東京のJR新橋駅から銀座口を出て銀座方面に徒歩1分。JR線のガード下に、一見おしゃれな感じだという以外は、何も変わった店には見えない「新橋銀座口ガード下 THE 赤提灯(以降「THE 赤提灯」と略す)」という居酒屋がある。この店は、アルバイトで働く従業員を全員、超短期のスキマバイト、スポットワーカーでやりくりしている。つまり、長期のレギュラーで働くアルバイトが1人もいないのだ。それでも、大きなトラブルがなく成り立っている。

 この店を訪れた人は、店員がスポットワーカーばかりだとは思ってもみないだろう。THE 赤提灯は飲食店の常識を覆し、人手不足と働き方改革に一石を投じる、地味にスゴい「全国初」の実験店なのである。

 経営しているのはミナデイン(東京都港区)だ。創業者で代表取締役の大久保伸隆氏は「塚田農場」を経営するエー・ピーカンパニーの事業部長、取締役営業部長、取締役副社長などを歴任して2018年に独立した。アルバイトをやる気にさせる同社独自の取り組みは、テレビ東京系『カンブリア宮殿』『ガイアの夜明け』などで取り上げられて話題になった。

 ミナデインは、地方創生や地域密着、食文化の保全をテーマに、17の飲食に関連する店舗やサービスを運営している。代表店には、新橋の居酒屋「烏森百薬」、虎ノ門ヒルズステーションタワーの和食店「日常茶飯時」といった都心店の他、長野県茅野市にある「道の駅ビーナスライン蓼科湖」にカフェレストラン「たてしな湖畔 エプロンマーク」も展開している。

 同社はTHE 赤提灯のスタッフを、スキマバイト専門のスマホアプリ「Timee(タイミー)」を運営する、タイミー(東京都港区)を通じて調達している。タイミーは17年に、当時、立教大学在学中だった小川嶺氏(現在のCEO)が設立した。

 一般に、アルバイトをするには、履歴書を用意して面接や登録会に出向かなければならない。そのため、なかなかすぐに始められない。一方で、実際に小川氏がアルバイトとして働いて実感したのが、どの業界も人手不足が深刻化していたことだった。そこから、すぐに人手が欲しい事業者と、すぐに働きたい人を結びつける、タイミーのサービスを発想したという。

 タイミーを利用する際、働き手は、働きたい案件を選ぶだけで、応募・面接なしにすぐに働ける。そして、勤務終了後すぐに報酬を受け取れる。一方、事業者は、来てほしい時間や求めるスキルを設定するだけで、条件に合った働き手が自動的にマッチングする。

 タイミーに登録しているワーカーの数は、24年2月に700万人を突破。導入社数も約9万8000社を数えるほどに成長している。

●気鋭の実業家が意気投合 当初は疑問視も多かった

 話を冒頭に戻そう。THE 赤提灯がオープンしたのは、23年5月22日。1階が立ち飲み、2階が座席ありで、総席数は64席で、顧客単価は3000〜4000円だ。

 同店が誕生した背景を、タイミーの松本知世氏(BX部 PRチーム)は次のように話す。

 「もともと当社とミナデイン社には、仕事上の取引がありました。代表同士にも交友があり『アルバイト全員がスキマバイトの店を出してみよう』と意気投合したようです」

 つまり、THE 赤提灯はミナデインの創業社長・大久保氏と、タイミーの創業社長・小川氏が共同で構想した、飲食店で深刻化する人手不足の解決策を探る事業なのである。

 新進気鋭の2人の実業家がチャレンジする、注目のプロジェクトとして始まったTHE 赤提灯だが、当初は疑問視する声も多かった。単発のスポットワーカーが、連日目まぐるしく入れ替わりながら、60席以上もある飲食店を回していくのは無謀ではないか、そんな意見だ。

 しかし、間もなくオープンから1年を迎えようとしているが、特に大きなトラブルがあったとの悪いうわさもなく、粛々と営業している。売り上げも順調だという。

●本来は臨時の「スポットワーカー」を常時、入れ替わりで採用

 一般に飲食店がタイミーを活用するシチュエーションを考えると、レギュラーのアルバイトが何らかの事情で来られなくなったとき、あるいは大きな宴会が入ってレギュラーメンバーだけでは回せないと見込まれる場合などだろう。つまり本当に困ったときの緊急、臨時の助っ人が、スポットワーカーなのである。

 店からすると、上記のようなニーズがあるので、長期のアルバイトは望ましくない。募集したタイミングでは喉から手が出るほど欲しい助っ人でも、極端な話、翌日には、いや、数時間後にはその役目を果たして“不要”になってしまう。だからこそ、超短期のスポットワーカーを求めるのである。

 ところが、THE 赤提灯の場合は、そもそもレギュラーの長期アルバイトがおらず、常時スポットワーカーがシフトに入って営業している。「慣れない人ばかりが集まっても、なかなか戦力にはしにくいのではないのか」、そう感じるが実際はどうなのか。

●メニューのインプットに強弱、採用にも工夫

 「結論からいうと、全く問題ありません。一つの例ですが、当店には『烏森ハイボール』というオリジナルのお酒があります。どこの店にもあるお酒だけでなく、他の店にない特徴的な看板メニューを置くことによって、ドリンクのメニュー表を見たお客さまからの質問が烏森ハイボールに集中するわけです。

 そこで、あらかじめ仕事を始める前の時間に、こうしたいくつかの看板メニューで試食・試飲会を開催して、どういうものなのかを頭に入れてもらっています」(ミナデイン・営業本部 THE 赤提灯店長 上野翔氏)

 つまり、メニュー表づくりの段階で、THE 赤提灯で売りたい特徴的な商品をいくつか決めているわけだ。珍しいメニューであることから、店員への質問は、概ねその看板商品に集中する。スポットワーカーには、仕事を始める前に実際に飲食してもらい、自分の言葉で説明できるように準備しておく。そうすれば、同店のアルバイトとして初心者であっても、比較的スムーズに顧客とのコミュニケーションが取れる。

 OJTの時間では、テーブルの下に番号が打ってあるのだが、配膳ができるようにテーブル番号も覚えてもらう。

 「ずっと突っ立っているだけで、お客さまから遠目に『すみません』と呼ばれているのでは困ります。『ラウンド』というのですが、席を回って、どの席では何を飲んで食べているのかを把握してもらい、空いているお皿があれば下げてもらったり、ドリンクが残り1割になっていたら『お代わりをお持ちしましょうか』と声掛けをしてもらうようにしています」(前出・上野氏)。

 THE 赤提灯では、スポットワーカーには、顧客目線で、自分が顧客としてお店に行った時にしてもらいたいことをするように、心構えの部分を重点的にレクチャーしている。

 その他、初めてシフトに入った人向けの“カンペ”もあり、いつでもスポットワーカーが確認できる仕組みを構築している。

 求人の仕方にも工夫している。タイミーの松本氏は「求人はいくつかのケースに分けて出しており、全くの未経験者だけでなく、経験者も採用するようにしています」と話す。つまり、全くの飲食店未経験の枠もあれば、10回以上の経験がある人が応募できる枠もある。もちろん、THE 赤提灯で何回か働いたことがある、リピーターの枠もある。中には30回以上リピートして働いている人もいる。完全な初心者だけでなく、頼れる経験者も働いているので、安定したオペレーションにつながっているわけだ。

 THE 赤提灯は、メニュー数が結構多い。そこで、同店のウリであり、納品日に朝締めしている新鮮なホルモンを使った「もつ煮込み」や「名物ホルモンミックス焼き」、生のクロマグロを使っている「マグロぶつ」「自家製ツナのマカロニサラダ」といったメニューは、しっかりとスポットワーカーに特徴を把握してもらっている。それ以外の、比較的出数が少ないメニューに対する質問は、全て店長の上野氏につなぐ非常に割り切ったオペレーションをとっている。

 スポットワーカーにできることには、通常のアルバイト以上に限界がある。それ以上を求めず、リピーターにならできること、社員でやるべきことなどをキッチリ区別することも重要なのだ。例えば、厨房は社員が入って回しているので、スキマバイトはホールでの接客が主たる仕事だ。ドリンクをつくったり、洗い場に入ったり、一部リピーターは料理の盛り付けを担当することもある。

 ちなみにTHE 赤提灯では、社員3人、スキマバイト3〜5人で約60席のお店を回している。

●働き手のキャリアアップにも重要な取り組み

 このように、THE 赤提灯では事前の研修と仕事の整理によって、スポットワーカーを戦力化している。働いている人は、18歳から60代まで年齢や性別もまちまち。学生や主婦だけでなく、最近は社員の副業を認める企業も増えてきたことから、本業を持ちながら働く人も多い。

 飲食店に興味を持っていながら、体験する機会がなかった人にとって、THE 赤提灯は最初の一歩を踏み出す、またとない入口の役割を果たしている。

 飲食店では人手不足に苦しみながらも、長期かつ安価に仕事ができる若い人を雇おうとするから、人が集まらない面もある。デフレと不況で人が余っていて、いくらでも代わりに雇える人がいたころの発想から転換できていないのだ。

 THE 赤提灯の取り組みは、企業視点だけではなく働き手視点でも重要だ。THE 赤提灯でキャリアを積み、初心者のスポットワーカーからステップアップすることで、長期の採用、さらには社員へとキャリアを進め、飲食業界の貴重な人材となっていくことを、タイミーでは期待している。「引き抜きも大歓迎」とうたっているほどだ。

 飲食各店は、安価で働いてくれる日本語もままならないアジア諸国の留学生をアルバイトに雇う前に、日本人が働きやすい環境を整えるべきなのではないか。日本にはまだまだ、飲食店で一度働いてみたい、アルバイトをしたい人材が、チャンスをつかめず眠っている。

 スポットワーカーにも研修を実施し、キャリアアップの機会を与えているTHE 赤提灯の試みが、東京のみならず、全国主要都市に広がっていってほしいと思う。

(長浜淳之介)