ジャーナリストの大越健介氏(62)が、メインキャスターを務めるテレビ朝日系「報道ステーション」(月〜金曜・後9時54分)で報じるニュースと向き合う様子を描いた著書「ニュースのあとがき」(小学館)が25日に発売される。同番組のメインキャスターに就任して2年半。1985年のNHK入局以来、政治記者時代から信条とする「取材を重ねる」「平たい言葉で伝える」を貫き、同局の“顔”として発信する姿に迫った。(田中 雄己)

 何層にも重なる木材のセットに、和紙や花が配置された重厚感に満ちた空間。慌ただしく動き回るスタッフの傍ら、大越キャスターは照明の熱がまだ残るデスクに座った。「報ステ」放送終了からわずか5分後。「夜遅くに、申し訳ありませんね」。つい先ほどまで全国に語りかけていた語り口と変わらない。穏やかで、丁寧で。日々報じるニュースと同じように“自分事”も紡ぎ始めた。

 「明日ね、午前7時の飛行機で島根県に入ります。衆議院の補欠選挙の告示日で。そういうことが、ほぼ毎日ですね」。隣に座る番組チーフプロデューサーに笑いかけた。思いがけぬジョークで、場が和んだ。厳かな雰囲気に気おされていた私の心を察していたに違いなかった。

 「普段は、このまま帰りますね。気持ちを静めないと眠れないので、それまでは本を読んだり、アルコールの力を借りたりですね。朝は散歩したり、ジムで体を動かしたり。正午のNHKニュースを見て、午後から打ち合わせを重ねていくという感じですかね」

 2021年6月にNHKを定年退職。同10月から「報ステ」のメインキャスターを務め、2年半がたった。それでも「毎日、緊張しますよ」と笑う。

 「15分前にスタジオに入るんですけど、そこでスイッチが入りますね。身支度を整えて、いつものポジションに座ると、やっぱり緊張しますよ。『こんばんは、報道ステーションです』と言うのを忘れるんじゃないか。『難しい言い回しを言えないんじゃないか』とか」

 「緊張」は、「弛緩」していないことの証明でもある。85年の入局以来、政治記者、海外特派員などとして活躍し、10年以降は「ニュースウオッチ9」や「サンデースポーツ2020」でキャスターとしてのキャリアも積んだ。ふんぞり返ってもおかしくない。そんなことを聞くと、少し強い口調で返ってきた。「現場に行かずして、尊大な態度になるようなら、自分はこの仕事をやるべきではない」。直後、我に返ったように、穏やかなトーンに戻った。

 「半分半分なんですよね。自然に現場に行きたい気持ちもあります。自身への戒めと、同時に願望もあって。その半々。だから、ちょっとしんどいけど、現場に行こうとなるのだと思います」

 そこに、大越キャスターの流儀がある。「平たい言葉で伝える」。そのために「取材を重ねる」。その繰り返しで、キャリアを重ねてきた。

 「根幹にあるもの…と言えるほど立派なものじゃないですけど」。照れ笑いを浮かべたが、メガネの奥に見える瞳は鋭さを増した。「物事の本質は、分かれば分かるほどシンプルになっていく。取材を重ねれば重ねるほど、分かりやすく、優しい言葉で伝えられるはずだと思っています。それは、ずっと自分の信念としてあって、報道ステーションのキャスターを務める以前から、もっと言うと、キャスターになる以前から思っていることです」

 午前0時が近づいてきた。翌朝のフライトまであと7時間。睡眠時間は、5時間もないだろう。それでも、現場に足を運ぶことをやめない。

 「現場の空気感を知っているのと知らないのとでは、言葉への魂の宿り方が違うと感じます。災害や戦争、その全部を自分自身が見ることなんて絶対できないし、全ての本質を分かろうとするのはとてもムリですけど」。一拍置いた後、声量が大きくなり、両手を上げた。番組内で熱弁する姿そのものだった。「だけども、現場の空気、肌触りを知っているのは、後々の伝え方で違ってきます。皆さんには、ムリを言って現場に行かせていただいていますけど」

 特別な技術を学んだわけではない。それでも視聴者の目や耳を傾けさせるのは、ジャーナリスト・大越が取材したモノを、そのままキャスター・大越が届けるからだろう。

 2年半、いろいろなことがあった。22年2月からロシアのウクライナ侵攻が起きた。自著「ニュースの―」でも多くのページを割いた。

 「最も『まさか』と思わされた出来事でした。『なぜこんなことが起きるのか』。『戦争で傷つく方は、どういう人たちで、どんな心境なのか』。知らずして、伝えられない」

 侵攻から1か月たたずして、ウクライナと隣接するポーランドに赴いた。戦渦から逃れてきた列車のホームにあふれかえった人。検問所を命からがら歩いてくる人。目の当たりにして、思った。「戦争の一端、肌触りに触れることを選択したことは、正解だった」。その光景が、大越キャスターの言葉を優しく、重くした。

 大越キャスターの確固たる言葉に、質問に詰まる場面があった。それでもニコニコと笑い、たじろぐこちらの問いを待っていた。そういえば、番組放送中もハッキリとした物言いをしたかと思えば、安藤萌々アナらと談笑する一幕もあった。

 「それはね、投手と似ているんですよね。一呼吸置くのも、テンポを早めるのも自分次第。責任を負う代わりにテンポもつくれる。最終走者としてのキャスターの仕事は、投手と似ているなと思いますね」

 東大時代に硬式野球部のエースとして大学日本代表にも選ばれた名投手の顔ものぞかせた。62歳。この先も「積み重ねていくだけ」という。

 「こうなっていたいというモノを全く描かないで、ここまで来まして。格好つけて言うと『まず今日、まず明日』の積み重ねでしかないと思います」。照れ隠しするように、笑いながら続けた。「その場しのぎなんですよ。計画や大望を立てたりするのが、苦手なだけなんですよ」

 別れ際。大越キャスターが、言った。「なかなか、インタビューうまいですね」。まんざらでもない笑みを返してしまったが、大越キャスターが立ち去った後に気づいた。最初のジョークから最後のお世辞まで、取材中もずっとペースを支配されていたことに。内角いっぱいに直球を投げたかと思えば、時折変化球でかわし、餌をまくことも忘れない。まさに、希代の名投手=名キャスターだった。

 ◆大越 健介(おおこし・けんすけ)1961年8月25日、新潟県出身。62歳。新潟高ではエースとして3年夏に県8強。東大硬式野球部でもエースとして活躍し、3年時には大学日本代表に選出。85年にNHK入局。政治部やワシントン支局長などを経て10年3月から5年間「ニュースウオッチ9」メインキャスター。18年から2年間「サンデースポーツ2020」キャスター。その後は報道局記者主幹となり、21年6月30日でNHKを退職。同10月から「報道ステーション」のメインキャスターを務める。