MLB開幕前の韓国代表とのエキシビションマッチで、大谷翔平選手(中央右)のそばに座る専属通訳だった水原一平氏(中央左)。違法賭博をめぐる疑惑で20日、ドジャースを解雇された=2024年3月18日、韓国・ソウルの高尺スカイドーム

 少し前まで世間は水原一平容疑者の事件の話で持ちきりになっていた。大谷翔平選手の通訳として知られていた水原容疑者が、大谷選手の銀行口座から1600万ドル以上を違法なブックメーカーに不正送金していたという衝撃的な事件である。水原容疑者は違法ギャンブルに手を染めていて、これまでに約62億円の損失を被っていたとされる。

 水原容疑者は大谷選手の通訳としてマスコミに取り上げられる機会も多く、大谷選手とも親しい関係にあった。そんな彼が裏では違法の賭博行為を続けていた上に、大谷選手の口座から巨額の金銭を引き出していたというのは驚きだ。

 この事件に人一倍関心を持っている様子だったのが、無類のギャンブル好きとして知られる霜降り明星の粗品である。彼はギャンブルに大金を注ぎ込んでいて、億を超える額の負けを重ねて、巨額の借金を抱えていることを自らネタにしている。

■粗品はYouTubeで「勘弁して」と

「生涯収支マイナス3億円君」を自称していた彼にとって、桁違いの負債を抱えていたことが明らかになった水原の存在は脅威だった。自身のYouTube動画でも「営業妨害やわ。勘弁してくれよ」と、普通の人とは全く違う角度から意見を表明していた。

 粗品に限らず、ギャンブルにのめり込んで借金を重ねるクズであることを売りにして、自ら「クズ芸人」を名乗っている芸人がいる。そういう人たちは、自分がどれほどダメな存在であるかを自虐的なネタにしてきた。

 正真正銘の「本物」である水原の登場によって、彼らのクズ芸人としての存在意義が失われてしまうおそれはないのだろうか。

 結論から言ってしまうと、そこはあまり心配ないのではないかと思う。なぜなら、水原容疑者と彼らは、極度のギャンブル好きであるという共通点はあるものの、犯罪に手を染めているかどうかという点で決定的な違いがあるからだ。

 言うまでもないことだが、この社会では罪を犯すことは許されていない。人としての一線を超えて犯罪者となった場合、タレントとして人前に出るのも難しくなるし、そもそも笑ってもらえなくなる。人を笑顔にすることを生業としている芸人にとって、犯罪は究極のタブーである。たとえ「クズ芸人」であっても、本当の意味で「クズ」であってはいけない。

霜降り明星の粗品

「サッカー好き芸人」「料理好き芸人」といった一般的なキャラクターに比べると、「クズ芸人」というキャラクターは扱いが難しい。もともとイメージが良くないことをしているため、それが行き過ぎると笑えなくなってしまう。逆説的だが、「クズ芸人」こそは絶対に道を踏み外してはいけないのだ。

 そもそも、芸人は人の上に立つのではなく、あえて下に立つのを基本ポジションとしている。上から目線で何か言っても、偉そうに見られてしまい、笑ってもらうのが難しい。だから、芸人は基本的には下のポジションを取りたがる。その方が、見る側の警戒心が薄くなり、笑いが起きやすくなるからだ。

■粗品の借金はエンタメ

  ギャンブル好きの芸人が「クズ」を売りにするのも、下に構えるための武器の一つである。無粋を承知で言わせてもらえば、彼らは戦略として下のポジションをとっているだけであり、彼ら自身が人間として下であるわけではない。芸人は笑いのために自ら下に滑り込んでいるだけだ。

  粗品の借金ネタも、結局のところ、それだけの大金を稼ぎ、それだけの金を借りられるほどの信頼を重ねていることが前提になっている。その限りで彼の借金はエンタメになっている。

  他人の金に手を付けて信頼関係を壊すというのは、れっきとした犯罪であり、いわゆるクズキャラとは明確に区別されるべきだ。水原容疑者の事件には話題性はあるがエンタメ性はない。この事件で改めて「クズ芸人」の面々のマネーエンタメの素晴らしさに光が当たることを願っている。(お笑い評論家・ラリー遠田)