「これからの人生は攻めよう」――70代に入ったころにそう決意したという加山雄三。その表れの一つが、散歩番組『若大将のゆうゆう散歩』(テレビ朝日系)への出演だったと言えるだろう。

 もっとも、このレギュラー番組への出演はかなり突然持ち込まれた話だったのだという。新著『俺は100歳まで生きると決めた』ではその経緯、そして「若大将」の意外な弱点などが明かされている(以下、同書をもと抜粋・再構成しました。前後編記事の後編:前編は【「俺の全盛期は70代だった」“若大将”加山雄三が「攻めの姿勢」に転じた心境を語る】)

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地井武男君との縁

 70代に音楽活動と同時進行でやっていたのがテレビ朝日の散歩番組『若大将のゆうゆう散歩』だった。2012年の5月から2015年の9月まで。3年半くらい歩いていたことになる。

「ゆうゆう散歩」は月曜日から金曜日の午前中に放送されていた。都内や東京周辺の街を俺が散歩して、お店に寄って、その土地の人たちと交流する番組だった。遠くの街に行って歩くこともあったよ。

 あの番組は突然やることになった。もともとはテレ朝の同じ枠で、俳優の地井武男君が『ちい散歩』という番組をやっていた。人気番組だった。その地井君から、ある日電話があったんだ。

「ちょっとの間、代わりにやってくれないかな。体調が悪くてさ」

「なにをやるんだ?」

「散歩の番組だよ」

 ちょっと深刻な感じだった。

「ちょっとの間かい?」

「ちょっとの間でいい」

「わかった。君が戻ってくるまでは引き受けるよ」

 そんな軽いやり取りによって出演することにした。短期間だと思ったからね。

 地井君とはフジテレビの時代劇『江戸の旋風(かぜ)』で一緒だった。彼とは久しぶりに話したわけだけど、これも縁だと思ったんだな。

 ところが引き継いでそんなにしないうちに、知り合いのスタッフから電話がかかってきた。地井君の訃報だった。心不全だった。驚いたよ。

実は暑さに弱いんだ

 そんな事情で、「ゆうゆう散歩」を続けることになったんだ。

「ゆうゆう散歩」の収録は、ものすごく歩くんだ。あんなに歩くとは、楽しくもあり、つらくもある。週に2回、1日に2本ずつ録るから、朝から夕方まで歩き続けるんだな。夏も、冬も歩く。晴れでも、雨でも、雪の日でも歩く。

 一つ打ち明けるけれどさ。俺は若大将といわれて、夏の男のイメージが強いだろ? でも、実は暑さにはめっぽう弱いことに気づかされた。海ならばまだしも、街中の暑さにはまいってしまう。だから、夏の収録は苦しかった。ぐったりとしちゃう。寒さには強くて、冬は頑張れるんだけれどね。

 もっと白状するけれどさ。真夏のロケは行きたくなかった。俺だって生身の人間だからね。3年以上も歩いていたら、気分が乗らない日だってあるさ。体調がよくない日もある。散歩の番組というのは、収録中に数えきれないくらいの人と握手をする。だから、風邪もひきやすい。体調管理にも気を遣うんだ。

関心、感動、感謝

「ゆうゆう散歩」のころは本当に忙しくてね。2014年から2015年にかけては全国47都道府県を全部まわるツアーをやっていた。とにかく旅が多かった。毎週末日本のどこかでコンサートをやって、帰るとすぐに「ゆうゆう散歩」を収録して、週の後半にまた収録して、その間は打ち合わせやリハーサルがあって、休む間がない生活を送っていた。

 あの3年半は戦いだったよ。自分との戦いだ。今日は行きたくないなあ、と思う自分を自分で励まさなくてはいけない。

 大切な仕事だ。縁あっての仕事だ。行きたくないと思う自分が間違っている。それは十分に承知している。

「仕事をもらえていることに感謝」

「大変なのは俺だけじゃない。スタッフも同じだ」

「みんなありがとう」

 いつも心の中で自分に言い聞かせていたよ。そんなふうに葛藤しながら、ロケに出かける。しっかり収録を終えられたら、俺は自分との勝負に勝ったことになる。

 俺は今も次の三つを大切にしている。関心。感動。感謝。

 これを「人生の三“かん”王」と呼んでいる。

 こういう話をするとさ。悟りの境地ですね、と、ときどき言われる。でも、それは違うんだな。そんな立派なものじゃない。悟りだなんて思っているうちはまだまだなんだ。真夏の40度に近い日にまる一日歩くロケも平常心でこなせなくちゃいけない。ただそれだけのことだよ。

 もちろん、「ゆうゆう散歩」には楽しい体験はいくつもあったよ。思い出深いのは、長野県の姨捨(おばすて)棚田を歩いたロケだよ。この土地の人はみんな気持ちよくてね。それに、棚田米っていうんだけど、米がものすごくうまい。

「ゆうゆう散歩」では、最後に俺が書いた文章を読むんだ。

              

 姨捨

 美しい田園風景を守るのは

 美しい夫婦愛

 君といつまでもだねぇ

         雄三

              

 そんな文章をつづった。

 実際に仲睦まじいご夫婦と会ってね。塩むすびをいただいた。あんなにおいしいおむすび、それまでに食べたことはなかったよ。

 打ち合わせでは、俺がおむすびを1、2個くらい食べることになっていた。でも、「ゆうゆう散歩」はすごく歩くから、腹ペコでさ。いっぱい食べたよ。具の入っていないシンプルな塩むすびだったけれど、米そのものがいいんだ。俺、食べ過ぎて、マネージャーに止められた。

 うまかったなあー。あれはいい思い出だね。

 70代にあの忙しさを乗り切ったことで自信がついた。それに「ゆうゆう散歩」で歩いたことで、俺の足腰はずいぶんと鍛えられたと思うよ。

 最終回では、お礼の言葉を読んだ。

          

 夢は思えば叶うんだ、

 というタイトルの通り、

 皆さんも自分の夢を叶えるような

 生き方をして頂きたいと思います。

 この番組を通して

 様々な素晴らしい物に出会うことが出来、

 おかげさまで温かい人間になれた気がします。

                   雄三

              

 これは俺が心から思っていることだよ。人間というのは「やりてえなあー」と思っていることが現実になるんだ。本気で思えばね。

 悪いことを願っちゃだめだよ。いいこと、人のためになること、自分のためにもなることを真剣に願うと、その願いはかなう。

加山雄三(かやま・ゆうぞう)
1937(昭和12)年神奈川県横浜市生まれ。俳優、歌手。慶應義塾大学法学部政治学科卒。60年にデビュー。「君といつまでも」「海 その愛」などヒット曲多数。主演映画に「若大将」シリーズなど。2021年度の文化功労者に選出された。

デイリー新潮編集部