「新型コロナウイルスの影響により、毎年当たり前のように実施していた学校行事が2年連続で中止になったし、新潟や能登半島の地震のように、明日何が起こるかは誰にも分かりません。だから僕は、今できることを全力でやることにしました」

 これは、先月筆者が参加した中学校の卒業式で、卒業生代表の一人が発表していた言葉です。

 世界各地で起こる戦争や天災、ウィルスの脅威や環境破壊による気候変動、生成AIの進化……当たり前や常識という概念が非常に脆(もろ)くなっている現在。15歳でも、現状や未来を見据え、自分自身がどう動くべきかを考えて行動していることに、とても感銘を受けました。

 もちろん、子どもによって情報の受け取り方や感じ方は異なりますが、こうした変化を目の当たりにすることが、子どもたちの考え方や行動を効率化させる方向に助長していたり、価値観の形成に影響を与えたりしています。とりわけ生成AIは学校教育や子どもたちに求められる力も変化させつつあることをご存じでしょうか?

 子どもたちの教育環境にどのような変化があるのか。親に求められることとは何か。AI時代に生き残っていく人になるために身につけるべき力とは何か──今回は、子どもたちを取り巻く教育環境の変化から、ユーザー体験を軸に「AI時代に必要な力」を考えていきます。

●義務教育の枠を超える ニーズを捉えた競争に

 今や小学校は、子育て世帯の物件購入や引越しの大きな判断材料となっています。家から学校までの距離はもちろん、先生の評判や中学受験率、ICT教育やグローバル教育にどの程度力をいれているかなど、各校の内情までリサーチする方も少なくないのだとか。

 小学校受験は幼いころから幼児教室に通わせる必要があり、私立小学校の場合は6年間高い授業料を支払ったり、場所によっては公共交通機関を駆使して遠方まで通う必要があったりするため、公立小学校を選ぶ家庭がまだまだ多いのが実態です。

 そうした中で、進学や物件購入に合わせて評判の良い公立小学校の学区内に転居したり、通学区域外の小中学校に通う「学校選択制」を活用して、公立小学校を選択したりする家庭も増えています。

 学校選択制を導入する学校が増えた背景には、いじめによる転校に対応したり、特定の学校に子どもが集中してしまうことを避けたりといった行政側の事情がある一方で、東京23区や大阪府などでは「少しでも質の高い教育を受けさせたい」と思う保護者が制度を利用するケースも増えているそうです。

 文部科学省による調査では、小中学校における2022年度の不登校児童は30万人弱にも上り、前年度から22%以上増加しています(参照:PDF)。この数字は過去最高で、「最低限の教育の質の担保」にも工夫が求められているようです。

 企業が提供する商品やサービスにおいては、これまで単一だったモノの競争環境が激化し、「ユーザー体験」を意識したものづくりが当たり前になってきていますが、学校教育にもその波が押し寄せているのかもしれません。

 筆者の古い記憶を呼び起こすと、公立小中学校では学習指導要領で定められた内容が、全国どこの学校でも等しく実施されてきました。それが義務教育の質の担保であり、長年続いてきた日本の文化・仕組みでもあります。

 一方で、各家庭での教育意識の違いをベースに、インターネットの普及も相まって、学校に求めるものの価値観も加速度的に多様化しています。基本的には無償で義務教育が受けられるとはいえ、子どもや保護者の「ニーズに応える」対応がより学校にも求められているのが実態なのではないでしょうか。

 こうした対応をすでに実施している公立小中学校もあります。

 東京都世田谷区立の小中学校の「ほっとルームせたがYah!」という制度を紹介しましょう。不登校またはその傾向があり、オンラインによる支援を希望する小学生・中学生を対象に、区がタブレットやパソコンを支給し、動画で授業を受けることができるというものです。子どもたちや保護者の悩みも相談できるほか、ほっとルームを学校内の教室以外に設け、学校に少しずついける環境づくりの支援もしているそうです。

 また長崎県長崎市の中学校では、「不確実」「予測困難」ともいわれる次の時代を、自ら考え、生き抜く力をつけるため、生徒の主体性やコミュニケーション能力を重視した授業を実施しているといいます。授業中は生徒同士がアドバイスをし合う時間を大事にしており、漫才をしたり、企業向けに商品開発のプレゼンテーションを行ったりするなど、他者からフィードバックを得て「どう改善していけばよいか」といった考え方を尊重する教育を実践しているそうです。教師はAI教材を活用し、生徒ごとの理解力を把握するよう務め、定期テストは実施せず、単元ごとに学びを振り返る確認テストを実施しているのだとか。

●AI時代、子どもにも求められる「生き残りスキル」の習得

 AIの進化が止まらない昨今、「AIに奪われる仕事/奪われない仕事」をテーマにしたコンテンツが注目されるなど、どんなスキルを身に付ければよいかというテーマは大人にも子どもにも等しく突きつけられています。

 AI活用が特に浸透している分野として、外国語翻訳が挙げられます。

 現時点ですでに精度の高い翻訳や文章生成が可能になっており、外国語教育の場では、大量の英単語を詰め込んで覚えたり、構文や文法を必死に勉強したりする必要はないといわれ始めています。

 大学によっては、英語の読み書き力よりも英会話の能力を測るために、CEFRやTOEICなどの民間試験で代用できるようにしているところもあるようです。

 AIは人間のように、話し方の特徴から人間性を捉え信頼関係につなげたり、小さなジョークに対して同時に笑ったりする力を現時点では持ち合わせていません。言語の壁を超えて異なる考え方を持つ人の意見を聞き、相手の話に共感することや、それを踏まえて自分の主張を伝えることは人間ならではの得意分野であり、磨き続ける必要があります。言語にかかわらず、円滑なコミュニケーション力が求められているともいえるでしょう。

 また、生成AIの進化により多様なサービスやコンテンツを生み出すスピードが飛躍的に加速しています。企業が展開する新たなサービスやプロダクトだけでなく、個人のクリエイターが発信するコンテンツも含め、新しいものがどんどん当たり前になっていく世の中で、どういった力や経験が求められるでしょうか。

 まず挙げられるのは、新しいもの自体に興味を持ち、変化を楽しむ力です。次々と生まれる新たな流行に対し、うっかり「どうせすぐに廃れるんだから」と否定的な意見を言っていませんか?

 「元来、人間は大きな変化を嫌う生き物である」というのは有名な話です。

 人間には「恒常性ホルモン」が存在し、寒い場所に行けば、36度台の体温を保つために無意識のうちに体を震わせて体温を上げようと反応します。逆に、運動をして体温が上がれば、それを下げるために汗を出して体温をコントロールしようとします。季節の変わり目に風邪を引きやすかったり、結婚や出産、昇進といった嬉しいできごとであっても大きな変化によって体調を崩しやすくなったりするのも、この恒常性ホルモンによるものだと考えられています。

 例えば、iPhoneのブラウザアプリSafariを思い出してみましょう。それまで画面最上部にあったURL入力欄が最下部に移動し、使い慣れていた状態から変化したとき「何でこんな改悪を!」と思った記憶はありませんか? こういった変化も「悪いもの」と捉えるのではなく、何でそうしたのだろう? と考えてみることが変化へ順応する第一歩になるでしょう。

 大人が新しいものを発見することに敏感になり、子どもに「これ知ってる?」と問いかけてみたり、「そんなものがあるんだ」と関心を示してみたりなど、ちょっとした会話をすることで、子どもも新しい変化に興味を示すようになります。家庭でのちょっとした会話が子どもの興味関心のアンテナを広げる第一歩になるかもしれせん。

 そして、自分の好きな物事をとことん突き詰め、他の誰よりも詳しくなる経験も、ますます重要になっていくともいわれています。

 1つのことを突き詰めた自信は、不確実な世の中で変化に左右されない軸を持つことにつながります。ゲームでも遊びでも「とことんやり込みたい」と感じるものを見つけることが大事ですし、今はなくてもなかなか見つからないと焦らず、いろいろなものごとに触れるきっかけをつくることを意識してみるとよいでしょう。

●小さな変化を楽しむ

 一方で、ずっと同じ状態が続いてしまうと飽きてしまい、新しいものや刺激を求めるのもまた人間の本能。以前この連載でも紹介しましたが、人間が嫌うのは「大きな」変化であり、少しずつ変化していくことはむしろ好まれるようです。

 ここ最近のAIによる進化は、今後起こるであろう進化に比べれば「小さい」変化なのかもしれません。大事なのは、起こる変化の幅が大きくなっていることを受け入れ、その変化とどう付き合っていくか、自分の取るべき行動をその都度、臨機応変に考えられる力なのではないでしょうか。

 偉そうに未来の生き方を語ってしまいましたが、この考え方に新しさは全くありません。ただ先人の教えから思ったことを書いているだけです。進化の父、ダーウィンはこう残しています。「生き残るのは、最も強い種でも、最も賢い種でもなく、環境の変化に最も敏感に対応できる種なのです」

●著者紹介:秋野比彩美

株式会社グッドパッチ UXデザイナー。ヤフーでUIデザイナーとしてキャリアをスタートし、トップページの事業責任者を経験した後、大手通信企業のグループ会社でUXデザイナー兼組織マネージャーとして、クオリティー管理、UXデザイナーの採用と育成に取り組む。グッドパッチにUXデザイナーとして入社後は、インサイトリサーチ、ユーザーリサーチ領域をリードしている。趣味は飼っているうさぎを愛でながら、ビールを飲むこと。