旧ジャニーズ事務所のタレント28組295人による新会社「STARTO ENTERTAINMENT(以下、スタート社)」(福田淳・代表取締役CEO)が船出した。一方で同事務所出身のタレントら3組18人が所属する「TOBE」(滝沢秀明・代表取締役)の発足から丸1年が過ぎた。両社は共存共栄するのか、それとも骨肉相食む のか。【高堀冬彦/放送コラムニスト、ジャーナリスト】

退所組がMステ出演

 TOBEにとってスタート社の誕生は追い風。同社は旧ジャニーズ事務所がやっていた共演NGや番組内容への介入をしていないからだ。

「福田氏が止めさせた。スタート社がキャスティングや番組内容への意見をテレビ各局の制作現場に伝えることもない」(大手芸能事務所幹部)

 それによる変化は歴然。たとえば12日放送のテレビ朝日「ミュージックステーション 2時間スペシャル」に、TOBEに所属するNumber_i(ナンバーアイ)の平野紫耀(27)、神宮寺勇太(26)、岸優太(28)が初登場したのは知られている通り。

「Mステ」といえば、かつて「ジャニーズ事務所の指定席」とも言われ、ほかの芸能事務所の男性ボーカルグループが出演することは少なかった。ましてやNumber_iは、過去にはテレビに出ることすら至難だった旧ジャニーズ事務所からの退所組である。

 番組ではスタート社の20th Century(トニセン)、WEST.と共演。トニセンの一員で、スタート社の取締役CMO(最高マーケティング責任者)の井ノ原快彦氏(47)と平野が親しげに言葉を交わす一幕もあった。

「タレント同士の人間関係は旧ジャニーズ事務所を出て行っても変わらない。これは昔から。一方でTOBEの出演は福田氏による改革の一歩」(大手芸能事務所幹部)

旧ジャニーズ事務所社員がTOBEへ転職

 旧ジャニーズ事務所時代は故・メリー喜多川会長、あるいは藤島ジュリー景子元社長(57)がマネージャーに自分の意向を伝え、それが各局の制作トップに伝達された。その言葉は各局にとって無視できないものだった。

「そもそも各局の幹部と直接話せるような旧ジャニーズ事務所のベテランマネージャーが、この1年でかなり減ったことも背景にはあります」(別の芸能事務所幹部)

 旧ジャニーズ事務所には約230人の社員がいたが、スタート社の社員は185人。辞めた社員はどこへ行ったかというと、主にTOBE。日本一の規模を誇るファンクラブを仕切っていた女性社員も移籍した。以前の滝沢氏は同事務所の副社長 だったから不思議な話ではないが、スタート側には脅威に違いない。

「旧ジャニーズ事務所には『新曲をこうプロモーションし、この時期にリリースすると、ヒットチャートでトップが取れる』というノウハウがあったが、それが社員たちの移籍先であるTOBEにも伝わった」(同・別の芸能事務所幹部)

 その一例は、スタート社所属のTravis Japanの「T.G.I. Friday Night」と、TOBEの能登半島大震災支援プロジェクトであるto HEROes Project -Act for HOPE-の「Be on Your side」が同じ3月18日に配信リリースされたことだろう。

「偶然なんて、あり得ない。TOBE側の戦略。『そのほうが話題になる』と踏んだのでしょう」(同・別の芸能事務所幹部)

スタート社の穏健路線

 実際、両曲はヒットチャートでトップを争った。3月27日付のBillboard JAPANのダウンロード・ソング・チャートではTravis Japanが1位で、to HEROes Project -Act for HOPE-は2位。

「旧ジャニーズ事務所なら、ほかの芸能事務所が意図的にリリース日を合わせてきたら、不快感を示すアクションを起こしたでしょうが、スタート社は動かなかった」(同・別の芸能事務所幹部)

 共演NGを止めた福田氏らしい。スタート社は良くも悪くも普通の芸能事務所になろうとしている。ただし、それが功を奏するか、裏目に出るかは分からない。

「スタート社の穏健路線はTOBEやほかの芸能事務所にとって好都合。TOBEは今後もスタート社のリリース日を気兼ねなく利用するだろうし、旧ジャニーズ事務所の稼ぎ場所にも踏み込みやすい」(前出の芸能事務所幹部)

 たしかに、昨年8月末で旧ジャニーズ事務所を退所した元Kis-My-Ft2の北山宏光(38)は、テレビ東京の「ドラマ24 君が獣になる前に」(金曜深夜0時27分)に主演している。かつて深夜ドラマは旧ジャニーズ事務所勢の金城湯池だった。北山の活躍は過去の退所組である稲垣吾郎(50)ら「新しい地図」の3人や山下智久(39)、錦戸亮(39)の長い不遇とは雲泥の差だ。

「民放の中ではテレ東が一番、スタート社と距離を置いていることもあるが、TOBEの売り込みも実を結んでいる。一方でスタート社は妨害めいたことをしていない」(前出・大手芸能事務所幹部)

 滝沢氏が旧ジャニーズの副社長時代、渉外担当として各局トップと親交を深めていたことも大きい。単なる新興芸能事務所扱いを受けていない。

マクドナルド側にも事情がある

 Number_iの3人は23日から日本マクドナルドのCMに登場する。これにスタート社の一部ファンが抗議し、同社製品の不買を呼び掛ける声がSNSにある。

 マクドナルドは故・ジャニー喜多川氏による性加害が社会問題化した昨年9月以降、木村拓哉(51)ら旧ジャニーズ事務所勢と決別した。同事務所がスタート社に移行しても姿勢を変えていない。タレントに罪があるわけではないから、ファンとしては黙っていられないだろう。

 一方でマクドナルドは人権に敏感なグローバル企業である上、ファミリーを相手にするから、旧ジャニーズ事務所の後継組織であるスタート社と取引を再開するのは難しい。スマイルアップ社への性加害の申告は3月末の時点で973人から受けたが、補償について合意に達したのは356人に留まっている。

 幅広い世代を相手にするマクドナルドとしては、堺雅人(50)や宮崎あおい(38)らミドル層のタレントばかりCMに使うわけにはいかない。結果的にTOBEにとって追い風となった。

民放は人気アーチストの争奪戦

 TOBE側の追い風はほかにもある。民放のゴールデン帯(午後7時〜同10時)に民放の音楽番組が相次いで誕生し、人気アーチストの争奪戦になっていることである。所属芸能事務所がどこかなんて、気にしていられない。

 4月から日本テレビは音楽番組「with MUSIC」(土曜午後7時56分)を始めた。フジテレビでも「ミュージックジェネレーション」(木曜同7時)がスタート。日テレのゴールデン帯でのレギュラー音楽番組は34年ぶり、フジは8年半ぶりだ。TBSも既存の「CDTV ライブ!ライブ!」(月曜同7時)を1時間番組から2時間番組に拡大した。

「今、各局の音楽番組はコア視聴率(13〜49歳の個人視聴率)が獲れるアーチストを出演させようと躍起。バックグラウンドとして民放界の深刻な収益停滞がある」(同・大手芸能事務所スタッフ)

 特定の芸能事務所を厚遇したり、排除したり出来るような状態ではない。

「仮に強いジャニーズ事務所が現存していようが、自分たちの思い通りにするのは難しかったはず」(同・大手芸能事務所幹部)という。

競争の行方のカギを握る1人

 ひょっとしたら、旧ジャニーズ事務所の副社長時代に各局トップと深く付き合った滝沢氏は、1年前の退所時点で、民放界の現状を先読みしていたのではないか。頭の良さで知られる人である。

 スタート社は大所帯だが、一般的な芸能事務所になりつつある。一方で小所帯のTOBEは旧ジャニーズ事務所の人材や戦略の一部を生かそうとしている。

 今のところスタート社にTOBEを潰そうとする気配がないので、TOBEが露骨な掟破りでもしない限り、全面衝突にまでは至りそうにない。ただし、タレントづくりのコンセプトが通底するから、熾烈な競争が繰り広げられることになる。

 競争の行方のカギを握る1人はNumber_iの平野だろう。平野は現在、音楽活動に軸足を置いているが、以前から外資系の世界的配信動画会社が極めて強い関心を示している。

 平野がこの配信動画の作品に主演し、世界的にヒットすれば、数では劣るTOBEも存在感が飛躍的に増す。

高堀冬彦(たかほり・ふゆひこ)
放送コラムニスト、ジャーナリスト。放送批評懇談会出版編集委員。1990年にスポーツニッポン新聞社に入社し、放送担当記者、専門委員。2015年に毎日新聞出版社に入社し、サンデー毎日編集次長。2019年に独立。

デイリー新潮編集部