テヘラン中心部で、パレスチナの旗を掲げて連帯を示す人たち 2021年5月

 イランとイスラエルが歴史上初めて直接攻撃を交わし、緊張状態が続く両国。2020年4月から2023年1月まで朝日新聞テヘラン支局長を務め、現地での取材をまとめた『「悪の枢軸」イランの正体』を4月19日に上梓した飯島健太氏が、イランの思惑と今後の展望を解説する。

 イランでは独自の暦が使われていて、新年は毎年3月20日頃の「春分の日」に迎える。 私も現地で体感した年明け早々の祝賀の雰囲気は今年、一気に吹き飛んだ。

 4月2日、シリアの首都ダマスカスにあるイラン大使館近くの領事部ビルが空爆され、イランのイスラム革命防衛隊は幹部を含む7人を失った。イラン側はイスラエルによる攻撃だと見なし、同月13〜14日に報復としてイスラエル本土に向けて無人航空機(ドローン)のほか、弾道ミサイルや巡航ミサイルを撃ち込んだ。その数、計300発以上という。

 一方、イスラエルも4月19日に「報復」を名目としてイラン本土を攻撃した。双方の言い分は異なるものの、イラン中部イスファハンが標的にされたことは間違いなさそうだ。

 互いの攻撃が相次ぐ歴史的な事態を受けて、私が着目した2点を考えてみたい。

 まず、攻撃した主体である。革命防衛隊の幹部を殺害された4月2日以降、イランによる報復がささやかれるようになると、「親イラン勢力」による攻撃の可能性が取りざたされた。

 イランが支援する勢力はイラクやシリア、レバノン、パレスチナ自治区、イエメンで活動していて、国教イスラム教シーア派と地図上の形から「シーア派の三日月地帯」と呼ばれたことがあった。最近では日本でも、こうした勢力を「抵抗の枢軸」という呼称で取り上げられるようになった。抵抗する主な相手は、中東に軍事基地を置く米国であり、パレスチナ自治区を占領しているイスラエルだ。

 昨年10月7日以来、イスラエルと戦闘中のイスラム組織ハマスをはじめ、レバノン南部を拠点にするシーア派組織ヒズボラはイスラエルとの交戦を繰り返してきた。これらの勢力がイランによる報復の際に手先として動くのかどうか注目されたのだ。

 しかし、結果はやや意外なもので、実際にはイラン自らが攻撃をした。イランにはイスラエルとの間で漂う緊迫が予期せぬ形で高まることを防ぐ思惑があったのだろう。

 または、戦争に至るかもしれない重大な局面では「親イラン勢力」を頼れないのではないかと考えられる。イランの狙いが各勢力に対して正確に伝わらない恐れがあるからだ。

 日本で「抵抗の枢軸」として各勢力について報道される時、イランが主体となって構成する「ネットワーク」だという表現を見かけることがある。米国側やイスラエル側は「抵抗の枢軸」を安全保障上の「脅威」だと訴える。

 一方で、イランは各勢力に対する明らかな指揮系統を持っているのではなく、緩く繫がっていることが実情に近いのだろう。中東地域におけるイランの影響力や脅威が実態以上に強調されていないかどうか注意が必要だ。

 もう一つの点で関心を引かれたのは、イランとイスラエルが互いの本土を直接攻撃し合ったことである。これまでイランとイスラエルの間で起きていた「影の戦争」が「表の戦争」になったという解説が日本でも出ている。

 私はテヘランで特派員として過ごすなか、「影の戦争」についても取材していた。赴任からちょうど1カ月後の2020年11月、イランの核開発を長年にわたって主導してきた科学者モフセン・ファフリザデがテヘラン郊外で銃殺された、と報じられた。

テヘラン北部の聖廟には、ファフリザテの墓石が置かれ、横断幕が掲げられていた
ファフリザテの暗殺後、抗議デモではトランプ前大統領やバイデン大統領の顔写真が燃やされた

 国際原子力機関(IAEA)が作成した2015年12月の報告書によると、ファフリザデは核兵器の開発計画に関わり、起爆装置の研究チームを率いていた時期があったとされる。また、2018年4月にはイスラエルの首相ベンヤミン・ネタニヤフが、イランによる核兵器の開発計画をファフリザデが主導していると主張。ファフリザデの顔写真を示して「彼の名前を忘れるな」と述べていたのだ。

 イラン側はこの時、ファフリザデの死をイスラエルによる暗殺だと受け取った。

 死亡した翌日、テヘラン中心部にある国会前の広場で抗議デモが起こった。新型コロナウイルスの感染が広がり続ける時期だったが、たくさんの人たちが集まり、肩をぶつけ合いながら「イスラエルに報復を!」と叫んだ。その後、一眼レフカメラを構える私の目の前で、イスラエルの国旗が燃やされた。周辺には黒煙が立ち上り、プラスチックが焼ける嫌な臭いが鼻をついた。

 さらに2022年5〜6月には、イスラム革命防衛隊の幹部やイラン軍のエンジニア、航空技術者、地質学者といった軍人や軍の関係者の少なくとも計7人が突然死するなど不審な最期を遂げた。イラン側はこれらもイスラエルの仕業だと見ていて、中東地域におけるイランの軍事的な影響力をはじめ、核開発やドローンの製造に制約を加える意図がイスラエルにあったと受け止められた。

 私が現地にいる間、イラン側はこうした事態に見舞われても表立ってイスラエルを攻撃することはなく、ましてや本土を標的にすることはなかった。それに代わる対抗手段は「外交カード」として使っていると考えられる核物質ウランの濃縮だった。

 それが今回、在外の公館が被害を受け、さらに革命防衛隊の幹部が殺害されたことで態度を変えた。そして、歴史上初となるイスラエルへの直接攻撃に踏み切ったのだった。

 日本の外務省は4月14日に「事態の緊迫化」を理由として危険情報を更新し、イラン国内のほとんど全域を対象に4段階で上から2番目となる「レベル3」の「渡航中止勧告」に引き上げた。在イランの日本大使館は在留邦人に向けて「注意喚起」を相次いで発している。

 イランには大使館や商社の勤務者ら440人の日本人が暮らしている(2023年10月現在、外務省)。イラン国内が緊迫の度を高めるなか、イランからの退避を急ぐ日本人が相次ぎ、私が在任中に知り合った人たちからも連絡が入った。日本やアラブ首長国連邦などに逃げたほか、テヘランの国際空港が一時的に閉鎖され、退避できなかったと聞いた。

 国家と国家の間で交わされる武力による争いは新たな問題を生むだけであり、ここでもやはり、真っ先にひどい目に遭わされるのは一般の人たちなのだ。とりわけイラン国外に逃げ場のない地元の人たちのことを考えると胸が苦しくなり、親しくなった何人もの顔が思い浮かぶ。

 米国や欧州連合(EU)、日本といった世界の主要国は引き続き、イランとイスラエルに自制を呼びかけるべきである。ただ、どうしても気になることがある。駐日イラン大使館は4月18日にXへの投稿で、西側諸国の対応を「常習的なダブルスタンダード」、つまり二重基準だと非難して概ねこう訴えた。

 ・イスラエル側が国際法に違反してイランの在外公館を攻撃しても、西側諸国は国連安全保障理事会による非難声明の採択を妨げる一方で、イランには自制を求める

 ・イランが国連憲章に従って自衛権を行使すると、国連安保理はイランを非難する一方で、イスラエル側を味方する

 さらに、米英やEUによる新たな制裁はイランにとって不公平であり、不満を積み増す要因だ。こうしたなか、イランに残された外交上の道は「仲間」である中国とロシアを頼ることであり、「三カ国の枢軸」とも呼ばれる関係性は強まるばかりだ。

 イラン側が「二重基準」だと受け止め、反発を招くような対応を続けていると、自制を求める声はむなしく響くだけであり、「表の戦争」を常態化させかねない。(敬称略)