「現金で金庫に保管していた」ーー。政治をめぐるカネの話に時々出てくる証言です。受け渡しの証拠が残りにくい現金は、カネのあり方を不透明にする一因になっています。では、政治活動にかかるカネの精算から現金が一掃されたら何が起きるのでしょうか。世界で最もキャッシュレス化が進んでいるスウェーデンへ向かいました。

スウェーデンの首都ストックホルム。旧市街には趣のある建物が立ち並び、一院制議会「リクスダーグ」は国王の住むストックホルム宮殿と目と鼻の先にある。議事堂内のカフェで、現役の国会議員ヤン・リーセ氏(緑の党)がスマートフォンを見せながら説明してくれた。

「政治活動もキャッシュレス。議会や党関係の支出をしたら、スマホに入れてある自分のクレジットカードで支払う。関係分だけ議会や党に明細を提出して返金してもらうんだ」

現金流通率は1%、日本と好対照

スウェーデンはキャッシュレス化が進み、現金流通率はGDPの1%ほどと世界で最も低い。街なかの小さなカフェやバーにも「現金お断り」の表示が普通にある。約20%と先進国で最も高い部類の日本とは対照的だ。「娘の誕生日に祖父母が現金で小遣いをくれたのだが、娘が困ってしまって。私はまだ現金が使える店をいくつか知っていたから、電子マネーに交換してやって解決した」とリーセ氏はいう。

だから政治活動の支出、精算もカードが当たり前だ。閣僚や官僚は公金を使う場合に利用するカードを貸与されており、いつ、どこで、何に使ったか、すべて電子的な記録が残る。

1990年代から強盗対策などで政府と金融機関が協力してキャッシュレス化を進めた。それが結果として、政治にまつわる現金の不明朗な流れを締め出すことにつながった。

30年近く前には、カード決済と先端的な情報公開制度を持つ国だからこその出来事も起きた。「トブラローネ事件」。ある政治家の買い物の中に、三角柱の特徴的な箱に入ったチョコレートが含まれていたことからそう呼ばれる。スウェーデンでは広く知られたスキャンダルだ。

「トブラローネの名前は、当時のモナ・サーリン副首相が釈明の記者会見で出した。うちが特ダネで報じた中には入っていなかったから、私たちはあの事件をむしろ『クレジットカード事件』と呼んでいるんだ」

そう振り返るのは、スウェーデンの全国紙「エクスプレッセン」で特報したシニア記者レイフ・ブランストレムさん(69)。今も現役の政治・外交記者だ。

公費カードの私的利用、公開請求で明らかに

1995年、ブランストレム記者は、初の女性首相に就任確実と見られていたサーリン副首相が、政府から貸与されたクレジットカードを私的に使っていると政府関係者から聞き込んだ。

ブランストレム記者が公費カードに関連する公文書を請求すると、現金をたびたび引き出したり、服などを買ったりした記録がすぐに出てきた。総額5万スウェーデンクローナ(当時の為替レートで約70万円)以上の不正利用だった。「モナ・サーリンが政府カードで現金引き出し」の大見出しで報じられた。

サーリン副首相は社会民主労働党のホープだった。1982年に25歳で国会議員になり、同党初の女性書記長などを務めた。1995年には同党党首でもあったイングバル・カールソン首相が後継指名を示唆していた。

エクスプレッセン紙の取材にサーリン副首相は当初、「自分のカードと間違えた」と釈明したが、報道されるとすぐに「給料日までの前借りだった」と説明を変えた。記者会見では子どもの保育料やくだんのチョコレート代金などにも充てていたことを明らかにした。

首相が「すぐに返済した。話は終わった」と幕引きを図ったが、前年にも同様の私的利用があり注意した政府の事務職員に「二度としない」と誓約書を書いていたことや、私生活でも駐車違反の罰金やテレビ受信料などの未払いが多数あることが明るみに出た。サーリン氏は副首相を退き、翌年国会議員も辞めた。

サーリン氏は4年ほどで労働大臣として国政に復帰し、2007年からは下野していた社会民主労働党で初の女性党首も務めた。だが、経営していた企業の会計問題など金銭トラブルの指摘が絶えず、政権復帰は果たせぬまま、2011年に党首・国会議員を辞職した。

スウェーデンは国政選挙の投票率が毎回80%以上(直近2022年の日本の参議院選挙は52%)。ブランストレム記者や政党関係者は「政治家への信頼は厚い」と口をそろえる。「だからこそ、優秀で、話すのがうまく、多くの人に好かれていたサーリン氏が『二度としない』と言いながら、結果としてうそをついたことは、大きな失望を招いた」とブランストレム記者は話す。

日本ではトブラローネ事件とちょうど同じ1995年、政党の活動をある程度税金(政党交付金)で支える政党助成法が施行された。リクルート事件など相次ぐ「政治とカネ」の問題で大揺れに揺れた末に、不透明なカネで政治が左右されることを防ぐ狙いだった。

スウェーデンは約30年先んじて、1966年に国による政党助成制度を始めている。国政政党への助成金総額は、国民1人当たりでみると日本(年間250円)とほぼ同じ水準だ。企業献金は禁じられていないが、政党助成が始まると影をひそめたという。市民からの信頼と税金投入が、政治家に倫理的な行動や節度ある支出を求める有形無形の圧力になっているようだ。

ある元国会議員に「日本では選挙買収がたびたび摘発されるが」と水を向けると、「だって、それは違法でしょ?スウェーデンでは持ちかけられた人からすぐに表沙汰になるだろうし、誰のためにもならないじゃない」と笑われた。

会食の酒は無しか、自腹で

では、日本で話題になる高級店での飲食のような習慣はないのだろうか。

国会議員のリーセ氏は「緑の党は、個人献金は報酬の一部を寄付する議員などに限られ、党の収入のかなりの部分(2022年は約6割)を税金でまかなっている。飲酒が社会問題になっているのに、酒に税金を使うことには抵抗がある。会食は酒抜きが多いし、酒が出る場合も2杯目からは自腹というルールだ。20年ほど前からかな。他党もそう違わない」という。

トブラローネ事件のように、極めて広範囲の記録が公文書とされ、市民の請求で簡単に公開されることとも相まって、政治資金の透明性を高めている。

使いやすい政治資金報告書の公開サイト

スウェーデンでは長年、政党の収入開示は法律ではなく政党間の合意に基づいて行われてきた。だが、欧州連合(EU)より多い国々が加盟する欧州評議会の勧告を受けて、法整備が徐々に進んできた。

2014年に収入開示を法に基づく義務にし、2018年には報告義務を地方・地域レベルの政党や選挙候補者などにも広げた。外部監査を受けた収入報告書を毎年、「法律・金融・行政サービス庁」に電子データなどで提出し、概要がネットで公開される。ただ、日本などと違い、支出は報告や公開が義務づけられておらず、欧州評議会や市民団体などが改善を求めている。

実際に行政サービス庁のサイトを試してみた。2014年度以降の国内すべての報告書概要(2022年度は約400)が1カ所で見られ、表計算ソフトで使える形式でダウンロードできる。検索や絞り込み、過年度や他党との比較機能などを備え、公表基準額(2022年度は約30万円)以上の企業・団体の献金先を個別に抜き出すこともできる。メール等で請求すれば、国外からでも、だれでも公開基準額以上の個人献金者の情報まで記載された報告書原本のデータが入手できる。使いやすさは、日本の比ではない。

違法献金、5党の「受諾」暴露で揺れる

だが、そんなスウェーデンも、すべてが「クリーン」かといえば、そんなことはないようだ。

2022年の国政選挙前、テレビ局が衝撃的な報道をした。取材クルーが実業家を装って「50万〜100万クローナ(約700万〜1400万円)の献金を匿名でしたい」という話を、国会に議席を持つ8政党の資金担当者らに持ちかけた。国や地方自治体から助成を受ける場合の匿名献金の上限(当時約3万円)をはるかに超える額だったが、連立政権を組む与党3党や比較第1党の野党社会民主労働党など5党が受け入れの意向を示した。名義貸しを申し出たり、抜け道を教えたりしたという。5党は謝罪に追われ、責任者の一部は解任された。

汚職防止NGO「透明性インターナショナル・スウェーデン」のウルリク・オーシュブド事務局長はいう。「スウェーデンでは政治家の誠実さについてはあまり心配はいらないと思ってきたが、この報道で考え直すことになった。この国の政治家が党の利益のために権力を乱用しかねないと知ったからだ。政府も深刻に受け止めており、昨夏には政党資金の法改正に焦点を当てた国会調査委員会が設置された。来年2月までに結論を出すことになっている」

キャッシュレス経済や政治資金の詳細な公開は、「政治とカネ」の問題を改善する土台になりうる。それでも、政治家に誠実さを求める市民の厳しい目は、いつの時代、どんな社会でも欠かせないのでないか。そんな思いを抱いた。