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「詰め込み」「偏差値」というイメージが強い中学受験。「受験のための勉強は子どもの将来に役に立つの?」「難易度より、子どもを伸ばしてくれる学校を選びたい」といった悩みを抱えている親御さんも増えています。思い切って「偏差値」というものさしから一度離れて、中学受験を考えてみては――。こう提案するのは、探究学習の第一人者である矢萩邦彦さんと、「きょうこ先生」としておなじみのプロ家庭教師・安浪京子さんです。今回は、習い事との両立にまつわる相談です。

安浪:小5のお子さんならまだ習い事はやっていてもいいんじゃないですか。私が今教えている子も小4、小5、小6がいますが、みな習い事はやっていますね。

矢萩:うちは、自分がやりたいと言って主体的にやっている習い事であれば、辞めさせないでください、というスタンスの塾なので、基本的にはみな最後までやり続けることが多いです。もちろん途中でやっぱり辞める、という子もいますが、基準としては、まず本人が本当にやりたがっているかどうかです。

安浪:ただしカリキュラムが多くて忙しい塾に通っていて、それについていこうと思ったら、おのずと整理せざるを得ない状況に追い込まれるんですよ。今はまだ余裕があるんだと思います。あと本当は勉強が回っていなくても、勉強漬けになるのは嫌だから、習い事を残して勉強以外の時間を作ろうとしているケースもあります。お嬢さんの状況はどうなのかな、というのはありますね。

矢萩:うちに通っていた生徒で一番極端な例は、作文教室とか絵画教室、そろばん、書道、ピアノ、みたいに8個ぐらい掛け持ちしながら、塾で4科受験の学習をやっていました。「本当にこれ全部やりたいの?」って本人とも何度も話したんですが、「全部やりたいです」って。彼女の性格もよくわかっていましたが、間違いなく本気なんです。そこで、そうか、じゃあやるか、という感じで、直前期は1つか2つはお休みしていましたが、他は続けたまま受験に臨みました。受験した学校は1校で、偏差値もだいぶ足りなかったのですが、結果的には合格しました。

■遠回りな気がしても、効果が期待できることも

安浪:それはすごいですね。

矢萩:通常の中学受験のカリキュラムを網羅しようとしたら絶対的に時間が足りません。だから彼女の場合、網羅しようとしないで、適性検査型の自分に相性が良さそうな学校を選び、得意なところを生かしながら得点できるようにしよう、という受験だったんです。そう考えると、彼女がやっていた習い事の大半は、受験とも大いに関係があった。たとえば、作文教室とかそろばん教室というのは、受験で問われる力とも隣接しているんですね。絵画教室だって、観察力、思考力、表現力に関係しています。受験対策と考えると遠回りな気がしてしまいますが、本人がやりたくてやっているなら、むしろ本質的な力が身につく方法でもあるんです。当然、中学受験での効果も期待できます。

矢萩邦彦さん

安浪:そのあたりが、サッカーや野球といったスポーツの習い事とは少し違いますね。これらも得るもの、学ぶものはたくさんありますが、入試の教科自体に直結しているかというと、ちょっと違いますもんね。

矢萩:もちろんスポーツの習い事も、集中力や人間的成長にはすごく役立つと思うんですが、受験勉強の中で成果を感じるには結構時間がかかったりします。習い事によっても影響はだいぶ違います。例えば、ボーイスカウトをやっていた子は、理科がすごく伸びる傾向があります。それはやはり焚き火をしたり、天候に敏感になったり、といった、体験と学びが繋がるからなんです。そのためにはまわりの大人が「この体験はあの問題と関係があるよ」とか、逆にある問題を前にしたときに「君のあの体験が使えるはずだね」といった“関係線”を出してあげることが大事です。ちゃんと教科と結びつけるのはプロでないと難しいかもしれませんが、ほんのちょっとした気づきを共有するだけでもいいんですよ。

安浪:わかります。たとえば食塩水の問題で水を入れると濃度が濃くなるのか薄くなるのかピンとこない子に、「カルピスに水を入れると味が濃くなる?薄くなる?」と聞くと、あ、そうかと繋がったりします。

■志望校に合格すると「振り返らない」

矢萩:習い事だけでなく、映画を見た時でも遊びでもなんでもいいんです。どんな体験でもちゃんと振り返りをして「今日の体験はこういうことに関係があるよね」と落とし込んで使えるようにすることがとても大事です。体験だけで終わりにするとそのまま流れていっちゃうので、やったことが今後や今後の人生にどう関わってくるのか、あるいは今勉強している目の前の勉強のどういうことと関係がありそうなのか、そういうことにまわりの大人が対角線を引いてあげると何でも糧になりますし、そういう感覚を持っておくと勝手に自分で紐づけが始まります。

安浪京子さん

安浪:経験を流さないで振り返ることって本当に大切ですよね。話が少しずれるかもしれませんが、中学受験って、志望校に合格するとあまり振り返らないんですよね。「良かった、良かった」で終わってしまう。塾から合格体験記を書いてくれと言われたら振り返るかもしれませんが。

矢萩:確かにそうかもしれない。

安浪:それに対して不合格だったご家庭は、親御さんが「何がダメだったんだろう」「何が足りなかったんだろう」って、ものすごく振り返りをやっている。もちろん、合格、不合格は当日の運によるところも大きいんですが、不合格だった場合の振り返りはそのときはとてもつらいけれど、その後すごく身になることが多いです。合格の場合はそれがない分、怖いところもあるなと。

矢萩:それって、問題演習の段階でも全く同じです。例えば記号で答える問題。間違ったら見直しをするけれど、適当に答えて当たったら見直しをしない。だから僕は適当に書いたなら何かマークつけておいて、と、よく言っているんです。適当に答えたけど当たった、イエーイではダメで、着実に成長するためにはちゃんとわかって正解だったのか、そうでないのかをしっかりと振り返って仕分けしておかないといけない。記録しておくのは、慣れるまではめんどくさいかもしれないけれど、ちゃんと間違いを発見することに意味があるんだな、という実感を6年生ぐらいで持てたら、その後もすごく学びになると思いますね。

■合格すると全部肯定されてしまう

安浪:中学受験も、たとえ不合格で終わっても「あのときは本当につらかったけれどあそこであれだけ踏ん張ったことは良かったね」などといった振り返りがきちんとできれば、結果は合格でも不合格でもどちらでもいいと思うんです。合格すると全部肯定されてしまうけれど、そのプロセスのなかには良くなかったこともきっとあったはず。例えば塾に毎日計算の宿題を出しなさい、と言われていたのにやらなかったとか。でも合格するともういいじゃん、合格したんだから、と流れてしまう。でも不合格だったご家庭は、やっぱり塾に言われたことをきっちりコツコツやっていかなきゃダメだったんじゃないか、と振り返りができていたりする。そのようなお子さんは、中学に入ってからもそこは大事だよね、みたいに重く受け止めることができるんですね。

矢萩:成功体験はもちろん大事ですが、学びの大きさで言ったら、失敗した経験からのほうが大きいと思います。成功体験はできたことに対して自信を獲得できるわけですが、失敗体験は、できなかったことを「できる」に転じるヒントと学びがあります。失敗したからこそ、慎重になれるかもしれないし、人の痛みもわかるかも知れない。最終的にはそのほうが大きな成功や幸せにつながるかもしれません。

安浪:習い事の話に戻しましょうか(笑)。習い事って5年の夏、6年生になったとき、6年の夏、6年の秋など、だいたい見直すタイミングがあるんです。今までと同じようにやっていると物理的に回らなくなるようであれば、何かしらを変える必要は出てきます。3つやっていた習い事を1つにするとか、3時間拘束されるお稽古ごとを、もうちょっと軽い負荷のものに変える、とか。野球とかサッカーなどチームスポーツだと、間引くのが難しいとよく言われますが、チームの練習はお休みして、週1回1時間だけマンツーマンでサッカーを習う、など、負荷を変えて最後まで続けていたご家庭もあります。

矢萩:とにかくこういう場合、やめるべきか続けるべきか、という二択で考えがちですが、あいだだってとれるんです。どれを残すのか、バランスはどうするのか、別の場所で別の方法で続けられないかなど、検討してみてほしいですね。

(構成/教育エディター・江口祐子)