初夏に訪日する外国人は、空港を出て空気が湿気を帯びているのを感じると、アジアに来たなぁと思うそうです。そして、今年も梅雨シーズンがやってきました。外国人観光客を日本各地へガイドする、通訳案内士の豊嶋操さんよる連載「ニッポン道中膝栗毛」。今回はフィンランドから来た夫婦が食事中に気になった、日本の食卓に欠かせない“あの実”についてのお話です。

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フィンランドの夫妻が気になった、駅弁でよく見る“赤い実”

 フィンランドからお越しのご夫婦とのツアーでは新幹線での移動が何度かあり、その都度駅弁を買って楽しんでいました。2回目の新幹線移動中に、駅弁ランチをご一緒したときのことです。

「この“赤い実”、前回は食べなかったんだけど、どうしていつもごはんの真ん中にあるの?」とご主人から聞かれました。その“赤い実”とは、梅干しのこと。奥様もお箸で持ち上げながら、「ああっ、また白いごはんが赤くなっている! これって大丈夫なの?」と少々不安そうです。そこで、梅干しが梅の実の加工品であることなどをひと通り説明し、ごはんは梅干しの色が移っただけで問題ないことをお伝えしました。

「けっこう酸っぱいですよ」

 最後に私が伝える前に、ご主人がシワの寄った梅をひとくちでパクッ……。すると、ご主人の口の周りも急激にシワシワになってしまいました。ちょっと私の説明が遅かったようです。ごめんなさい。

 口直しに急いでお茶を飲んでいただき、一段落。遅まきながら「なぜ梅はいつもそこに?」の謎をお話しすることになりました。

日の丸弁当は明治末期頃から 強い殺菌効果も重宝される一因

 藤原京の時代に輸入された梅は、古くから愛でる対象とされ、万葉集では120首もの和歌に詠まれています。また、漬け物や酒の材料など、食材としても古くから親しまれてきました。さらに、家紋や順位の指標となる「松竹梅」のひとつとして使われるなど、私たち日本人にとって非常になじみのある果樹といえるでしょう。

 とりわけ梅干しは、日本の食文化に欠かせない保存食です。「梅雨」という言葉に「梅」が使用されていることからもわかる通り、梅は湿度が高い季節の象徴です。その加工品である梅干しとなれば強い殺菌効果を期待され、今もお弁当のど真ん中に鎮座しています。

 白いごはんの上に、赤くて丸い梅干しがのった「日の丸弁当」は、その見た目が日本国旗に似ていたことから名づけられたといわれています。そして、この日の丸弁当は、日本の近代史と深いつながりがありました。

 とてもシンプルな日の丸弁当は、明治末期の日露戦争時の兵糧として採用され、乃木希典(まれすけ)大将が好んだことから人気が出たそうです。その後の第二次世界大戦中には、質素に暮らすという点で奨励されました。なんと駅弁においても、日の丸弁当しか販売許可されない時期があったようです。

 このように兵糧として採用され、国民も多く食べたことから、梅干しの需要が急激にアップ。すると、江戸時代から梅の産地で、国内最大級の梅林を持つ和歌山県日高郡みなべ町で梅栽培が盛んに。のちの「南高梅」誕生につながりました。

 こんな梅のマルチな活躍ぶりをご夫婦に伝えると、「国旗に似ている」あたりがとくに気に入ったようです。後日、日本食の手作り体験をする料理デーでは、ぜひ日の丸弁当を作ってみたいとのリクエストをいただきました。

国旗に近づけるべく、小梅8個をお弁当に

 さて、ツアーの最終日。この日は、数日前にお土産として買ったお弁当箱を使ってお弁当を作り、それをランチにしました。

 梅干しを初めて食べたときに口をすぼめていたご主人が、お弁当箱にごはんを詰めただけの日の丸弁当をご所望です。一応、卵焼きやアスパラガスの肉巻きなど定番のおかずもひと通り用意しましたが、成り行き的にそれらは別皿に用意することにしました。

「なるべく国旗に似るように作りたいし、日本文化における貢献度に敬意を表して赤い丸を大きくするよ」と几帳面なご主人。ごはんの真ん中に赤い小梅を8個も固めて円形に置き、まるで景色の良い海岸で見る夕日を再現したような特大日の丸を作りました。

 確かにとてもよく国旗に似ていましたが、あまりに塩分過多なので「梅は一気に食べないほうが良いですよ」と口を酸っぱくして助言したのは、言うまでもありません。

【参考】
「梅干と日本刀」樋口清之(祥伝者刊)
「日本古典文学大系万葉集二」高木市之助(岩波書店刊)

豊嶋 操