北朝鮮の朝鮮中央通信は27日、平壌(ピョンヤン)付近から日本海に向けて前日発射した弾道ミサイルについて、「複数の弾頭を搭載する多弾頭化の技術実験が成功した」と伝えた。軍事的連携を深めるロシアからの技術流入が懸念されている。ロシアのウラジーミル・プーチン大統領と、北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党総書記は19日、首脳会談で「包括的戦略パートナーシップ条約」に署名した。キヤノングローバル戦略研究所主任研究員、峯村健司氏は、日本が直面する安全保障上の脅威と、露朝接近を警戒する中国、「悪の枢軸」を阻止する日本外交のあり方に迫った。
ロシアのプーチン大統領が19日、24年ぶりに北朝鮮を訪問し、首都・平壌で金正恩朝鮮労働党総書記と会談した。両首脳は「包括的戦略パートナーシップ条約」に署名した。
筆者が注目したのは、その第4条だ。
「締結国が武力攻撃を受け、その結果、自国が戦争状態に陥った場合には、他方の締約国は自国が自由に利用できるあらゆる手段を用いて、ただちに軍事的およびその他の援助を提供する」
北朝鮮はソ連との間に「軍事的な支援」を含む、「ソ朝友好協力相互援助条約」を締結していたが、ソ連崩壊後、更新されていなかった。今回の条約で事実上、冷戦時代の条約が復活したことになる。
この新条約について、金正恩氏はこう評した。
砲弾480万発提供
「両国間の関係は、同盟関係という新たな水準に上がった。朝露関係の歴史上、最も強力な条約が誕生した」
この規定によって、「第2次朝鮮戦争」が起きた際、北朝鮮はロシアから軍事支援を受けることに道を開いた。今後、核兵器を持った両国の軍事協力が進めば、日本の安全保障にとっても脅威になるだろう。
両国関係がここまで密接になったのは、ロシア・ウクライナ侵攻があったからだ。北朝鮮からロシアに向かうコンテナを韓国国防省が調べたところ、480万発の砲弾が提供されたという。米ホワイトハウスの統計によると、米国がウクライナに提供した砲弾は百数十万発にとどまっている。
プーチン氏が北朝鮮に感謝をするのは当然の帰結だろう。ロシア大統領府は24日、プーチン氏が金正恩氏に電報を送り、次回の首脳会談をモスクワで行うことを提案した。
「建設的な対話と緊密な共同事業が続くことをうれしく思う。あなたを貴賓としてロシアの地でいつも待っている」
冷戦期、北朝鮮はソ連の援助に頼る「ジュニアパートナー」の存在だった。今回のプーチン氏の訪朝をきっかけに、北朝鮮はロシアと同等かそれ以上の関係になったといえる。
日本主導の外交攻勢で三角関係に〝きしみ〟も
こうした両国接近の動きに対し、内心いらだちを募らせているのが中国だろう。露朝首脳会談の前日の18日、中韓両国の外務・国防当局の次官級による初の外交安全保障対話(2プラス2)をソウルで開いた。中国による露朝接近への牽制(けんせい)といえる。
中国と北朝鮮の間にも、露朝と同様の規定を含む、「中朝友好協力相互援助条約」がある。中国側は「第2次朝鮮戦争」に巻き込まれる可能性がある同条約の見直しを内部で検討していた。中朝関係は「血で固められた同盟」と日本ではみられているが、決して一枚岩とは言えないのが現状だ。
今回のプーチン氏の訪朝が、東アジアの国際秩序に地殻変動をもたらすきっかけになる可能性があると筆者はみている。
日本が主導して外交攻勢をかけることで、「ロシア・中国・北朝鮮の三角関係」にきしみが生じることもあり得る。それがうまくいかなければ、日本の周辺に敵対的な「悪の枢軸」を誕生させることになりかねない。
こうした変化を日本政府はしっかりと捉え、対応できるのだろうか。いつまでも国内問題にとらわれている時間はない。
■峯村健司(みねむら・けんじ) キヤノングローバル戦略研究所主任研究員、北海道大学公共政策学研究センター上席研究員。1974年、長野県生まれ。朝日新聞社の北京・ワシントン特派員を計9年間。ハーバード大学フェアバンクセンター中国研究所客員研究員などを歴任。「LINE個人情報管理問題のスクープ」で2021年度新聞協会賞受賞。中国軍の空母建造計画のスクープで「ボーン・上田国際記者記念賞」受賞。22年4月退社。著書・共著に『台湾有事と日本の危機 習近平の「新型統一戦争」シナリオ』(PHP新書)、『ウクライナ戦争と米中対立 帝国主義に逆襲される世界』(幻冬舎新書)、監訳に『中国「軍事強国」への夢』(文春新書)など。