日産自動車 本社ビル

 春闘の時期に明るみに出た、大企業による“搾取”の実態に憤った人も多かったに違いない。

 読売新聞オンラインは3月4日、「日産が下請けに減額を強要、公取委が勧告へ…部品30社以上で計30億円」の記事を配信した。記事によると、日産は遅くとも数年前から30社以上の下請け業者に代金の数パーセントを減額。その額は合計30億円に達し、業者の中には10億円を超える額を一方的に減らされたケースもあったという。

 こうした行為は、当然ながら法律で禁止されている。公正取引委員会は7日、日産の下請法違反(減額の禁止)を認定し、再発防止や順法体制の整備を求める勧告を出した。日産はすでに下請け業者に減額分を返金したという。

 2023年6月、生鮮食品を除く食料品の物価上昇率は同年前月比で9.2%に達し、約47年ぶりの高水準と伝えられた。そんな状態で日産の“下請けいじめ”が報じられたこともあり、SNSも炎上し「これでは賃上げなど無理」との批判が相次いだ。

 一連の報道について、「日産一社だけの問題ではありません」と指摘するのは、経済評論家の三橋貴明氏だ。

「日産と下請け業者が共に利益を増やすことで初めて、GDP(国内総生産)はプラスに転じます。ところが今回の場合、日産は下請け業者の利益を不当に削ることで、自社の利益だけを確保しました。日産はもうかったかもしれませんが、下請け業者はもうかっていません。これではGDPはプラマイゼロか、場合によってはマイナスになってしまいます」

自動車部品工場の現場(画像はイメージ。記事の内容とは関係ありません)

■大企業は似たようなことをしている

 だが、人件費抑制の手段として、多くの大企業が似たことを行っていると三橋氏は言う。その実態は、人件費と株主配当の推移を見ると浮き彫りになってくるという。

「1997年以降のデータを見ると、日本における人件費はほぼ横ばいです。一方、株主に対する配当は7倍に膨れあがっています。この30年間、特に日本の大企業は発言力の強い株主の利益を最優先とし、社員の給与は押さえつけてきました。政権与党である自民党もさまざまな労働規制を緩和し、『安く買いたたける人材』を企業が確保しやすいように後押ししてきました。日産の“下請けいじめ”も人件費抑制と株主配当の増額という視点で読み解くことが可能です」

 企業が利益を増やすには、売り上げを増やすのが王道だ。ところが近年の大企業は原価を削って利益を出すことを選んできた。売り上げを増やすのは難しいかもしれないが、人件費のカットは簡単で確実に利益が増える。下請け業者への支払額を減らすことも同じ効果を生むのは言うまでもない。

「日産の減額により、下請け業者の利益が減少します。経営を維持するため、下請け業者も人件費を削ります。この悪循環で、多くの日本人は低賃金に押さえつけられ、ごく一部の株主だけが利益を得るという社会になってしまいました。実際、日本人における貧富の差は拡大を続ける一方です。ここで注意すべきは、適切な賃上げが行われていないのは中小企業の社員だけでなく、大企業の社員も同じだということです。日産の社員も“被害者”だということです。」

市場では記録的な円安が進行する(画像はイメージ)

■働き方改革が進み残業が抑制

 改めて確認しておくと、「良いインフレ」とはわれわれの収入が増え、購買意欲も増すことで需要が増加し、結果として物価が上がるという好循環を指す。だが今は物価は上がっているものの、収入は増えるどころか減っている。これは「悪いインフレ」である。

「人件費の抑制だけでなく、社会保険料の増額も実質的な増税ですから、われわれの手取りを減らしてしまっています。個人事業主にはインボイスの実施が追い打ちをかけました。実質賃金が下落しているのですから、消費意欲は減退して当然です。企業は商品増産や設備投資に及び腰となり、供給不足が続いています。今の日本がインフレなのは供給不足が原因です。本来、供給不足によるインフレは、資本蓄積が不十分な発展途上国で見られるものです」

 三橋氏によると、1997年、一般企業が取引先である金融機関に預けた預金額は170兆円だったが、2023年には、340兆円にまで膨れあがってしまったという。企業の利益が株主に配当され、余っても投資には向かわなかったことが一目瞭然だ。

 今後、日本人の年収は物価上昇に見合う分だけ増えるのか。三橋氏は「今年が正念場だ」と言う。

「『物流の2024年問題』が話題となっているように、今年は働き方改革が進むことで残業が抑制されます。労働者の健康や安全を守る施策だとはいえ、供給不足を悪化させる要因にもなり得ます。供給不足を改善するには、企業の投資を促進させるため、国の手厚いバックアップが必要です。熊本県菊陽町に半導体工場が完成しましたが、国は最大で1.2兆円の補助を行うと発表しています。だからこそ台湾のTSMCは安心して投資を行えたのです。物流だけでなく、国はさまざまな産業に対して同じ施策を行い、全国各地で『第2、第3の菊陽町』を誕生させることが求められています。官民一体となって早急に供給不足を解消しなければ、日本人のさらなる貧困化が猛烈なスピードで進行してしまうでしょう」

 日本が“1億総貧困化”に陥らないためには、すぐに手を打つ必要がありそうだ。

(井荻稔)