“門仲”で笑顔の吉村洋文・大阪府知事と維新の金澤ゆい氏

 衆院3補選が16日に告示された。注目選挙区の東京15区には9人が立候補したが、裏金問題が尾を引く自民党は候補者を立てられずに「不戦敗」。一方、他党は選挙戦が始まる前から、話題の候補者や著名人が続々と主要な街に現れ、本戦前から早くも“場外乱闘”を繰り広げていた。

 告示2日前の14日、江東区を代表する街の一つ、門前仲町に、日本維新の会の吉村洋文・大阪府知事が応援演説に来るとのことで、同区民でもある筆者は、その少し前から裏通りを歩いて様子をうかがっていた。すると、維新関係者ではなく、日本保守党の一団と遭遇した。青のはっぴを着た同党代表で作家の百田尚樹氏らが、候補者の飯山陽(あかり)氏らと公園を歩き、ベンチに座っていた有権者一人ひとりと握手をしていた。

■百田氏も聴衆の中で吉村知事の演説聞く

 しばらくすると、近くの門前仲町駅前のハンバーガーショップ前に、日本維新の会の候補者の金澤ゆい氏と、大阪から駆けつけた吉村知事が車でやって来た。聴衆はざっと100人以上はいたと思うが、その中にいつの間にか、先ほど見かけた百田氏らの姿もあった。

 吉村知事が姿を現すと、「ヨッシー!」「フミちゃーん!」と女性の声が上がった。

 吉村氏はこう話し始めた。

「『政治とカネ』がめちゃくちゃになっているじゃないですか、江東区。ひどいですよ。選挙買収でしょう、柿沢(未途)さん。お金を受け取っている人の中に立憲民主党の区議会議員がいたんですよ。おかしいじゃないですか。その前(の秋元司前衆院議員)は汚職、収賄でしょう」 

 15区では、カジノを含む統合型リゾート施設(IR)事業を巡る汚職事件で、収賄罪などに問われて実刑判決を受けた前衆院議員の秋元司被告=上告中=に続き、柿沢未途前法務副大臣も選挙区の江東区長選を巡る買収事件で有罪が確定。この事件に絡み、前区長の木村弥生被告も在宅起訴されている。

 吉村氏は、江東区から政治とカネにクリーンな人を代表にしないといけないと訴えた上で、

「民間の感覚でやってきた金澤さんにやってもらいたい。見てください、真っ白(な服)ですよ。僕は真っ黒。僕は口が悪いけど、約束したことは実行します」  

 などと冗談を交えて金澤氏を紹介した。 

「亀戸餃子を食べに来た」という吉村知事

 そして、金澤氏の応援以外に江東区まで来た理由がもう一つあるとして、こう話した。 

「友達に電話したんですよ。『せっかく、江東区へ行ったら、何かない?』と。そうしたら、『亀戸餃子がある。それを食べて来い。東京の人はみんな知っている』と言うんですよ。ほんまか、じゃあ行く」  

 と笑いを取りにいったように見えたが、聴衆の多くは真面目に聞いていたせいなのか、ほほ笑んだ程度、に感じられた。 

 演説の最後には、批判にさらされている大阪・関西万博について、  

「1年後に大阪で関西万博をやりますんで、来てください。いろいろ言われているんですけど、未来社会はこうなるんだと、みなさんやってますんで、ぜひ、1年後、遊びに来てくれたらなと思います」  

 と少し触れた程度だった。  

■「同じ大阪人としてネタがすべるのを見ているのは……」

 替わってマイクを受け取った金澤氏は、  

「私、4年前まで民間企業で働いてましたけど、正直、そのまま働いていたほうが安定した生活だったし、給料もよかったかもしれない。でも、今の政治家には任せられない。仕事も辞めて、人生かけて、全財産かけてやるのは泥臭いです。でも、きれいごとではやってられません。私は人生かけてやってます」  

 などと訴え、演説を終えると2人は車の中から手を振った。  

 吉村氏は「今度来た時には亀戸餃子の感想を言いますから」と、言い残して去って行った。 

 聴衆の中で吉村氏の演説を聞いていた百田氏に感想を尋ねると「特に」と一言。これで引き上げていくのかと思いきや、その場ですぐに百田氏が街頭演説を始めたのだ。  

「吉村知事の話をずっと聞いていました。自民党、立憲民主党をぼろカスに言っているところは、私も拍手を送りたいくらいええこと言ってました。でも、亀戸餃子は完全にすべってましたね。あんなネタふってきても、誰も笑わへんちゅうねん。私も同じ大阪人として、ネタがすべるのを見ているのはほんとに情けない。大阪から来たからには笑いを取って帰らんとね。思わず、ヤジりたくなりました」  

 と吉村知事がすべった話をいじると、すかさず万博批判を始めた。 

 

吉村知事らの演説を聴いていた百田尚樹氏ら

「万博は吉村さんがぜひ来てくださいと言うてましたけど、おそらく大失敗します。私も万博へ行く気はありません。ウソがあるんです。最初は万博の建設費は1300億円くらいでしたが、去年、1800億なんぼになると。今年はそれが2300億円に増えたんですよ。これはまだ増えると思います」  

 話の途中、同党の事務総長を務めるジャーナリストの有本香氏がマイクを奪うと、こう演説した。

「金澤さんは私の人生かけてやってますとおっしゃった。政治をやるにあたって、人生をかけるというのは結構危険ですよ。人生かけて国会議員になったらその後、どうします? 2千数百万円給料がもらえるんですよ。公費で秘書が3人雇える。そういう待遇になるとコロッと人が変わってしまうという人を何人も見ました」  

 とちくり。

■「同じアナのむじなだよ」

 そして飯山氏も、

「来年までの1年間に万博のチケットが売れなかったらどうなると思います? 私たちの税金で負担させられるんですよ。維新は『身を切る改革』って何を言っているんですか。(吉村知事は)自分たちのお金の問題は置いといて、他党のことには『あいつら、政治とカネに汚い』って。同じ穴のむじなだよ、と私は申し上げたい」

 と維新批判を一通りすると、最後に再び百田氏が引き取った。

「ここで街宣をやる予定はなかったんですけれども、吉村知事の演説を聞いていて、有本さんがこれは一言しゃべらなあかんやろ、ということで、みなさんにもお付き合い願いました。それではみなさん、解散」

 要は吉村知事の話に文句がつけたかっただけなのだろうか?

 思わぬ“乱入”ではあったが、東京では実物を見ることがあまりない吉村知事や百田氏らによる関西弁でのマイクパフォーマンス。門前仲町の住民の反応はそこそこのようだった。

 それから1日さかのぼった13日、門前仲町から約3キロ離れた豊洲でも、ちょっとした“乱闘”があった。

 今やタワーマンションが立ち並ぶ江東区のベイエリア豊洲。多くの聴衆が集まる先には、注目候補の一人、無所属の乙武洋匡氏や、応援に来た小池百合子都知事、国民民主党の玉木雄一郎代表の姿があった。 

拡声機を使ったヤジに言い返した乙武氏

 乙武氏が演説を始めると、途中、聴衆から拡声機を使ったヤジが飛んだ。乙武氏の過去の不倫問題についての内容だったようだ。乙武氏は2016年、参院選出馬を検討していたが、「5股不倫」などと週刊誌に報じられ、出馬を辞退することとなった。

 拡声機によるヤジは、まわりで聞いていてもうるさく、乙武氏の声を遮るようだった。内容も内容なだけに、さすがに乙武氏も耐えがたかったのか、ヤジが飛んでくる方向を見て激高して言った。

「お前ら、5股不倫してたと言ったけど、違うよ。お前の前提条件とは違うよ!」  

 乙武氏は今年4月8日、出馬表明をした記者会見で当時の不倫について触れ、「5股ではないです。15年間の結婚生活で5人ということなので、5人同時ということではないです」と話していた。

 ヤジはその後も続き、小池知事の演説が始まる前から、今度は週刊誌が報じた小池知事の「経歴詐称疑惑」についての内容だった。

■余裕でいなした小池知事

「カイロ大学を卒業しているのか。ちゃんと説明しろよ、小池。開き直ってんじゃないぞ」

 などと口汚く続いた。

 これに対し、長年政治家としての余裕かキャリアの差か、乙武氏とは対照的に小池知事は完全無視。苦笑いで軽くいなしていた。

 その後、門前仲町のスーパー前に街頭演説にやってきた乙武氏。

「今回、私に一緒にチャレンジしましょうと声をかけてくれたのが小池百合子さんでした」

 と今回の出馬が小池知事の主導だったことを明かしつつ、 

「私は身体障害者です。生まれつき、両手、両足がありません。今、一人暮らしをしています。この体で一人暮らしと言っても大変なことがあるんです。たとえば、私は一人でトイレに行くことができません。お風呂に入ることもできません。そしてのどが乾いても冷蔵庫を開いて飲み物を取り出すこともできません」 

 と自身の生活を話し、 こう語った。

「重度訪問介護という制度を使ってヘルパーさんに助けてもらっているんです。でもこの制度は制約がある。家でゴロゴロしているだけなら公的補助がおりる。でも、いざ、働きます、仕事をしますとなると1円も出なくなるんです。だから、多くの重度障害者は働けずにいるんです。健常者ばかりの国会ではこういった論点が提示されないんです。他にもいっぱいあるんです。こういうことが」 

 そして、ここでも過去の行為について触れ、

「今回、また政治にチャレンジすると言ったことで、私の過去のことをいろいろ書き立てられています。それに対しては本当に反省するしかありません。恥じ入るばかりです。でも、この政治にかける思いだけは本物なんです」

 と主張した。

 選挙の前哨戦ともいえる告示前の“場外乱闘”の一幕。本戦では本質の政策論の戦いで聴衆を盛り上げてほしいものだ。投開票は4月28日に行われる。

 * * *

 東京15区補選に立候補を届け出たのは、以下の新顔8人と前職1人の計9人(前出の3候補含む)。

 NHKから国民を守る党新顔の福永活也氏(43)、無所属新顔の乙武洋匡氏(48)=国民民主党と地域政党・都民ファーストの会推薦=、参政党新顔の吉川里奈氏(36)、前自民衆院議員で無所属の秋元司氏(52)、日本維新の会新顔の金沢結衣氏(33)=教育無償化を実現する会推薦=、政治団体「つばさの党」新顔の根本良輔氏(29)、立憲民主党新顔の酒井菜摘氏(37)、政治団体「日本保守党」新顔の飯山陽氏(48)、無所属の須藤元気氏(46)。

(AERA dot.編集部・上田耕司)