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品田遊さんらが選ぶ神回/夕日に照らされた帰り道。おしゃべりが盛り上がるうち、気がつけば真っ暗に。そんな遠回りのストーリーは、井上さんも神回として推している。「あたしンちSUPER」第2巻から ©けらえいこ

 AERAで連載中の漫画「あたしンち」が30周年を迎える。病めるときも健やかなるときも「あたしンち」とともに過ごしてきたファンの方々にそれぞれの「神回」を選んでもらった。AERA2024年6月17日号から。

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 漫画「あたしンち」の連載が始まったのは1994年6月のことだ。最初の舞台は読売新聞日曜版。高校生のみかんが「カラフルなお弁当を」と母にリクエストしたところ、ミックスベジタブル満載のお弁当が出てきたという内容だった。

 学校でお弁当箱を開けたみかんが「わがっでな〜〜い」と机に突っ伏したその日から、今月で30年。2019年からは舞台をAERAに移し、漫画版では通算約950話の作品が生まれている。そのなかから「あたしンち」ファンで知られる方々に、その30年間と、とくに好きな「神回」を紹介してもらった。

■解像度の高さにとりこ

 まずは「あたしンち」を紹介する号泣動画でも知られる作家の品田遊(ダ・ヴィンチ・恐山)さん。小学生の頃、貸本屋で借りて以来、その「解像度の高さ」(品田さん)で、この漫画のとりことなった。

「お母さんが『これ大丈夫と思う?』と見せた古い料理のお皿のラップがめくれていたり、歯医者さんの時計の針が歯ブラシだったり。鋭い観察力があってこそのリアリティーがすごい」(品田さん)

 かと思えば、息子ユズヒコと親友藤野くんの友情を「あいつ…くだんねーな!」の一言で表現して読者の目頭を熱くさせることも。

「ファミリー漫画は家族の絆がテーマになりがちですが、そこに留まらない共感と発見が共存する作品。漫画やコミックエッセイの枠を超えた“文学”だと思います」(同)

 神回の一つとして挙げてくれたのは、みかんと親友のしみちゃんが遠回りして帰る回=40ページ下。

「遠回りしてでもおしゃべりしたいことがある尊さ。2人が今まさに貴重な一瞬を生きていることが、めちゃくちゃいいなあと思いました」(同)

かぼちゃんさんが選ぶ神回/我が家の常識は友だちンちの非常識。そんな心理に気づかされた藤野君の家訪問の記。藤野君の謎の素顔にも心を揺さぶられた人多数。「あたしンち」9巻から ©けらえいこ

「あたしンち」ファンにはつとに知られたファンサイト「あたしンちヶ丘5丁目」の管理人を務める井上照也さん(34)も、この遠回りの回を神回のひとつに挙げている。ほかに井上さんが挙げてくれた神回には、昨年AERAに掲載されたあの回も……。しみちゃんが、なぜかみかんにだけ「深いこと」を言える自分に気がつく話だ。

「2人の深い関係を示した回で、すごく印象に残っています。この漫画の魅力をひとことで言うと、自らが主人公になれるところ。感情移入しやすい、共感できるエピソードがたくさんあるところが魅力です。そして、あたりまえに感じていた日常的、庶民的な暮らしが実は幸せだったんだと感じさせてくれる作品でもあります」(井上さん)

 もうひとり、コミックエッセイ「セキララ結婚生活」で、作者のけらえいこさんにどっぷりハマり、「あたしンち」のディープなファンとなったという、かぼちゃんさん(55)。神回に選んだのは、みかんが学校の帰り道に見ている何げない情景を丁寧に描いた90年代終盤の回や、ユズヒコが藤野くんの家を訪ねる回(40ページ上)などだ。

「藤野くんの回はノスタルジックで、なんだか家庭の事情もありそうで。いつもユズヒコと楽しくふざけてる思いやりのある優しい藤野くんのリアルが見えた感じがして、ジーンとしました」(かぼちゃんさん)

「あたしンち」の母には、いつのまにか自分を重ねるように。

「30年前はまだ生まれていなかった子どもも、今は成人して独立。新たな自分の時間をどうしたらいいか、模索しているところです」(同)

■反響が大きかった回は

 そして最後はこの方。作者のけらえいこさんだ。反響が大きかった回について尋ねたところ、「声を出して笑った、と一番言われたのは……」と教えてくれたのは、母が自分の歩き方を街のウィンドーでチェックしていたら、中にいたサラリーマンがびっくりした回。母がゴールデンレトリーバーという犬種が出てこなくて、「リメンバーパールハーバーみたいな名前」と言った回=上=も反響が大きかったそうだ。

けらえいこさんが明かす反響が大きかった回/ザツな人は耳もザツ。リメンバーパールハーバーのエピソードはネットでもレジェンド的なエピソードとして語られること多し。「あたしンちベスト6 伝説の母」から ©けらえいこ

 こうした反応から感じたのは、読者の人生や毎日に、この漫画が溶け込んでいることだという。

「例えば、冬、トイレを終えて、パンツ上げてインナーシャツ下げてインナーパンツ上げて……とやるときに、『あたしンちのお母さんと同じように、必ず現金書留のことを思い出す』と言ってくださる方がけっこういらして。必ず思い出してくださるのは、ご自身の体験と同等のインパクトなわけで、すごいな、と思ったりしました」(けらさん)

 はい。私も重ねパンツをしていると、いつも思い出します。そして最後に。けら先生にとって、この30年間とは?

「漫画を描くこと、笑ってもらう方法について、ずっと考え続けた30年でした。というか、それしかやってこなかった感も」

 作者も読者も、みんなが人生を共有してきたタチバナ家の物語。その尊い日常が、30年と言わず、永遠に続きますように。

(ライター・福光恵)

※AERA 2024年6月17日号