写真はイメージです(gettyimages)

 作家・北原みのりさんの連載「おんなの話はありがたい」。今回は無限に広がる男性のエロ需要と、「頂き女子りりちゃん」への判決について。

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4月、私の心を地味に、でも確実に壊したのは、公園の水道蛇口に肛門をこすりつけたとして逮捕された男の事件である。

 4月1日深夜2時頃、世田谷区の芦花公園に設置された飲料用の水道蛇口に、全裸になった50代の男が肛門をこすりつけたという。現行犯ではなく、たまたま職質した警官が男のスマホに保存されていた「現場写真」を見つけ逮捕に至った。男は「性欲を満たすためだった」と答えているという。

 男の性欲というものの底知れぬ破壊力を目の当たりにする思いだ。劣情に導かれるまま外出し、人気のない公園で全裸になり、蛇口に肛門をこすりつけてしまいたくなるほどのオスの性衝動というものは……どれほどに哀れなるものたちであるか……という慈悲の眼差しが正しいのだろうか。混乱中である。わかっているのは、もう、私は公園の水道を一切使えないということだ。想像を絶する性欲力で世界をエロ化する勢力との闘いには、勝つ気がしない。

 男性向けアダルトグッズショップで20年働き続けた知人がいる。客はほぼ100%男性で、AVやエロ本、男性向けオナニーグッズや(女性に使う)バイブレーター、女性用下着(男性自身が身につける用大きめサイズ)……ありとあらゆる「エログッズ」が男のために用意されている世界だ。友人が言うには、男性のエロはまるで赤ん坊の細胞分裂のように激しく活発に細分化し続け、エロが新しいエロを生み、さらにそのエロが次のエロを引き出す世界であるという。「さすがに、そんなもん、誰も理解できないだろう」と思われるものでも、必ずそこには需要がある。もしくは無限に供給されるからこそ需要は堂々と膨張し続けるのかもしれない。

「頂き女子りりちゃん」が作成したマニュアルの一部

 例えば知人が教えてくれて絶句したものに、「女性がドアノブを舐める」AVや写真集がある。裸の女性がひたすらドアノブを舐め興奮する様が描かれている世界だという。どうでもいい話だがドアノブには円筒状もあれば、取っ手タイプのものもあり……つまりは日常の道具を性器に見立て、誰が触ったかわからない不潔なドアノブを女に舐めさせる行為がエロいとされる世界が、この世には存在するのである。フロイト的な解釈がもったいないほどに、ただただ「女を貶め射精したい」という男性消費者の欲望と、「まだエロ化されてないモノをエロにして金にしたい」というエロ業界の企みが一致しただけの殺伐とした世界である。

 他にも「使用済みナプキンを男性器にまきつけて射精したい」男たちに向けて、市販のナプキンを小分けにし赤いインクとセットにしたものが売られているのだとか。ビリビリに破いたストッキングをはいた自分の足に欲情する男たちに向けて、コンビニで売ってる500円くらいのストッキングを3000円くらいで売っちゃうのだとか。「下着の売り上げが落ちてるな〜」と不思議に思っていたら、常連客が下着泥棒で逮捕・勾留されていた話とか。……聞いている間は「そんなことあるのか〜!」とのけぞり面白がってるのだが、こう字で書いていると、だんだんと重たくなる話ばかりである。それは、エロが「サブカル」とか「おふざけ」とかいった身軽な装いをしながらも、どんどん細分化し過激化していく現実を見せつけられるからだろう。そこでは女の身体は徹底的に記号化され値段がつけられていく。女は単なる素材だ。

 エロ文化には権威的なものをあざ笑う軽やかな力もあったはずだが、そんなものはとっくにノスタルジックな過去になってしまったのかもしれない。日本のエロは倫理なきビジネスであり、公共を溶かすような破壊力を持ちはじめているのではないか。

「頂き女子りりちゃん」が作成したマニュアルの一部

 ……と、ここまで書いたとき、パパ活相手の男性数名からお金をだましとったとされる「頂き女子りりちゃん」に、9年の懲役と800万円の罰金が科された1審の実刑判決のニュースが流れてきて、書く手が止まってしまった。9年は重すぎるだろう!と衝撃を受けたのは、性犯罪とどうしたって比べてしまうからだ。2019年にフラワーデモのきっかけとなった娘を性虐待してきた父親の確定判決は10年の懲役である。同じくフラワーデモのきっかけとなった事件で、初対面の女性にテキーラを飲ませ意識をほぼ失わせた状態でレイプした男は1審で無罪、2審で4年の懲役(確定)だった。これは2年前の裁判だが、勤務先の保育園で2〜4歳の子に性暴行した当時25歳の保育士の男の1審判決は懲役7年だ。

 ちなみに昨年言い渡された、30人の男女から1.1億円を奪ったとされる(実際は60人から4億円とも言われている)国際詐欺で逮捕された日本人の男の1審判決は懲役10年+200万円の罰金だが、りりちゃんと“似たような詐欺事件”と比べても、りりちゃんが受けた罪は重い。

 りりちゃんと男性たちとのそもそもの出会いは、男は金にモノを言わせ女は若さにモノを言わせるパパ活市場であった。そこにたどりつくまで、りりちゃんは、女の子にとって安全とは言えない社会で生き抜いてきた子供であった。「頂き女子りりちゃん」を育てたのは、女を徹底的に商品にしてきたこの社会でもある。

 倫理なきエロはありとあらゆる方法で公共を侵食し社会の価値を溶かしていくのだろう。女を徹底的にモノ化する一方で、男に牙を剥く女は徹底的に制裁していくのだろう。そんな勝ち目のない罰ゲームのような闘いに、女はいつまで付き合わされなければならないのだろう。