インタビュー後編

前編【「国民的美少女」小田茜 結婚、出産、移住、離婚を語る「本当に普通の主婦でした(笑)」】からのつづき

 俳優の小田茜(45)が「国民的美少女コンテスト」でグランプリに輝いたのは小学6年生の時。1年後の91年には大河ドラマ「太平記」で鮮烈な俳優デビューを果たす。93年には、テレ朝系ドラマ「いちご白書」で連続ドラマ初主演。その時、歌手の安室奈美恵らとも共演した。90年代を駆け抜けた小田が、当時を振り返る。

 私が女優さんになりたいと思ったのは、小学校3年生ぐらいの時でした。母がドラマ好きだったので、その影響もあって、当時はよくトレンディードラマを見ていました。安田成美さんと緒方直人さんの「同・級・生」(フジテレビ系)がすごく好きでした。

 当時は後藤久美子さんが「国民的美少女コンテスト」のイメージキャラクターをするなど、活躍されていました。あと、沢口靖子さんが主演の「竹取物語」という映画があるんですが、すごくきれいな女優さんで、その世界観もすごいなと思ったのを覚えています。

 幼少の頃の私は全然、自信がなくて、劣等感の塊でした。引っ込み思案なところもあって、自分から進んで出ていくタイプではなかった。そういう自分が嫌で、自分をバンって表現できるのが女優なのかなと思っていました。

 90年、小学6年生の時に受けた「国民的美少女コンテスト」には、母と一緒に応募 しました。会場へは、地元・栃木から同級生の従姉妹とともに、新幹線で都内へ向かいました。遠足みたいで楽しかったですね(笑)。

 参加者の方は、慣れていて、しっかりしていましたが、私はコンテストの中でも1番年下。オーディション会場に行った時には圧倒されました。名前を呼ばれたら、みなさん「はい!」といったシャキとした感じで……。私なんて、背中は丸まって、オドオドして「えっ、どうしよう」という感じでした。

 もちろん、グランプリを目指してやってきましたが、本番では全然うまくいかなくて、「無理、無理、無理」という感じでした。グランプリを取れたのは、奇跡としかいいようがありません。でも、本当にうれしかったですね。

「いちご白書」で初主演

 コンテストの翌91年には、NHKの大河ドラマ「太平記」に出演させていただきました。主演は真田広之さん。もう、オーラが違いましたね。共演して、あの空気感をともにできたのは財産です。でも、急に抜擢されて、もちろん葛藤はありました。こんな人と互角にお芝居なんてできないよ、と。私はやっぱりダメなんだ、やっぱりできないんだという思いは強まりましたね。でも、やらなきゃ、頑張らなきゃというという葛藤でした。

 思うように結果が出せず、10代は苦労していました。でも、悩んでいる暇もないくらい忙しかったです。

 2年後の93年にはドラマ「いちご白書」で初主演しました。14歳、中学2年の時です。もう、とにかく大変でした。盛大に記者会見が行われて、質疑応答があって、主役なので挨拶もしなければいけません。本音を言えば、もう逃げたかった。私には本当にプレッシャーでしかなかったです。

「いちご白書」では、TOKIOの松岡昌宏さんが彼氏役でした。昨年、松岡さんと再会して、当時のことを色々話しました。私はあまり詳細に覚えていないのですが、ある時、本番が終わった後、泣き出しちゃったみたいで……。松岡さんから「困っちゃったよ」と言われました。いろんな意味で、鍛えられた現場でした。

 親友役は安室奈美恵さんでした。彼女はとっても細くて顔も小さいのに、ご飯を食べていなかったんです。お昼休憩で弁当が配られたのですが、スタジオの片隅でずっとダンスレッスンをされていました。「ご飯、食べた?」と聞いたら、「食べてない」というから、「どうして、食べないの?」と聞くと、「ダイエットする必要があるんだ」と言うんです。常にダンスの練習をしていて、そのストイックさには本当にビックリしました。

 今年は「不適切にもほどがある!」というドラマが話題になりましたが、当時、芸能界で“不適切なこと”は、ほとんど感じなかったですね。まだ、10代の子どもでしたから、いい意味で隠されていたかもしれません。栃木から新幹線で通っていましたし、歌手デビューもしたりして、とにかく、自分のことで精いっぱいで、ほかの人を見る余裕はありませんでしたね。

「国民的美少女コンテスト」でグランプリを取った時は、地元・栃木はお祭り騒ぎでした。当時、栃木県出身のタレントさんって本当に少なかったんです。よく聞いたのが、「栃木と言えば、ガッツ石松か、小田茜か」って(笑)。今はたくさんのタレントさんが活躍されていますが、当時は本当に珍しかったようです。ガッツさんとはドラマで共演しているんですが、その時に「同郷なんです」と伝えました。

 今も「国民的美少女」と言われるのは、すごくありがたいこと。光栄ですね。私の原点ですから。80歳になっても、元「国民的美少女」と言われるように頑張っていきたいですね(笑)。

前編【「国民的美少女」小田茜 結婚、出産、移住、離婚を語る「本当に普通の主婦でした(笑)」】からのつづき

デイリー新潮編集部