<前編のあらすじ>

母の死後、急速に衰えた父の面倒を献身的に見てくれた5歳下の妹のなつみに、最初のうちは妻ともども、心から感謝していました。勤務医の私たちはコロナ禍以降、休みも満足に取れない状態が続いていて、正直、父のケアまで手が回らなかったからです。

しかし、妹は次第に身勝手な振る舞いを始め、周囲を戸惑わせるようになりました。

父の入居する施設に不満を募らせていたのでやんわりなだめると、「お兄ちゃんは何もしないくせに」と怒りだし、親戚中に「兄は忙しいからと父の介護を私に丸投げしている」と触れ回る始末です。

妹が預かっていたという父の遺言書

極めつけは、父の死後に持ち出した遺言書をめぐる騒動です。

父の葬儀と初七日の法要を終えた後、妹がいきなり「お父さんから遺言を預かっている」と言い出しました。「お兄ちゃんとお義姉さんがいる前で開封したい」と事を急ぐ妹を引き止め、「大事なことだから専門家に入ってもらおう」と開業医の妻の父が懇意にしている弁護士に立ち会いを頼むことにしました。

結果的に、妹の持っていた遺言書は家庭裁判所の検認(亡くなった人が自筆の遺言書を残した場合、開封する前に裁判官により遺言書の内容や状態の確認を行う必要がある)の段階で無効であることが判明しました。

遺言書には、ミミズののたくったような字で「全財産をなつみに相続させる」と書いてありました。父が書いたものなのかもしれませんが、作成日時や押印もなく、成立の条件を満たさなかったのです。

「遺言書は無効」を知った妹は?

弁護士から無効の報告を受けた際、妹は「何それ?」と怒りで体を震わせながら、「ここに書いてあることがお父さんの遺志なのに」と怒鳴り散らしました。

それにしても、私自身、まさかこのような展開になるとは予想もしていませんでした。生前の父からはむしろ逆のことを言われていたからです。「家や財産は長男のお前に引き継がせる。でも、なつみに何かあった時は援助してやってほしい」。戦中派の父は昔気質の考えの持ち主で、私を跡継ぎ息子と考えていたのでしょう。

妹は子供の頃からお父さん子で父にべったりでしたが、比較的裕福だった両親に蝶よ花よと育てられたこともあり、金銭に執着するタイプではなかったはずです。しかし、大事な父のこととあって意固地になっているのかもしれないと思いました。妹と骨肉の争いになるのは避けたかったので、先の弁護士に引き続き間に入ってもらうことにしました。

父の遺産を調査する中で判明した衝撃の事実

遺産分割協議書の作成に向けて父の遺産の調査などを行う際、弁護士に妹の意向をヒアリングしてもらったところ、妹は「兄は医者なのに何もしてくれず、私が最期まで父の面倒を見た。父の遺言はそういう私への感謝の気持ちだと思う」と話したそうです。

父のケアマネジャーさんから驚くべき話を聞かされたのは、そんな時でした。父の老人ホームに見舞いに訪れた妹は毎回居室のドアを閉め切り2人で話をしていたようなのですが、ある時、中に入ろうとしたスタッフがたまたま2人の会話を小耳に挟んでしまったようなのです。その際、妹は意識のぼんやりした父に「お父さん、遺言書いて。『なつみに全財産を譲る』って書いて」と迫っていたというのです。

弁護士も交えた打ち合わせの席で妹に事実関係を確認すると、妹は「そんなわけないじゃない! あのホームの人はうるさいことを言う私が嫌いだから、私を悪人に仕立てようとしてあることないこと言うのよ」と開き直りました。

しかし、事態を重んじた弁護士が父のお金の流れを精査すると、妹は、私が無関心なのをいいことに父の預金を自分の買い物用に使うなど、勝手放題していたことが分かったのです。

その後義弟から聞いた妹夫婦の状況

数日後、事情を知った義弟がわが家を訪れ、「なつみが大変なことをしてしまって申し訳ありません」と頭を下げました。聞けば、義弟の勤務先の広告代理店はコロナ禍で開店休業状態になり、義弟は元同僚たちと独自に業務を継続してきましたが、ここ2〜3年はほとんど収入もなく、貯蓄を切り崩して生活していたのだとか。

「コロナが開けてやっと落ち着いてきましたが、それまでは住宅ローンを払うだけで精いっぱい。仕事柄派手な生活をしてきましたから、なつみはあまりの落差の大きさに戸惑ったのだと思います。『お兄ちゃんの家は裕福でおいっ子は有名私立高に通っているのに、うちだけこんなに貧乏なのは恥ずかしい』と何度も切れられました」

お嬢さま育ちの妹はそうした状況に耐えられず、管理の甘い父のお金に目をつけたのでしょう。本来ならパートナーとして苦境に陥った義弟を支えるべき時期なのに……。妹の幼稚さ、身勝手さにはほとほとあきれました。

義弟は「なつみにお義父さんの遺産を受け取る資格はありません。相続放棄の手続きをさせます」と言い残して帰りました。

しかし私は、父の遺産は兄妹平等に分配したいと考えています。弁護士からはなつみが父に遺言書を書かせた一件が相続欠格事由(遺言の強要)に抵触する懸念も指摘されましたが、妻も「仕事にかまけてお義父さんのことをなつみさんに丸投げした私たちも悪い」と後悔していますし、何より、「なつみに何かあった時は援助してほしい」という父の言葉が頭を離れないからです。

※個人が特定されないよう事例を一部変更、再構成しています。