もしもの時、アテはある

明子さんは都内で生まれ育ちましたが、両親とも地方の出身で実家は賃貸でした。父母ともすでに他界しましたが、受け継ぐ家はありませんでした。今では、明子さんの部屋が実家代わりです。正月などに妹たちが来られる場所を残すためにも、別の物件への引っ越しは考えていません。(引っ越しばかりして、敷礼金や引っ越し代で無駄に出費をしているモトザワと比べると、20年近くも同じ物件に住み続けるなんて、明子さんはどれだけ堅実なのでしょう!)

家賃はいま12万5000円。実は、妹が出て行った後で、大家と交渉して14万1千円から減額してもらいました。イマドキ珍しく、近くに住む大家さんに毎月、明子さんは家賃を手渡しています。振り込み手数料を惜しんだためですが、結果的に、大家さんと顔見知りになれて良かったと言います。家賃を届けるたび、ちょっと世間話をしたりして、大家さんと交流を続けています。明子さんの母が亡くなった時には香典をもらったほど。父が亡くなった時も、大家さんに大丈夫?と声を掛けてもらいました。店子を大事に思ってくれる、良い大家さんなのです。

なので、年を取ったら、追い出されるかもという心配は、「あんまりしていないんです。たぶん、今のところに、年を取っても、ずっと住まわせてくれるんじゃないかって。大丈夫じゃないかと思ってます」。たしかに大家にとっても、滞りなく家賃を払い、長期間借り続けてくれるくれる店子は、良い借り手です。大家業にとって最大のリスクは「空室」ですから。個人的な関係も築けているなら、追い出す気にもならないでしょう。

とはいえ、大家が相続で代替わりしたら状況は変わるかもしれません。建て替えるから出て行けと、将来の大家に言われない保証はありません。老後になってから、そんな事態になったらどうします? 明子さんは、「どうしても、ってなった時には」と、冗談半分に、アテがあると言います。

母方の伯母が、都内の3LDKのマンションで、一人息子と二人暮らしです。この従兄弟も独身で、4歳年下。明子さん姉妹とも仲が良いので、「老後になって困ったら、一部屋貸してよ、と言っているんです」。伯母は会社経営をしていた資産家で、自宅マンションはすでに従兄弟名義です。一部屋くらいは借してくれる余裕がありそうです。


『老後の家がありません』(著:元沢賀南子/中央公論新社)