分を忘れてしまい、凶暴な別人格に変わった。「くるり」は韓流ドラマに似ているのではない。大映テレビが本領を発揮している作品と言えるのである。

大映テレビの作風を作った増村保造

 大映テレビ独特の作風は、大映映画時代に「天才監督」と呼ばれた増村保造が考え出した。大映が経営危機に陥った1970年ごろから、増村は大映テレビに活動の軸足を移した。

 大映映画時代の増村は若尾文子(90)主演で「妻は告白する」(1961年)、「清作の妻」(1965年)などを撮り、国内外で高く評価された。勝新太郎さんの代表作の1つ「兵隊やくざシリーズ」(1965年)を生み出したのも増村だった。

 作家の三島由紀夫とは東大法学部時代からの親友。三島が主演したアクション映画「からっ風野郎」(1960年)も監督した。

 大映入社後に東大文学部の哲学科に学士入学し、国費でイタリア留学した増村には独特の理論があり、日本映画特有の情緒に否定的だった。制作した映画やドラマにも情緒的な部分は少なく、代わりに人間の欲望や醜さを存分に描いた。

 ただし、「赤いシリーズ」がそうであったように、真実の愛は否定していない。増村のDNAを受け継ぐ「くるり」の展開はどうなるか。

高堀冬彦(たかほり・ふゆひこ)
放送コラムニスト、ジャーナリスト。放送批評懇談会出版編集委員。1990年にスポーツニッポン新聞社に入社し、放送担当記者、専門委員。2015年に毎日新聞出版社に入社し、サンデー毎日編集次長。2019年に独立。

デイリー新潮編集部