先週開催された「富士フイルム・スタジオアリス女子オープン」は、子ども向けサービスを提供する企業の主催だけあって、“子どもファースト”の取り組みが随所で見られました。実際にホールアウト後には、子連れで参戦した神谷和奏(かみや・わかな)ファミリーの微笑ましい姿がありました。

主催者のスタジオアリスは「スタッフの9割が女性」

 仕事もプライベートも充実させる。ごく当たり前のことが日本の社会にも少しずつ浸透し、女子アスリートたちの可能性を広げています。

くまのプーさんと写真に収まる神谷ファミリーのハッピーな姿 写真:清流舎
くまのプーさんと写真に収まる神谷ファミリーのハッピーな姿 写真:清流舎

 女子プロゴルファーたちの中にも仕事であるゴルフを続けながら、周囲のサポートを得つつ子どもを持ち、育てるというワークライフバランスをうまくとる選手が増えてきました。

 女子プロゴルフのツアー制施行(1988年)後、子どもを持つ母として初めて昨年のプロテストに合格した神谷和奏選手は、そういった面でも大きな注目を集めています。

 デビュー戦となった「富士フイルム・スタジオアリス女子オープン」では、それを象徴するようなシーンが見られました。キャディーを務めたプロコーチである夫、幸宏さん、2歳の長女、咲凛(えみり)ちゃんとともに、ギャラリープラザに設営されたスタジオアリスフォトスタジオを訪れ、ディズニーキャラクターと家族写真を撮影したのです。

 主催者であるスタジオアリスのPRと言ってしまえばそれまでです。けれども、神谷選手はプロテストという将来がかかった場面にも家族を連れて遠征し、合格した時には、ゴルフと子育てのバランスをとってやっていくことを宣言していました。それを続けていく強い気持ちが写真からも伝わって来ます。

 実はこの写真が撮影されたのは大会2日目の土曜日。初日1アンダー19位タイとまずまずのスタートを切った神谷選手でしたが、2日目にはボギーが止まらずにスコアを落とし、通算5オーバー67位タイで予選落ちしています。そのすぐ後の1シーンでした。

 メディアを前にこの日のゴルフを振り返った時には、涙が止まらなかった神谷選手。雨だった前日より天気が良くなり、一緒にラウンドしたのが菅沼菜々、蛭田みな美の優勝経験もある両選手だったこともあり、大ギャラリーの前でのプレーとなりました。

「1番で『こんなに人がいるんだ』ってビックリしました。ガチガチに緊張しちゃって……。もう1回やり直したいです」。そう悔しさをにじませました。

 それでも、ホールアウト後、一緒にいてくれたおばあちゃんのもとからママに駆け寄った咲凛ちゃんの顔を見ると一転して笑顔になります。パターを手にした咲凛ちゃんを中心に家族3人でクマのプーさんの横で記念撮影。すぐにママの顔に戻ったのでした。

 主催者のスタジオアリスは、2005年からJLPGAツアーの大会を行っています。

「ご家族みんなで楽しんでいただくことを考えた大会を目指してきました。選手も安心してプレーに打ち込める大会の一つになるように。ご家族もその間、退屈せずに楽しめるようにと。亡くなった本村(昌次氏=創業者、会長)は、何かもっと(ツアーを)サポートできることはないかな、とずっと言っていました」

 そう話すのはブランディング・広報担当の森淳子さんです。「スタッフの9割が女性」という会社には、女性が働きやすい環境を模索し続けてきた歴史もあると言います。

「産休、育休はもちろんですが、そこから復帰してもまだまだ子育ては続きます。ショートタイム(時短勤務)についてもいろいろ変えてきました。制度を利用する人のために、他の(利用しない)人にしわ寄せが行くのはよくありません。その辺りも含めて両方がいい形になるように、毎年のように制度が変わっています」(森さん)という会社は、女子プロたちの仕事とプライベートについても大きな理解があるようです。

米女子ツアーは30年近く前から全試合に託児所

「富士フイルム・スタジオアリス女子オープン」初日、冷たい雨の中でも粘り強いプレーを見せた神谷和奏 写真:GettyImages
「富士フイルム・スタジオアリス女子オープン」初日、冷たい雨の中でも粘り強いプレーを見せた神谷和奏 写真:GettyImages

 JLPGAは昨年からツアーに託児所を設置していますが、30年近く前からすべての試合に託児所を備えていた米女子ツアーにはまだまだ及びません。すべての試合というわけにはいきませんが、昨年より託児所のある試合は増えるようです。選手たちからは大きな期待が集まっています。現在、子どものいる選手はもちろん、これからの人生を考える若い選手たちからも、選択肢が増えたという声がいくつも聞こえています。

 託児所とは別に、スタジオアリスもこんな風に言ってくれています。

「グループ会社にはベビーシッターサービスもあるので、何かサポートできないかという話も出ています。いろいろと相談していただいて私たちが何かできるのが理想ですね」と森さん。

 トーナメント主催者との縁、サポートしてくれる企業との縁は、今以上に選手たちの可能性を広げてくれるかもしれません。神谷選手ファミリーの微笑ましいショットは、それを示しているかのようです。仕事だけでも家庭だけでもない人生。さまざまな支援を受けながら、選手たちにその機会を広げ、働く女性の職場を整えるのは、ツアーの大切な仕事でもあります。

取材・文/小川淳子ゴルフジャーナリスト。1988年東京スポーツ入社。10年間ゴルフ担当記者として日米欧のトーナメントを取材する。1999年4月よりフリーランスとしてゴルフ雑誌やネットメディアなどに幅広く寄稿。

神谷 和奏(かみや・わかな)

2001年10月1日生まれ、千葉県出身。3歳からゴルフを始める。アマチュア時代の主な戦績は全国高等学校ゴルフ選手権5位タイ、日本女子アマチュアゴルフ選手権21位タイなど。21年に長女を出産。23年、最終プロテスト5度目の挑戦にして合格し、晴れてJLPGAのツアープロに。ソニーネットワークコミュニケーションズコネクト所属。

小川淳子(ゴルフジャーナリスト)