桜や花火のシーズンは、予約を取るのが難しいほど人気を集めている東京湾クルージング。しかし、なかにはシーズンに限らず、訪日外国人観光客で365日大盛況の船があります(荒天時は欠航)。民謡歌手と津軽三味線奏者で盛り上げる、約90分の民謡クルージングです。船内で歌声を披露している、民謡歌手の小池洋子さんにお話を伺いました。

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歌で東北の文化を残したい

 民謡を始めたのは、大人になってからという小池さん。もともと、親族にプロの民謡歌手がいて、子どもの頃から民謡は身近なものでしたが、まったく別の職業に就いていました。

 そんな小池さんに転機が訪れたのは2011年のことでした。東日本大震災をきっかけに「今こそ民謡だ。歌で東北の文化を残していきたい」と思うように。意を決して習い始めると、すぐに稽古漬けになり、津軽三味線も習い始めました。

 その後、赤坂の料亭で演奏をしていたところ、旅行会社にスカウトされ、訪日外国人観光客向けのクルーズ船で演奏をするように。2023年5月から乗船を始めて1年になります。

1日160人定員でも追いつかない状況

――民謡クルーズはどれほど人気なのでしょうか?

「現在、越中島から浅草やお台場に向かう40人乗りの船が、毎日4便出ています。混んでいるときは、船内で衣装に着替える場所を探すのも大変なくらいです。

 1日に最大160人をおもてなしするのですが、それでも需要に追いつかず船が足りていません。まもなく80人乗りの大きな船が導入される予定だそうです。船内で演奏する歌と三味線のチームも8人しかいないので、人手不足ですね」

――どちらの国からのお客様が多いですか?

「以前は中国からが大半でしたが、今はアメリカやヨーロッパなど、世界中からいらしてます。しかし、欧米のお客様のなかには、体が大きくて、屋形船内で向かい合わせに座るテーブル席が窮屈に感じる方も。そのため、現在はみなさんが窓際を向いて座る、掘りごたつ式の席配置となりました」

――文化の違いを感じるエピソードがたくさんありそうですね。

「そうなんです。たとえば、乗船時に脱いだ靴を入れるビニール袋をお渡しするのですが、靴を脱ぐ文化がなく、靴の上からビニール袋を履いてしまう方がいます。そうした方に袋の使い方をお伝えすると、みなさん感心したような表情を見せ、快く靴を脱いでくださいます。

 ほかにも、屋形船の雪見障子が珍しいようで、何度も上下に開け閉めされる方もよく見かけますね。屋形船に乗るのが初めての方は、船なのに和室のような作りになっていることに大変驚かれるようです。

 シャイな日本人は目が合うことを恥ずかしがって、つい伏し目がちになりますが、海外の方は目があった瞬間ににっこり笑ってくれるそうで、ついついこちらも笑顔になります」

アメリカ人のお客様からは意外なリクエストも

――民謡に対する反応はいかがですか?

「中国の方は合の手を入れるのがお上手ですね。歌の途中で『ハイハイ』とか普通に入ってきてくれますよ。アジアの方は楽器に触れてみたいという希望が多いのですが、三味線はとてもデリケートな楽器なので、申し訳ないですがお断りしています。

 また、アメリカ人のお客様からは『十三の砂山』という曲が人気です。日本ではあまり知られていませんが、日系スーパーマーケットの創業者が主人公のドキュメンタリー映画があったらしく、そのテーマソングだったそうです」

――90分間、演奏し続けているのですか?

「往路はすき焼きを召し上がっているので、BGMになるような静かな曲を演奏し、帰りはショータイムとして盛り上げていきます。

 船着き場が混雑しているなどで、時間調整が必要なときは『炭坑節』を流すのですが、これが大ウケします。スタッフに軽く踊ってもらうと、みなさんその後ろについて列になって踊り始め、船上がまるで盆踊り会場のようになります。船が揺れるほど、みなさん大笑いされていますね。

 下船時に、中国のお客様からはよく『北国の春』が聞きたかったなどとリクエストいただくので、アカペラで歌って差し上げることも。ほかにも『ソーラン節』や『花笠音頭』はリクエストが多いです」

 小池さんは、ショーを盛り上げるために鈴や鐘などの小さな楽器を持ち込み、お客様に参加してもらうなど、さまざまな工夫を凝らしているそうです。最近では、中国人のお客様から「あなたは中国で有名ですよ」と声をかけられたのだとか。おそらく、誰かが歌う小池さんの動画をSNSに投稿したのでしょう。

 言葉は通じなくても、音楽の楽しさや美しさは世界共通です。小池さんは今後、世界各地で演奏し、民謡の魅力を伝えていきたいそうです。

日下 千帆