茂山起龍さん(撮影/高野楓菜)

 中学受験の勉強は小学生にとって負担が多く、習い事や好きな事をその期間やめる選択をする人も多いです。都内で中学受験塾「應修会」を主宰する茂山起龍(きりゅう)さんは、受験後も教え子たちと交流を続けるなかで、中学受験生たちの“その後”を見つめつづけています。AERA with Kids+の連載「中学受験、その先に」。今回は、中学受験期間中も、好きな英語を学び続けた生徒のエピソードから、習い事を続けながら受験をする、ということについて考えます。

■中学受験には関係ないけれど「英語をやめたくない」

――中学受験に挑みながらも習い事を続けた、という生徒はいますか。

 思い出すのは、6年生の時点でも英語の習い事を続けながら中学受験し、いまは青山学院大学で英米文学を学んでいる女子生徒のことです。彼女の両親はともに日本の方ですが、ご家庭の考えでインターナショナル幼児園に通ったあと、公立の小学校に進みながらも週3、4日は英語のアフタースクールに通っていました。僕の塾に通い始めたのは小学4年の途中からですが、最初の面談の時から一貫して口にしていたのは、「英語をやめたくない」ということでした。

 受験科目の4教科の成績が良いわけではなかったので、「英語をやめて中学受験に専念しては」と心配する周囲の声もありましたが、本人のアイデンティティとなっていたので、僕は無理やり切り離したくはなかった。5年生の終わりの段階で、英検準2級を取得していましたし、幼い頃からずっと親しんでいたので、本人にとっても英語を続けるのは当たり前の感覚だったようです。6年になってからは週あたりの英語の日数を減らしながら、少しずつ受験勉強の時間を増やしていきました。

――中学受験において、英語は武器になったのでしょうか。

 当時はいまのように、英語での受験や、英検による優遇・加点をする私立中学は少なく、通常の4教科で受験しました。第1志望の学校は不合格で、それよりも偏差値が6、7ポイント下がる中堅の女子校に進学しました。

 本人のなかでは、がっかりした気持ちもあったようですが、進学先は英語に特に力を入れている学校だったため、入学してからの成績もよかったです。

■「英語が得意」が自己肯定感をはぐくんだ

――中学入学後、好きな英語を存分に学べたのでしょうか。

 進学した学校は英語の課題も多く、学習の進度も速かったようです。でも、そこで彼女が幼いころからずっと続けてきた“英語の強さ”が発揮された。英語では上級者向けクラスに入り、ついて行くのは大変だったようですが、「このクラスから落ちたくない」という気持ちが強かったといいます。そのうえ、たとえほかの教科ではほかの子に敵わなくとも、「英語だけは負けない」という自負もあった。大学生になったいまも「私は英語しかできない」と言っているので、英語が得意だったことが彼女の自己肯定感をはぐくんだのだと思います。

 大学には一般選抜で合格。彼女が当時、第1志望にしていた中高一貫校は、進学先ほど英語に力を入れていなかったので、もし第1志望の学校に進んでいたら、このように英語力を生かして大学受験をし、難関私大に進むのは難しかったかもしれません。

――小学生の時点で英検準2級を取得できるだけの英語力があったのですよね。

 教え子たちを見ていて感じるのは、小学生の時点で英検準2級まで取得できている生徒は、その後も「英語を強みとして生かせている」ということです。準2級となれば、幅広い文章を読み、理解する力も必要になるため、合格には十分な対策が必要です。そのうえ、一回で受かるとは限らない。「タスクに対し、これだけ行動しなければ受からない」と身を持って知ることになり、それはのちの粘り強さや土壇場での踏ん張りとなって生きてくると思います。

 英語に限らず言えることですが、本気で何かに向き合い、力を入れて取り組んできた生徒は、伸びる時期に大きく成長すると感じます。実際、彼女も6年の夏を過ぎ、過去問に取り組み始めた頃から成績が伸びるようになりました。また、例えば学校選びの際に、「英語が得意だから、英語に力を入れた学校に行く」などというしっかりとした軸が本人や親御さんのなかにあると、「偏差値」という指標はあまり関係ないな、とも思います。

■中学受験と習い事、どうしたらいい?

――中学受験のために、習い事をやめるのか、やめるならどのタイミングが良いのか。多くの人が悩む問題です。

 個人的には、「受験のためには習い事をやめた方がいい」とはまったく思っていません。実際、彼女の場合は英語を続けたことで自身の成長や“その後”につながりました。「練習に時間を割けない」「レッスン当日に、できる範囲で進める」といった事情を相手に伝え、許容してもらえるのであれば、実現可能な形で続けていけばいいと思います。

 サッカーや野球といったチームスポーツであれば、スケジュールを立てづらい側面はありますが、英語やバレエ、ピアノといった個人でできるものであれば、続けながら中学受験に挑戦してもいい。「6年になったら、すべてを受験勉強に捧げなければ」と考える方も多いですが、「偏差値的に上に行く」という発想だけでなく、「習い事を続けながら、手が届く範囲のなかで学校を選ぶ」という視点を持っていてもいいと思います。

 習い事を通して培った経験や頑張り、諦めずにやり抜く力は、きっと中高での生活でも発揮され、自分を支えてくれる“強み”になっていくと思うのです。

(聞き手/古谷ゆう子)