直球の“高速化”も一因か

 投手は、西舘勇陽(巨人1位)や武内夏暉(西武1位)、松本凌人(DeNA2位)、野手では度会隆輝(DeNA1位)や佐々木俊輔(巨人3位)、石上泰輝(DeNA4位)といったルーキーが既に一軍の戦力として活躍している。しかしその一方で、苦しいスタートとなった選手も少なくない。

 まず1月に草加勝(中日1位)新人合同自主トレ中に右肘の違和感を訴えて離脱。保存療法も検討されたが、キャンプイン直前にトミー・ジョン手術を受けることを決断した。

 また、4月11日には下村海翔(阪神1位)もトミー・ジョン手術を受けたと発表。さらに、森田駿哉(巨人2位)は左肘のクリーニング手術を受け、西舘昂汰(ヤクルト1位)もコンディション不良でスロー調整が続いている。これまでもルーキーがプロ入り直後に怪我で離脱することはあったが、ここまで続くことは珍しい。

 原因として考えられるのが、投手の“高速化”だ。プロでも年々ストレートの平均球速が上がっているが、アマチュアでも同様の傾向が見られている。トレーニングの発達によって、スピードを上げるメソッドがある程度、確立されてきたことは間違いない。ただ速いボールを投げるということは、それだけ体にかかる負担も大きくなるということで、鍛えるのが難しい靭帯の損傷や断裂に繋がる。

故障の可能性を見抜くことは困難

 こういったルーキーの怪我が続くと、入団前に確認できなかったのか?という声が必ず上がるが、それは簡単ではないという。NPB球団のスカウトはこう話す。

「プロに行きたい選手からすると、多少の違和感があっても“大丈夫です”と言いますよね。メジャーに行くような選手は契約前にメディカルチェックを受けて、それから契約となりますけど、ドラフトで指名する場合は、そういうことはできません。実際、選手自身もそれほど自覚症状がなくて、入団時のメディカルチェックも問題ないと言われていながら、すぐに怪我をしてしまうこともあります。そうならないために、特に、上位指名を検討する選手は何度もチェックして練習も見たりしますけど、今の仕組みでは完璧に見抜くことは不可能です」(パ・リーグ球団スカウト)

 トミー・ジョン手術を受けることになった草加と下村の大学時代のピッチングを見ても決して力任せではなく、むしろ上手く力を抜きながら投げている印象だった。そういったことを考えても、事前に詳細なチェックができない中で、故障の可能性を見抜くということは簡単なことではないはずだ。

 その一方で、入団時点の怪我ばかりを気にしていて失敗するケースもあるという。ベテランスカウトはこんな事例を話してくれた。

「以前、上位で指名を検討していた投手が状態を落としたことがありました。その選手を見ていたトレーナーが球団と繋がりがある方で、彼の様子を聞いたところ、怪我の状態がかなり良くなくて、プロで長く活躍するのは難しいというので指名を見送りました。そうしたら、他の球団が指名して(最多勝のタイトルを獲得するなど)最終的には長く活躍しました。今でも惜しいことをしたと思いますね」

スピードよりも希少性が高い“武器”

 ダルビッシュ有(パドレス)も、高校時代は少し投げればどこかを痛めており、そんな投手がプロで活躍するのは難しいのではないかという声もあったが、プロ入り後にはトレーニングの成果もあってか長く一線で活躍し続けている。逆に1年目に華々しいデビューを飾っても、2年目以降に低迷してしまう選手も多く、それを考えるとルーキーの1年目の結果や怪我で一喜一憂する必要はないと言えるのではないだろうか。

 またルーキーにかかわらず、これだけトミー・ジョン手術を受ける選手が増えていることによって、「選手の評価基準も変わってくるのではないか」とスカウトは話す。

「150キロを投げるピッチャーは珍しくなくなっていて、それくらいのスピードがあっても、他が悪ければ指名されない時代になりました。速いボールはたしかに魅力ですけど、それでも打たれたら意味がありません。それであれば、スピードは突出していなくても、コントロールとか変化球でしっかり抑えられる投手の方が故障のリスクも少なくて、長く活躍できる可能性もあると思います。そんな投手が今後評価されてくるかもしれませんね」(前出のパ・リーグ球団スカウト)

 現役の選手でも技巧派の石川雅規(ヤクルト)が長く活躍しており、加藤貴之(日本ハム)も二桁勝利こそないものの、ローテーションの中心となっている。コントロールや投球術を磨くことは、ある意味、スピードを上げるよりも難しいことであり、投手としての“希少性”も高いと言えそうだ。怪我なく長く活躍できるのはどんな投手なのか。ルーキーたちの相次ぐ故障が、そんなことを見直すきっかけにもなりそうだ。

西尾典文(にしお・のりふみ)
野球ライター。愛知県出身。1979年生まれ。筑波大学大学院で野球の動作解析について研究。主に高校野球、大学野球、社会人野球を中心に年間300試合以上を現場で取材し、執筆活動を行う。ドラフト情報を研究する団体「プロアマ野球研究所(PABBlab)」主任研究員。

デイリー新潮編集部