山崎貴監督と小島秀夫監督(撮影/佐藤創紀・写真映像部)

 第96回アカデミー賞(R)で日本映画として初めて視覚効果部門を受賞した「ゴジラ−1.0」のVFXパートは、35人の少数精鋭チームによって作られたことでも注目を集めた。監督である山崎貴さんのもとには、世界の大手エージェントからオファーが殺到。そんな山崎さんが「世界に向かう心構えを聞きたい」とラブコールを送ったのは、「メタルギア」シリーズや「DEATH STRANDING」を生み出し、世界中に熱烈なファンを抱えるゲームクリエイターの小島秀夫さんだった。世界と対峙する二人の対談は、小島さんが率いるコジマプロダクションで実現した。

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山崎貴(以下、山崎):いやあ、夢の工場ですね。なんでもそろってる。

小島秀夫(以下、小島):そんなことはないですよ。

山崎:いろんなことをいつでも思い立ったときにできるんじゃないですか?

小島:山崎さんもぜひ使ってください。

(撮影/佐藤創紀・写真映像部)

■「特撮」にはない画角

山崎:カフェテリアもあって、環境自体もいいですね。コジマプロダクションは全体で何人くらいいらっしゃるんですか。

小島:けっこう増えてしまって、今は250人くらいです。150人に収めるべきだと思っているのですが。

山崎:やっぱりチェックできるのはそのくらいですか?

小島:以前から150人に収めたいと言っていて、ある時ジョージ・ミラー監督に「ヒデオは正しい。放牧民が羊や牛を統率できるのは150頭までなんだ」と言われたんですよ。

山崎:「ゴジラ−1.0」のVFXパートは35人のチームなんです。

小島:それが一番いいと思います。

山崎:リアルタイムでチェックし続けるとなると、そのくらいが精一杯です。

「ゴジラ-1.0」全国東宝系にて公開中 (c)2023 TOHO CO., LTD.

小島:ハリウッドは勘違いをしているようですが、山崎さんのチームで制作費が15億円以下だから「ゴジラ−1.0」は作れた。外注では出せないクオリティーですから。「ゴジラ−1.0」を初めて見たとき、アカデミー視覚効果賞を取ると思ったんですよ。

山崎:すごいですね。先見の明。

小島:これまでのゴジラ映画は特撮系の人たちが撮っていたので、世界観が海外向けではなかった。それはそれで良かったんですが。今回はドラマの作りも仮の家族というところもワールドワイドで、ウケる設定なので。画作りに関してもやはり山崎さんがハリウッドの映画が好きだったのもあって、特撮の画角ではない。そこは見たら普通わかりますよね。なのでアカデミー賞を取って当然だと思います。これを機にハリウッドからいっぱい誘惑がきますよ。

山崎貴監督(撮影/佐藤創紀・写真映像部)

■ハリウッドの洗礼

山崎:小島さんもオファーが殺到して大変でしたか?

小島:大変でした。「権利を持っていないのに持っている人たち」が寄ってきたりして。

山崎:持ってる体で?

小島:はい。後は、プロデューサーのポジションに就くことが重要です。

山崎:ハリウッドはそうですよね。特にプロデューサーの権限が強いので、プロデュースして初めて日本での映画監督と同じようなポジションが取れる。

小島:山崎さんは脚本を書いて、監督もVFXもやる。これは強いです。あとは、一番上でなくていいからプロデュース権限は持っておくほうがいい。そうでないと「エンディングを変えろ」とか普通に言ってきますから。

小島秀夫監督(撮影/佐藤創紀・写真映像部)

山崎:そういう話を聞いていると、暗鬱たる気持ちになってきます(笑)。どうやって荒波を泳いでいけばいいんでしょう。

小島:信用できる監督の知り合いを作って、その人たちと相談するしかないです。彼らも痛い目にいっぱい遭っていますから。ギレルモ・デル・トロでさえ、半分くらいはボツになっているそうです。

山崎:ハリウッドは、サメがうじゃうじゃいるところに飛び込んで、食われないように泳ぐようなものだと言われました。日本国内でヒットさえすれば、なんとか大丈夫という時代がずっと続いていましたが、使えるお金の限界が見えてきちゃったので、そろそろまずいんじゃないかという危機感もあります。

小島:サブスクリプションが普及して、「イカゲーム」は韓国語なのに全世界で見られる作品になりました。「ゴジラ−1.0」も字幕でしたよね。5年前まではありえなかった。

山崎:それはすごい言われました。コロナのおかげだって。世界中の人たちが家でサブスクを通じて、アジアの作品をその言語のまま、字幕で見るようになりました。

(撮影/佐藤創紀・写真映像部)

──2024年2月には、ディズニープラスでドラマ「SHOGUN 将軍」が配信された。真田広之がプロデュースと主演を務め、製作総指揮は「トップガン マーヴェリック」の原案者だ。ハリウッドが手掛ける日本を舞台にした戦国スペクタクルドラマに二人も注目する。

山崎:作中の70%以上が日本語なのに、世界中で大ヒットしています。

小島:僕、「黒船」って呼んでいるんです(笑)。監督は海外の人で、プロデューサーも海外の人で、儲かるのは海外の人だから、日本の素材を積んでやってきた黒船。本当は出資も日本人がハリウッドから引き出して作るべきですが、まだそこまでいってないんですよね。

山崎:でも、昔はありえなかった話が、だいぶ実現できるようになっている感じもあります。

小島:それは山崎さんの次の一手、二手にかかってくるんじゃないですか。

山崎:うわっ、責任重いじゃないですか。今、なかなかデンジャラスな道に進みつつある気がするんです。小島さんは独立して最初の作品として「DEATH STRANDING(デススト)」を作りましたが、よくぞあそこに突っ込んでいったと思っていて。お話を聞きたかったんです。

デス・ストランディング ディレクターズカット

■メンターはデル・トロ

小島:52歳だったかな。家族には、もう辞めろと言われていました。

山崎:それはゲームクリエイターを引退しろってことですか?

小島:そうです。でも独立して、コジプロを作った。5年くらいは助走期間として、これまでできなかったCMや短編映画制作を楽しむのもありかもしれないと思っていました。そのことをデル・トロに相談したら、「ファンが待ってるから、今まで通りの規模で、今までにないルックで、ストーリーもあるゲームをすぐに作らないといけない」と言われたんです。

山崎:メンターはデル・トロだったんですね。

小島:不安はちょっとありましたけど。

山崎:ちょっとだったんですか?

小島:インディーズとして独立したので、クレジットカードとかは作れなくなりました。でも今までやってきたゲーム作りをもう一回やるだけなんで、簡単ですよ。新作映画を作るようなもんです。

山崎:そこで過去に大ヒットしたメタルギア的なものを作っていたら正しい方向に行っている感じがしますけど。

小島:前に作ったものの亜流みたいなものを作る道もありますが、かっこ悪くないですか?

山崎:かっこ悪いんだけど、背に腹は代えられないじゃないですか。僕とかだと、怖いからやっぱり安定路線というか。

小島:そこは思い切っていきましょう!

山崎:小島さんって、不可能なハードルを二つ越えてるんですよ。想像しないところに突っ込んでいって、しかも成功を収めている。片方はできても、両方を成し遂げるなんて普通はできません。逆に言うと、世界中に「小島さんが作るんだったら、よくわからなくても絶対やる」って忠誠を誓っているファンがいっぱいいるわけですよ。

小島:その期待を裏切りたいですよね(笑)。北野武さんは、「古いファンは捨てるべきだ」と言っていました。僕は古いファンも新しいファンもほしいけど、そんなおいしい話はありません。

(撮影/佐藤創紀・写真映像部)

山崎:聞けば今もっと危険な方向に突っ込んでいっているみたいですから。デスストがまだ普通のゲームに見えるものを作っているわけですよね?

小島:そうですね。デスストやメタルギアを作ったときより、もっと際どいですね。

山崎:恐ろしいなぁ。僕はゴジラが開けてくれた扉にどう突っ込んでいくことが今後の人のためになるのか、ちょっとだけ意識しながらやりたいんです。ただあまり冒険できないタチで。

小島:日本とハリウッドの行き来がいいと思います。ハリウッドのバジェットで向こうで撮って、たまに日本に帰ってきて映画を撮る。向こうにずっといるのは疲れ果てると思いますよ。

山崎:ハリウッドのお金を使いつつ、日本のチームを活かすやり方が見つかるといいなと思っているんですけど。僕たちがいくことで、いわゆるハリウッド的な文脈とは違う「変なもの」ができる気がします。そこに勝機があるか探っていきたい。

小島:日本のIPへの関心も世界中で急速に高まっています。ただ原作者にはお金が入りますが、潤うのは海外のキャストとスタッフです。その収益を次作に注ぎ込んで、またいい作品が生まれる。海外だけで循環させるのではなく、日本のクリエイターも潤う仕組みを作らないといけないと思うんです。

(構成/編集部・福井しほ)

※AERA 2024年4月22日号より抜粋

記事の後編は5月1日16時に公開予定です。

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