◆陸上 日本選手権1万メートル(3日、静岡・エコパスタジアム)

 来年のパリ五輪日本代表選考会を兼ねて行われ、男子では葛西潤(23)=旭化成=が27分17秒46の日本歴代4位の好記録で優勝した。日本歴代2位の自己ベスト記録(27分12秒53)を持つ太田智樹(26)=トヨタ自動車=が27分20秒94で2位に続いた。

 圧巻は東農大2年の前田和摩(19)。27分21秒52で3位と激走した。日本歴代5位、外国人を含めた日本学生歴代4位の好記録で、田澤廉(23)=トヨタ自動車=が駒大時代の2021年12月にマークした日本人学生最高記録(27分23秒44)と駒大の佐藤圭汰(3年)が昨年12月に記録したU20(20歳未満)日本記録(27分28秒50)をダブルで更新した。

 昨年、前田は1万メートルで28分3秒51、ハーフマラソン(21・0975キロ)1時間1分42秒でいずれもU20日本歴代2位の記録(1万メートルは当時)をマーク。今年1月の第100回箱根駅伝では昨年11月の故障の影響で主要区間ではなく、つなぎ区間の7区に回り、区間13位にとどまったが、その後、完全復調。驚異的な走りを見せた。

 前田の特長は「速い」というよりも「強い」。

 昨年の6月に1万メートルで、10月にハーフマラソンで、U20日本歴代2位(1万メートルは現在4位)のタイムをたたきだした。特筆すべきは、それを記録会ではなく、大事な勝負のレースで出したという事実だ。1万メートルは全日本大学駅伝関東選考会で、ハーフマラソンは箱根駅伝予選会でマーク。しかも、両種目とも初挑戦だった。前田の力走によって東農大は14年ぶりの伊勢路、10年ぶりの箱根路に返り咲いた。

 「持ち味は粘り強さ。圧倒的なスピードはないですが、最後まで押し切ることには自信を持っています」と前田は冷静な表情で語る。この日の日本選手権でも出場選手最年少ながら3位という好結果を残した。しかも、序盤から前方でレースを進める積極的な走りだった。中間点の5000メートルを13分43秒(手元計測)で通過。後半の5000メートルは13分38秒(手元計測)に上げた。13分38秒は、4月にマークしたばかりの5000メートルの自己ベスト記録(13分46秒71)を超え、5000メートルの記録としても学生トップレベルとなる驚異的なペースアップだった。

 昨年11月の全日本大学駅伝では鮮烈な大学駅伝デビューを飾った。2区で区間新記録の区間3位。6人をゴボウ抜き、10位から4位に浮上した。その勝負強い走りを名将、駒大の大八木弘明総監督(65)も絶賛。「前田は強い。本物だ。もっと強くなる。楽しみだ」と高く評価した。

 今年1月の箱根駅伝では1区、あるいは2区の出陣が期待されていたが、全日本大学駅伝の後に故障し、復路の7区に回った。区間13位でチームも22位に終わったが、悔しい経験を糧にして、日本最高峰の舞台で昨年よりもさらに成長した姿を見せた。

 「高校の途中までは箱根駅伝が一番の目標でしたけど、今は、将来、マラソンで五輪や世界選手権の舞台で勝負したい、と思っています。箱根駅伝は目標ではあるけど、ゴールではないと捉えています」。箱根駅伝の前には冷静な表情で熱い思いを明かしていた。

 前田和摩の世界挑戦の日は、確実に近づいていることを、この日の走りで証明した。

 ◆前田 和摩(まえだ・かずま)2005年1月16日、兵庫・西宮市生まれ。19歳。深津中時代はサッカー部でセンターバックとして活躍。兵庫・報徳学園高に入学後、本格的に陸上を始める。3年時の全国高校総体5000メートルで日本人トップの4位。昨年4月、東農大国際食料情報学部食料環境学科に入学。早生まれのため今年12月末までU20記録の対象。177センチ、55キロ。