古賀茂明氏

 先週、欧州の大国イギリスとフランスから興味深いニュースが届いた。どちらも、今、日本で起きている安全保障政策の大転換と密接に関係する話だ。先週の本コラム「岸田首相はなぜアメリカに隷属したがるのか 背景にある深刻な『ナルシズム』と『白人コンプレックス』」で、岸田文雄首相の米議会演説について詳しく紹介した。

 その中で、岸田首相が、英国を差し置いて、日本が「米国の最も近い同盟国」になったと述べたが、その英国が、日本の進路を示す先導役になるだろうと思わせるニュースが入ってきた。

 英国のスナク首相は、4月23日、国内総生産(GDP)に対する国防費の比率を現在の約2.3%から2030年までに2.5%に高めると表明した。この目標値はすでに言及されていたが、時期が明示されたのは初めてだ。これが実現すれば、30年の英国防予算は、北大西洋条約機構(NATO)加盟国では米国に次ぐ16兆7千億円になるという。ちなみに、NATOが各国に目標として課しているのは2%である。

 つい先日のイランによるイスラエル国内直接攻撃の際、英国軍は、米国軍と共に、イランからのドローンやミサイルの迎撃に参加した。

 イスラエルによるガザのパレスチナ住民へのジェノサイドに対する国際的批判が高まる中でも、迷わずイスラエル支援のために米国と行動を共にする姿勢は、「米国の最も近い同盟国」としての英国の立場をあらためて世界に示すことになった。

 岸田首相は、この英国を差し置いて、日本が「米国の最も近い同盟国」だと宣言し、さらに、「日本が米国の最も近い同盟国としての役割をどれほど真剣に受け止めているか。このことを、皆様に知っていただきたいと思います」と米議会で語りかけた。

 岸田首相は、その言葉の意味を「どれほど真剣に」考えていたのだろうか。今後、英国を凌ぐほどの忠誠を米国に示すには何をしなければならないのかを。

 一つ非常に明確なのは、今、岸田政権が目指す、防衛費の対GDP比2%達成の先に2.5%という数字が設定されたということだ。それを英国が達成する30年までには達成しなければならない。

自衛隊と米軍の共同訓練(2023年9月)

 さらに心配なのは、英国は米国のみならずNATO諸国と共同でロシアの脅威に立ち向かうのだが、日本が立ち向かう相手は中国だ。ロシアに比べて、人口で約10倍、経済規模は9倍近い。その大国と戦うには英国のいう2.5%ではとても足りない。5%でも不足するだろう。しかも、アジアで中国と戦う覚悟を示しているのは日本と台湾のみ。韓国は中国との戦争は望んでいない。つまり、共に戦う仲間がほとんどいないのだから、防衛費はさらに膨らむ。

 日本のGDPは約591兆円。GDP比で2%から5%に上げるためには、18兆円弱が必要だ。現状消費税率は10%で税収は23.8兆円(2024年度予算)だから、単純計算で1%分が2兆3800億円。したがって、防衛費増加を消費税の増税で賄えば、7%強の増税が必要になる。そんなことになれば、庶民には大打撃だ。

 もちろん、欧州諸国でも、増える防衛費負担をどうするかは大きな課題であるが、驚くべきことに、最近では、社会保障費を削減しようという意見が堂々と主張されるようになってきた。

 「ロシアが攻めてくる!」といえば、ウクライナの悲劇を目の当たりにした市民も頷きがちだという状況がうまく利用されているようだ。

 4月23日配信の日本経済新聞電子版によれば、今年2月には、ベルギーのデクロー首相が、社会保障関係費を削減するのは合理的だと述べ話題になった。デンマークのフレデリクセン首相も同様の主張をしたという。同国では勤務時間の増加で税収を伸ばし、防衛費に充てるために、祝日を削減する法案が23年に可決されたという。「自由の代償」だから仕方ないと正当化されているというから驚きではないか。

 英スナク首相の発言にも驚く。殺傷兵器を扱う企業への投資がESG(環境・社会・企業統治)の評価でプラスになることを明確にすると述べたそうだ。その理由が「生活を守ることは倫理的」というのだが、牽強付会の極致ではないか。

 それでも、欧州では、国の指導者が、正面から国民に負担を求める姿勢を示している。

 米国の最も近い同盟国への格上げを自ら宣言した日本でも、今後さらに拡大する巨額の防衛費増額のために誰かが負担することは回避できない。岸田自民党政権の下では、経団連企業に負担を求めることはタブーだから、結局は一般市民の負担を増やす以外にない。

 しかし、「増税メガネ」と揶揄されるのをことのほか嫌う岸田氏は、正面から国民に問いかけることをせず、「これは増税ではない」「実質的な負担増はない」などという詐欺的な説明で乗り切ろうとするのだろう。どんな珍説が飛び出すのだろうか。

 次に、フランスからも日本に参考になるニュースが入ってきた。

 4月24日朝のNHK・BS「ワールドニュース」で放送された「フランス2」は、フランス海軍が、原子力空母シャルル・ド・ゴールをNATO艦隊へ編入しNATO軍傘下で活動していることを報じた(もちろん、一定期間に限定された話だ)。司令官は米軍人である。

 英国と違い、フランスは、外交安全保障政策において、米国とは一線を画すという立場をとることで有名だ。欧州主要国の中では最も米国から遠い同盟国と言っても良いだろう。何しろ、ド・ゴール大統領時代の1966年には、NATOが米国の過剰な影響力下にあることなどを問題視して、NATOの軍事部門から脱退し、その後2009年に完全復帰するまで、米国の軍事的影響を極力排除する姿勢を明確にしていたくらいだ。 

 そのフランスでさえ、ロシアの脅威に対抗するという名目を唱えれば、これまでタブーとされてきたことも乗り越えて、軍事面での米国との一体化の道を拒めなくなったのだ。

 これは、「中国の脅威」さえ唱えれば、なんでも通るという日本での最近の風潮と重なる面がある。

 フランスの空母が米国の司令官の下で活動するというニュースを聞いて、私が思い出したのは、これでもかと米国への擦り寄りを見せた岸田首相の米議会演説の中で触れられなかった話があることだった。

 それは、戦時になれば、自衛隊が米軍傘下に入るという話だ。

 自衛隊の最高指揮官は岸田首相だ。自衛隊が米軍の下に置かれるということは、日本がアメリカ政府の下に置かれるというのと事実上同じことで、対等な国同士ではあり得ない話のように思える。

 しかし、戦争になったら、指揮命令系統が二つでは混乱して戦えない。

 例えば、朝鮮戦争の時は、韓国軍は米軍の下に入って米軍の指揮下で戦った。今は休戦中だが、北朝鮮と戦争が始まれば、再び、韓国軍が米軍の司令官の下で戦うことになる。

 台湾有事で日本が米中戦争に参戦する場合、陸・海・空の自衛隊は一体となって戦う必要がある。

 ところが、日本には、陸海空を束ねる統合幕僚長というのはいるが、これは防衛相を補佐する役割しか持っていない。全体を束ねる指揮命令系統上の司令官はいない。

 一方、在日米軍の指揮を執るのは、インド太平洋地域を担当する統合軍のヘッド、インド太平洋軍司令官だが、現状では、戦時にこのインド太平洋軍司令官のカウンターパートが自衛隊側にいないという状況にある。

 そこで、まず、日本側が陸海空の自衛隊、さらにサイバー、宇宙までを統合した「統合作戦司令部」を作ることになった。24年度中に240人体制で市谷に置かれる見通しだ。

 これに呼応する形で、米軍も体制整備に乗り出す。

 現在、在日米軍司令部は横田にあるが、共同訓練の監督や日米地位協定の運用などに権限が限られ、事務的な折衝や運用調整をするだけである。

 いざ戦争となれば、前述の通り、ハワイのインド太平洋軍司令官が指揮を執る。だが、時差もあり、また、対面での協議もできない。そこで、こうした不都合を解消して戦争しやすくするために米側の体制も整備することになった。

 いずれにしても、いつ戦争になっても、日米の軍隊が一体となって戦うのに支障がない指揮命令系統が作られることになる。

 だが、表向き、誰が全体の指揮を執るのかは決まっていない。普通に考えれば、日本の統合作戦司令部が米軍を指揮することなど考えられず、当然、米軍の下に自衛隊が入ることになる。

 政府はこれを否定するが、それは表向きの話だ。

 岸田首相は、「日本は既に、米国と肩を組んで共に立ち上がっている」と米議会で述べた。米国人は、日米軍は一体だと受け取ったはずだ。その一体化が意味することは、実は、最終的には日本軍が米軍の下で使われるということを意味する。

 岸田首相は米議会演説で、「日本は戦争になったら、米軍の傘下に入って戦う」と言いたかっただろう。米側を喜ばせるためには、そう言うしかない。しかし、それを言えば、日本国内の反発が怖い。一方、米軍傘下には入りませんと言えば、バイデン大統領の不興を買う。だから、この問題には触れなかった。

 ただし、日米首脳の共同声明では、このことに抽象的に触れている。

 「我々は、作戦および能力のシームレスな統合を可能にし、平時および有事における自衛隊と米軍との間の相互運用性および計画策定の強化を可能にするため、二国間でそれぞれの指揮・統制の枠組みを向上させる意図を表明する」というくだりだ。

 本当は、戦時における二国間の指揮・統制の統一と書きたかったのだろうが、そう書くと、必ず、どちらが上に立つのかということになるので、とりあえず、日米両国の指揮命令系統をそれぞれ整備するという完全な一本化の一つ前の段階までにとどめたのだ。

 共同声明には書かれていないが、実際には、指揮命令系統の「統一」の話は避けて通れない。当然話し合われたはずだ。

そして、その話をしてバイデン大統領を喜ばせるために岸田首相が何と言ったか、と考えると、「いざ戦争となれば米軍傘下に入ります」と約束したに違いないと私は見ている。そうでなければ、あそこまでアメリカに擦り寄った意味がなくなってしまうからだ。

 英国や欧州で進む国防費拡大や社会保障費切り下げのニュースと、英国を超えて米国の最も近い同盟国になった日本。

 タブーを破って米軍人司令官傘下で空母が活動することを認めたフランスと、米国との指揮命令系統統一の準備を進める日本。

 英仏両国から届いた二つのニュースは、岸田日本が進む道を予言しているように見えるのだが、いかがだろうか。