3月1日、東京・台場エリアにテーマパーク「イマーシブ・フォート東京」がオープンしました。旧ヴィーナスフォートの施設を活用し、イマーシブ(没入)体験を売りにしたテーマパークとして、話題を呼んでいます。

 果たして「完全没入体験」をうたうイマーシブ・テーマパークとはどういったものなのか。そして、従来のテーマパークや舞台、演劇との違いはどこにあるのか。消費トレンドを追いかけ、小売り・サービス業のコンサルティングを30年以上にわたり続けているムガマエ代表の岩崎剛幸が分析していきます。

●ヴィーナスフォートも「非日常感」がウリだった

 筆者は、オープン前日に実施したプレス向け合同取材ツアーに参加し、同施設を体験してきました。イマーシブ・フォート東京は、ショッピングモールとして営業していたヴィーナスフォートが入っていた建物の2〜3階を活用した屋内型のテーマパークです。およそ3万平米という面積は、屋内型テーマパークとして国内最大級の規模です。

 ヴィーナスフォートは1999年8月、台場エリアの青海地区に開業した屋内型の商業施設でした。噴水や街灯、石造りの内装などで中世ヨーロッパの街並みを再現した「非日常感を演出する商業施設」として開業当時は大変な話題となりました。その後は屋内型のアウトレットモールとして営業を続けましたが、同地区の再開発が決定したこともあり、2022年3月に営業を終了。22年間で2億人が来場したといいますから、年間1000万人近い集客があったことになります。今や台場エリアは、一大観光スポットでもあるのです。

●「第2の大手町に」紆余曲折を経て進んだ開発

 台場エリアがある臨海副都心は、都知事が故・鈴木俊一氏だった時代(任期:1979年4月〜95年4月)に「第2の大手町を作ろう」と計画が始まったものです。ただ、その後91年にバブルが崩壊し、95年に都知事へ当選した故・青島幸男氏が、同地区で開催予定だった「世界都市博覧会」の中止を決定し、臨海副都心の開発は一時ストップしました。その後「青海S街区」と呼ばれた東京都所有の土地を森ビルと三井物産に貸与し、10年の暫定利用が決定。徐々に臨海副都心の開発が動き始めました。

 開発では、エリアのシンボルになった「大観覧車」やトヨタの体験型エンタメパーク「メガウェブ」、ライブ会場の「Zepp Tokyo」などを集積した大規模複合施設「パレットタウン」が計画されました。その中で森ビルがオープンしたのが、ヴィーナスフォートです。

 臨海副都心は有明北・有明南・青海・台場の4地区で構成されます。そのうち有明北は都市型住宅、有明南はコンベンションセンターや防災拠点、青海は情報通信関係のオフィスゾーンと商業・居住の複合ゾーン、そして台場は商業・業務複合ゾーンとして開発されてきました。

 東京都港湾局のデータを基に、臨海副都心に来訪した人数を見てみると、フジテレビが台場に移転した97年以降、さまざまな商業施設がオープンするごとに来訪者が増加しています。その後、2012年に「ダイバーシティ東京」がグランドオープンした後、来訪者は5000万人を超え、東京の商業地・観光地としての知名度がさらに高まりました。外国人観光客が増加してきたのもこのころからです。20年から来訪者は落ちたものの、コロナ禍以降は再びにぎわいを取り戻しつつあります。

●いくつものテーマパークを手掛ける「刀」が仕掛け人

 イマーシブ・フォート東京を企画・開発したのは「ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)」を再建したことで知られる、刀(大阪市)です。

 同社は「西武園ゆうえんち」の全面リニューアル(21年5月開業)や、「ハウステンボス」との協業(22年〜)など国内でのテーマパーク施設の協業や運営を行っています。また、同社が発起人となって設立したジャパンエンターテイメント(沖縄県名護市)を通じて、県北部にテーマパーク「JUNGLIA」を25年に開業することを目指しています。

 こうした中で、イマーシブ・フォート東京は従来なかったようなコンセプトで開発した施設です。イマーシブとは「没入感のあるさま」を意味します。他のことが気にならないほどの空間・時間に没入させる演出を表現する言葉として利用しているようです。

 刀は西武園ゆうえんちで「没入型ドラマティック・レストラン 豪華列車はミステリーを乗せて」というコンテンツを企画。イマーシブ形式のエンタメをレストラン内で上演する新たな体験を提供し、連日完売が続く大人気公演に仕立て上げています。このような経験から、今回のイマーシブ・テーマパークには勝算ありと見たのでしょう。

 同社の代表である森岡毅氏は、イマーシブ・フォート東京について「完全没入体験」という表現をしています。オープニングセレモニーでは「完全没入できる12種類のアトラクションと6つの物販・飲食店舗を入れ、テーマパークを超える、完全没入体験型の世界最先端の施設をオープンできた」と語っていました。

 では、イマーシブ・フォート東京の新しさはどこにあるのでしょうか。筆者は、同施設の斬新さは3つの点に集約できると考えます。それは「短期間・低投資で新コンセプトのテーマパークをオープン」「従来型テーマパークとは一線を画したコンセプト」「複数のイマーシブシアターを同時に体験」です。

●短期間・低投資のテーマパーク開発

 ヴィーナスフォートの営業が終了したのが22年3月で、イマーシブ・フォート東京としてオープンしたのが24年3月。わずか2年でまったく異なる施設としてオープンできたのはなぜでしょうか。そのカラクリは、資金調達にあります。

 刀は22年9月、いわゆる「クールジャパン機構」から80億円の資金調達を実施したと発表しました。その他、累計で220億円の調達を行っており、テーマパーク開発に投資する資金のメドをつけています。クールジャパンから資金調達を受けているということは、日本式のテーマパークの世界展開を視野に入れていることも考えられます。

 完全没入体験のためには、施設環境やデザインが、ある程度のクオリティーを伴って強固な世界観を実現している必要があります。その点、ヴィーナスフォートは中世ヨーロッパの街並みを再現した内装を作り上げていました。

 当時、ヴィーナスフォートの内装イメージのお手本になったのは米・ラスベガスの有名ホテル「シーザーズ・パレス」内にあるショッピングモール「フォーラム・ショップス」でした。1990年代、フォーラム・ショップスは非常に集客力があり、売り上げも大きな屋内型モールとして有名でした。

 その内装デザインを手掛けていた米国企業に内装を依頼し、ヴィーナスフォートの代名詞でもある、天井の幻想的な演出も、米国のテーマパーク演出を手掛ける企業と提携。結果として総事業費200億円という大きな投資により生まれたのが、ヴィーナスフォートの世界観です。

 つまり、ヴィーナスフォートの内装は、没入体験をウリにしたいイマーシブ・フォート東京としては十分に利用価値があり、新規投資を極力抑えて利活用できる空間だと判断したわけです。結果的に、建物を取り壊すことなく、新たな施設に転用したことで期間も費用も圧縮できました。ディベロッパーを含めて関係者の負担するコストも削減でき、さまざまな承認を得やすかったことも短期間での開発となった要因ではないかと推察されます。

●観客にも演者にもなれる、十人十色の没入体験

 イマーシブ・フォート東京は、従来のテーマパークとは次の3点が大きな違いであるとアピールしています。

 合同取材ツアーに参加し、確かに従来型のテーマパークと違うことをいくつも実感しました。例えば、従来の舞台は舞台と観客席が分かれており、観客は演者を「見て」楽しむという形式でした。それによって、多くの人たちが同じレベルの感動を同じように味わえるというのが一般的です。しかし、イマーシブ・フォート東京は演者と観客が一体となってストーリーが動いていきます。見る人や、見るタイミングによって感じる内容が異なるという百人百様、個別体験が実現しているのです。

 目玉アトラクションの一つ「ザ・シャーロック」は、2フロア・3000平米の面積を使ったウォークスルー型のイマーシブシアターです。19世紀のロンドンの街並みを舞台に、観客は「いない」存在として扱われたり、街の住民の一人として扱われたり、はたまた演者の一人になることもあります。

 観客は上演時間中、館内を自由に歩き回れます。同タイミングに3カ所以上で各キャラクターの物語が展開しており、酔っ払いがバーでバーテンと話している場面がある一方で、別の場所では事件が起きているなど、見る場面やどの演者を追いかけていくかによってストーリーや感じ方が人によって異なる、というのがイマーシブシアターの魅力なのです。

 「生」の体験を、終了後に友だち同士で語り合えば、それぞれが異なる感想を口にすることになるでしょう。個々で体験価値が異なることで新しい発見があり、それがまた次に来たいと思うきっかけになる――こうした点に、イマーシブシアターの醍醐味があります。

●複数の場所で同時にアトラクションを展開

 イマーシブ・フォート東京の売りは、アトラクションを同じ施設内に複数用意したことにもあります。

 もともとイマーシブシアターは、2012年ごろからロンドンやニューヨークなどで話題を呼び、人気のコンテンツとなっていました。筆者も14年にニューヨークでイマーシブシアターを体験しました。会場は、1939年に作られ、79年にクローズした古いホテルです。ロウワー・マンハッタンのチェルシー地区にあり、夜はひっそりとしている倉庫街のようなエリアで、歩くのをためらう雰囲気がありました。

 数十年にわたって廃墟と化していた同ホテルに目をつけたのが、アミューズメント・シアターをプロデュースする英国の「パンチドランク」というシアター・カンパニーでした。パンチドランクは、舞台となる館の中で、役者たちが数カ所に分かれて一つのサスペンスストーリーにおける異なるシーンを演じ、観客は白い仮面を着けて、 館内を自由に移動しながらそれらのシーンを鑑賞する――という企画を考えたのです。観客はストーリー全体を徐々に把握していきながら、サスペンスの謎を解くというとてもユニークなコンセプトでした。まさにイマーシブ・フォート東京のザ・シャーロックのような内容です。

 そこで上演した、シェークスピアの『マクベス』をモチーフにしたパフォーマンス「Sleep No More/スリープ・ノー・モア」では、観客は入場時に全ての荷物を預け、トランプカードと仮面をもらいます。そして「決して仮面を取ってはならないこと」「口を開くのは許されないこと」と約束をしてからショーが始まるという、初めてかつ斬新な体験でした。

 筆者は数人のグループで行ったのですが、全員バラバラのフロアに振り分けられて、ショーが終わるまで一緒になることはありませんでした。それがまた特別な体験で、完全にこの世界に没入したことを覚えています。

 終わった後に参加した人の口から出てくる感想は、筆者の感想と全く違っていました。見ているシーンが違うので、筆者が見ていないことを他の人が見ているのです。それがまたショー後の盛り上がりにもつながっているように感じました。80ドル(当時のレートで約9000円)という価格は少し高いと感じましたが、見終わった後はとても満足し「これなら安い」と感じたのをよく覚えています。

 当時、会場ではスリープノーモアの1作品のみを毎日上演していました。筆者は楽しんだと同時に「このような作品が他にもいくつかあれば、もっと集客できるだろう」と思いました。1つの作品だけではどうしても客は飽きるからです。しかし、役者を大勢そろえる必要もありますし、広いスペースも必要です。複数のコンテンツを提供するのは難しいだろう、とも思っていました。

 イマーシブ・フォート東京では、同時に複数作品を上演できる広い施設を確保し、もともとあった中世ヨーロッパ風の質の高い内装デザインを活用することで、「本場」を超えるようなイマーシブ体験を可能にしました。

 イマーシブ・フォート東京には現在アトラクションが11個あり「1dayイマーシブ・パス・カジュアル」(12歳以上6800円、12歳未満3000円)では7つを体験できます。なお、先ほど紹介したザ・シャーロックなど一部アトラクションは別途体験パスが必要です。とはいえ、7つのアトラクションを楽しみ、ザ・シャーロックのような凝ったアトラクションを体験してもチケット代は1万円ほどですから、ニューヨークなどの本場と比較してもお得な価格設定といえるのではないでしょうか。

●カギは「飽きさせない体験」

 とはいえ、何度かリピートすれば飽きも出てくるでしょう。森岡氏も話していましたが、定期的に新しいコンテンツを導入し続けるなど、サブリニューアルは必要になるはずです。加えて、従来型のテーマパークやミュージカル、演劇などとは全く異なるコンセプトであることを、いかに多くの人に実際に体験してもらうかもカギです。体験しない限り、イマーシブシアターのおもしろさは分からないからです。

 筆者は、イマーシブ・フォート東京のように、没入感を提供できることこそが、施設や店が集客力を高める条件だ、と確信しています。専門店や百貨店のような小売業でも、飲食店やその他サービス業でも、商品やサービスを提供する空間や演出、売り場や接客などあらゆる要素に磨きをかけて、いかに消費者に没入感を提供できるか。これを実践できる企業は、繁盛していくはずです。イマーシブ・フォート東京には、そのヒントがありました。

(岩崎 剛幸)