2021年9月のエンゼルス時代の2人。この2カ月後には、水原容疑者は大谷選手の口座から賭博の胴元に最初の送金をしたとされる

 驚くほど速い展開だった。大谷翔平選手の元通訳、水原一平容疑者がギャンブル依存症を告白しドジャースを解雇されたのが、3月20日のこと。そのわずか3週間後の4月11日に、米国で合同捜査にあたっていたIRS(内国歳入庁)と国土安全保障省、司法省が水原容疑者が銀行詐欺容疑で訴追されたと発表したのである。

 事件発覚当初、水原容疑者はスポーツ専門ネットのESPNに「大谷が借金の肩代わりに同意してくれた」と語ったが、5日後の25日に大谷選手本人がそれをはっきり否定。「結論から言うと、彼が僕の口座からお金を盗んで、なおかつ皆に嘘をついていた」と会見で声明を発表した。それでも米国では、ブックメーカー(賭け屋)への450万ドルもの送金をどうして大谷選手、彼のエージェントや会計士が気が付かなかったのか、という疑問の声は絶えなかった。 

■ニューヨーク・タイムズ「免責で終結した」

 ところが当局の迅速な捜査により、驚愕(きょうがく)の事実が次々と明らかになった。4月13日付のニューヨーク・タイムズ紙は、その詳細について「大谷のめまいがするような3週間が当局の免責で終結した」というタイトルの長いコラムを掲載している。少し途中を要約してみる。

 “彼(水原容疑者)は(解雇された後)すぐにロサンゼルスに戻る飛行機に乗り、国土安全保障省の捜査官が空港で彼を出迎えた。彼は事情聴取を拒否したが、捜査当局に捜査に不可欠な情報を提供した。彼は携帯電話を調べることに同意する書類に署名した。

 大谷選手もまた、目立たないようにロサンゼルスに戻った。そして捜査官に、自分の電子機器類を提供して捜査に協力することに同意した。日本語の専門家と協力して、捜査官は2人の間の約9700ページのショートメールに目を通したが、スポーツ賭博や水原容疑者が取引していたブックメーカーに関する記述は一切なかった”

 これによって、大谷選手がスポーツ賭博に関わっていたという疑惑、そしてブックメーカーへの送金に同意していたという疑惑は完全に晴れたことになる。

韓国での試合で活躍する大谷選手。この瞬間はその後の“悪夢”を知るよしもなかった

 “水原容疑者は口座の設定を変更し、取引の警告や確認が大谷選手ではなく自分に届くようにしていた。銀行から入手した電話の録音をもとに、検察は水原容疑者が大谷選手になりすまして特定の大口取引について銀行の承認を得ていたとも述べた。また、大谷選手の他のアドバイザー(代理人、会計士、ファイナンシャルアドバイザーなど、連邦政府の捜査のために事情聴取を受けたすべての人物)が口座について尋ねるたびに、水原容疑者は大谷選手が口座を非公開にすることを希望していると伝えていた。ロサンゼルスの連邦検事E・マーティン・エストラーダによれば、水原容疑者は2021年11月から今年1月までの間に、「違法なスポーツ賭博への貪欲な欲求」を満たすために、この口座から1600万ドルを盗んだという”

 水原容疑者が大谷選手の口座から盗んだのは、当初報道されていた450万ドルではなく1600万ドル(およそ25億円)にも上っていた。しかも2021年11月あたりから、大谷選手の銀行から来る警告などの連絡は全て自分に届くように細工をしていた。日本の野球ファンから「一平さん」と親しまれて続けてきた彼は、長年にわたって用意周到に大谷選手の口座から多額のお金を盗み続けてきたことになる。

■事件が社会で注目されている

 アメリカの野球ファンは、この事件をどのように見ているのだろうか。

「私は個人的には、あれほどの収入を得ている大谷本人が、ギャンブルをやることはないだろう、と考えていました。彼は品格のある人物のように見えます」

 長年の野球ファンである知人のボブはそう語る。彼はワシントンで政府関係の仕事に従事する弁護士だ。

「捜査はびっくりするほど速く進展して、当局は彼が被害者であると断定した。それはファンにとっても彼にとっても、スポーツ全体にとっても良いことでした。これほどのスピードで捜査が進んだのは、この事件が社会で大きく注目されているからに違いありません」

 刑事事件はボブの専門ではないが、弁護士として今後どのような展開になると予想するのか。

3月の韓国戦でチームメートとタッチを交わす大谷選手

「水原容疑者は司法取引に応じて捜査に協力的とのことなので、犯罪の大きさに比べると刑罰はかなり軽くなるでしょう。懲役になるか、保護観察になるか。おそらく短めの懲役に保護観察がつく、というあたりかな。あとは僕の想像ですが、今後、プロのスポーツ協会から永久追放されるかもしれないですね」

 ボブに言わせると、保釈金の2万5千ドルは安すぎる、という。

「パスポートを取り上げたけれど、逃亡することは不可能ではありません。特に陸の国境はお金を出してプロに頼めば越えることは可能ですから。

■弁護士費用はどこから?

 だが水原容疑者についた弁護士がそうやすやすと逃亡させるとは思えない。マイケル・フリードマンというカリフォルニア州では著名な刑事弁護士だ。

 しかし、その費用はどこから出るのだろうか。

「僕もそのことは疑問に思ったのですが、これほど注目を集めている事件なので、名前を挙げるためにおそらくとても低い報酬で引き受けたのだと思います」(ボブ)

 水原容疑者は、かつて日本の野球ファンから愛されていた名物通訳だったことを説明すると、ボブはこう答えた。

「ギャンブルの中毒性はとても強いもの。普段の本人の人格からはとても想像できないことを、やらかしてしまうものです」

韓国での2人。このときの水原容疑者の胸中はいかに

 水原容疑者には、裁判所から保釈の条件の一つとしてギャンブル依存症の治療に通うことが課された。一方、長年信頼してきた通訳であり相棒だった水原容疑者に裏切られ、思わぬ騒ぎに巻き込まれてしまった大谷選手だが、超然とした態度を貫き、いい成績を上げている。

「彼はもらった契約金に見合う活躍をしています。ドジャースは彼以外にもすごい選手がそろっていて、怖いチームです」

 と締めくくったボブは、同じナショナルリーグに属するニューヨークメッツのファンだという。

「ドジャースがメッツと対戦するときは、さぞかし盛り上がることでしょう」

(現地ジャーナリスト・田村明子)