“復活”が待たれる女子フィギュアスケートの紀平梨花

「どんな投稿をしても私はスケーターだしスケートと共に生きています」

 紀平梨花が、趣味としてレッスンを受けたという歌の動画を、今年4月インスタグラムに投稿した際、書き添えたコメントだ。

 ジュニア時代からトリプルアクセルを武器にしていた紀平は、2017年ジュニアグランプリファイナルで女子としては世界で初めてトリプルアクセル―3回転トウループを成功させている。2018-19シーズンにシニアデビューすると、いきなりグランプリファイナルで優勝。当時高難度ジャンプを駆使して世界を席巻していたロシア女子と競える存在として、世界トップで戦い続けた。さらに上を目指し鍛錬を積んだ紀平は、2020年全日本選手権で4回転サルコウも成功させている(国内大会のため国際スケート連盟非公認)。

 紀平は高難度ジャンプを操れるだけではなく、音楽表現にも長けたスケーターだ。鮮烈なシニアデビューを果たした2018-19シーズンのフリー『A Beautiful Storm』(トム・ディクソン氏振付)でみせた清新な滑りは、今も記憶に残る。また、2020-21シーズンから3季続けて滑ったショートプログラム『The Fire Within』(ブノワ・リショー氏振付)では、高い身体能力を生かした片手側転を取り入れた。当時は斬新だった片手側転は、今や多くのスケーターがプログラムに組み込むムーブメントとなっている。

 2022年北京五輪でのメダル獲得を期待されていた紀平だが、21年7月に右足首を疲労骨折し、五輪出場は叶わなかった。2022-23シーズンは競技会に復帰したものの右足首は完治しておらず、痛みを抱えて臨んだ22年全日本選手権は11位という結果だった。

 2026年ミラノ・コルティナダンペッツォ五輪を目指すにあたり怪我の完治を最優先に考えた紀平は、2023-24シーズンは全休という選択をした。昨年10月20日、SNSに投稿した動画で、紀平は次のように語っている。

「今シーズンですが、コーチ、トレーナーさん、お医者様とミーティングを重ね、試合に出場しないで、怪我の完治を優先することを決断しました。ですが今現在トロントにて、トレーニング、そして治療に励んでいます。来シーズンは、健康、そしてパフォーマンスも完全復活を目指して、全力で毎日頑張っていきたいなというふうに思っております」(紀平梨花X[旧ツイッター]より)

 紀平は、自らを追い込むタイプのスケーターだ。2019年11月に札幌で行われたNHK杯で、紀平はロシアのアリョーナ・コストルナヤに次ぐ2位となった。当時左足首の怪我により得意としているルッツを構成から外していた紀平は、一夜明けての取材対応で危機感を口にしていた。

「本当は休めば治るんですけど、しっかり練習しないと……今はやっぱりどの試合でもノーミスを狙うためには、一日でも休むと危ない状況なので」

 現在苦しんでいる右足首の怪我については、骨折と診断されるまで時間を要したという。ストイックな紀平が、北京五輪シーズンを前にして練習を休むという選択ができなかったのは無理もないことといえる。

 しかし、全力で練習できない日々が続く中で、紀平はネガティブにならない方法として、好きなことをして毎日を充実させるようになったという。SNSで披露した歌も、きっとその一つなのだろう。

 今年4月、紀平は、インスタグラムのストーリーに氷上練習の動画も投稿しており、コメントを添えている。

「今はまだ無理できない少しずつの過程ですっ!」

 心身を整えた紀平梨花が勝負のリンクに戻ってくる日を、多くのファンが待っている。(文・沢田聡子)

沢田聡子/1972年、埼玉県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、出版社に勤めながら、97年にライターとして活動を始める。2004年からフリー。フィギュアスケート、アーティスティックスイミング、アイスホッケー等を取材して雑誌やウェブに寄稿している。2022年北京五輪を現地取材。Yahoo!ニュース エキスパート「競技場の片隅から」