富士通のモバイル(携帯電話)端末事業を分社して発足したFCNT(旧富士通コネクテッドテクノロジーズ)。「arrows」「らくらくスマートフォン」ブランドのスマートフォンを世に送り出していた同社は2023年5月30日、親会社のREINOWAホールディングス、兄弟会社のジャパン・イーエム・ソリューションズ(JEMS)と共に東京地方裁判所に民事再生手続きの開始を申請して経営破綻した。

 arrowsとらくらくスマートフォンはどうなってしまうのか――そんな心配が頭をよぎった。

 最終的に、FCNT(旧社)のプロダクト(モバイル端末)事業とサービス事業は中国Lenovoが全額出資するFCNT合同会社(新社)に継承され、同年10月1日から事業を開始した。旧社が製造したモバイル端末については、新社が引き続きサポートを行うことになった(※1)。

(※1)通信事業者(楽天モバイルおよびMVNOを除く)が発売した端末については、通信事業者を通してサポートを提供。なお、既存のSIMフリー端末(楽天モバイル/MVNO向け端末を含む)は、法人向けの一部モデルを除きサポートを終了している

 Lenovoグループの一員となった“新生”FCNTは今後、どのように事業を展開していくのだろうか。桑山泰明副社長と、外谷一磨氏(プロダクトビジネス本部 チーフプロフェッショナル)から話を聞いた。

●まず「企業運営体制の構築」「端末サポート再開」を優先

―― FCNTがLenovoグループ入りすることに驚いた次第です。いろいろ伺いたいことはあるのですが、2023年10月1日に新社が事業開始してから、どのような状況だったのでしょうか。

桑山氏 (旧社が)民事再生ということになってしまったので、企業として再スタートするに当たって、まず“日常の営み”を送れるようにする準備を進めてきました。

 (新社は)Lenovoグループの業務システムに順次統合することになります。それに当たってのロードマップの策定を進めました。「オフィスでしっかりと仕事ができる」という基本の構築作業ですね。

 それと並行して、新生FCNTとしてキャリア(モバイル通信事業者)やパートナー企業に対する営業活動も再開しています。

―― 営業活動を再開したということは、新しい端末をリリースする見込みが立っているということでしょうか。

桑山氏 それをしなければ、会社として成り立ちませんからね。

外谷氏 事業の再開に向けて、(キャリアやパートナー企業に対して)まず既存端末のサポートを再開することを説明しました。そうでなければ、いくら新しい端末を提案しても意味がありませんし、安心いただくこともできません。

 (新社の)発足当日から、サポートの再開に向けてアクセルを全開で回しました。

―― サポートに関連して、端末の修理は兄弟会社のJEMS(※2)に委託していたかと思うのですが、新社では自社で行うのでしょうか。

桑山氏 自社内で新たにサポート部門を立ち上げました。短時間での立ち上げだったので苦労しましたが、外谷の言う通りサポートの再開は、新生FCNTとして行う“初めての”大事な仕事なので、最優先で取り組みました。

(※2)旧JEMSにはスポンサーとしてエンデバー・ユナイテッド(東京都千代田区)が付き、受け皿会社「エンデバー・ユナイテッド・パートナーズ29(EUP29)」を通して旧JEMSから事業を引き継いだ。事業継承後、EUP29は社名を「ジャパン・イーエム・ソリューションズ」と改めている(新JEMS)

●Lenovoグループになって変化はある?

―― まだ新社の発足からそれほど時間は経過していませんが、Lenovoグループに入ったことで変化はあったのでしょうか。

桑山氏 従業員にはグローバル企業の一員となったことに対する「期待」と「戸惑い」が入り交じっている状況だと思います。ポジティブな面は、会社としてきちんと実現できるようにサポートしていきます。

 一方で、ネガティブ面は理解不足や情報伝達の問題でもたらされている面が多いようです。従業員とコミュニケーションを丁寧に取り、「これからのFCNTにとって、新体制はプラスに働くという」ということを伝えることで、不安の払拭に努めていきます。

外谷氏 (新社の)従業員数は旧社の半分程度にまで減っています。1人当たりの仕事量という観点では負担は増えているかもしれませんが、1人1人が今まで以上に前向きに仕事に取り組めていると考えています。

 旧社では新規事業の開拓に注力していたこともあり、スマートフォンのことばかり考えているわけには行かない面もありました。新社に出資しているLenovoは傘下にMotorola Mobilty(モトローラ・モビリティ)という端末メーカーを持っていることもあって、モバイル端末事業について深く理解をしているので、(企業や会社の方向性について)話がしやすい面もあります。なので、やりがいを持って仕事を進めていけると思います。

―― スマートフォン作りに集中できる体制になったと。

外谷氏 そうですね。新社は旧社からプロダクト事業とサービス事業を承継して発足しました。ユーザーの皆さんにどのような価値を提供できるのか、両事業の側面から考えることに集中できる体制になったといえます。

 今後、お客さまに示すメッセージや価値、そして従業員の考え方も変わっていくのかなと考えています。

●Lenovoは「arrows」と「らくらくスマートフォン」に興味あり

桑山氏 LenovoにはNECPC(NECパーソナルコンピュータ)やFCCL(富士通クライアントコンピューティング)、Motorola Mobilityなど、同業企業の買収や合弁化について多くのノウハウを有しています。また、その企業が元々持っている“強み”を生かしつつ、それを一層強化していく戦略を取っています。

 今回、LenovoがFCNT(旧社)の事業を承継することになったのは、arrowsやらくらく(らくらくスマートフォン)という製品自体の魅力と、その技術力を認めたからです。Lenovoからは「今後もFCNTの製品をもっと磨き上げなさい」という指示を受けています。

●Motorolaとはどうすみ分ける?

―― LenovoグループにはMotorola Mobiltyというモバイル端末メーカーがあり、日本でも子会社のモトローラ・モビリティ・ジャパンを通して事業を展開しています。ある意味でFCNTの「兄弟」でありつつも「ライバル」という間柄となりそうですが、グループ内でどのようにすみ分けていくのでしょうか。

桑山氏 基本的には商品もブランドも完全に分けて展開する方針です。先ほどあったように、当社はarrowsとらくらくの特徴を生かして伸ばす戦略を取る一方で、モトローラは「motoシリーズ」の中で日本市場に合致する製品を投入していくという考え方です。

―― 簡単にいうと「米国発の端末はモトローラで、日本発の端末はFCNTで」といった感じでしょうか。

桑山氏 その通りです。FCNTは国産メーカーとして活動をします。資本的にLenovo傘下になったというだけです。

●端末を“どこで”製造する?

―― 旧社では、一部の端末製造をJEMSに委託していたかと思います。一方で、Lenovoグループには中国を中心として複数の国/地域に生産拠点があります。旧社では旧JEMSで製造した端末を「Made in Japan(日本国内製造)」だと強力にアピールしていましたが、新社の端末はどこで製造するのでしょうか。

桑山氏 せっかくLenovoの傘下に入ったので、Motorola Mobiltyを含むLenovoグループの生産リソースを生かさない手はありません。作る工場は“どこ”あるいは“どの国”というよりは、arrowsやらくらくの生産に最も適しているかという観点で選びたいと考えています。

 どこで作るとしても、今までと変わらない品質を維持するためにFCNTのエンジニアが独自の機構や機能を維持できるようにサポートします。

―― 考え方としては、LenovoのノートPC「ThinkPad」と同じということでしょうか。ThinkPadは日本(※3)で開発を行う一方で、中国にある工場での生産を中心としつつ、モデルや構成によっては日本(※4)を含む他国の工場でも生産しているかと思いますが。

(※3)ThinkPadの研究/開発は、レノボ・ジャパンの「大和研究所」(横浜市西区)で行われている。本研究所は日本アイ・ビー・エム(日本IBM)の「大和事業所」が起源……なのだが、FCNTの本社は日本IBM大和事業所の跡地に所在している。これは旧社の頃からで、たまたまである(※4)ThinkPadの一部モデル/構成はNECPCの米沢事業所(山形県米沢市)で生産されている

桑山氏 その通りです。

―― Motorola Mobiltyとは独立した開発体制を取るということですが、部材の共通化、あるいは共同調達は行う予定でしょうか。

桑山氏 Lenovoグループになった最大のメリットがそこだと思っています。サプライチェーンの共通化に、よって抑えられるコストはしっかり抑えていきたいです。

 ただ、商品のコンセプトやターゲットユーザーが異なるように、Motorola MobilityとFCNTでは、似た部品や同じ機能を持つ部品でも、作り方や性能要件が異なります。グローバルサプライチェーンの中で、arrowsやらくらく製品の基準に合う部品を作っていくということになるので、結果的には(Motorolaブランドの製品とは)異なるものが登場することになります。

●新しい端末も準備中 ハイエンドなどは「次のステップ」に

―― 冒頭で「営業活動を再開した」と言っていましたが、ということは新しい端末も準備中かと思われます。これは旧社が策定したロードマップを踏襲しているのでしょうか。それとも、Lenovoグループとなったことで全く新しいロードマップを作ったのでしょうか。

桑山氏 直近は今まで(旧社)のロードマップを引き継ぐ形で、端末の企画と開発を行います。「しっかりと商品が提供できる」という足場が固まった所で、ハイエンドを始めとする、従来のFCNTになかったり弱かったりした分野(端末)にもチャレンジしていきたいと思います。

―― ということは、当面は「arrows N」や「arrows We」の後継モデルに注力するということでしょうか。

外谷氏 特にarrows Weの後継機は(早期に)出せればと考えています。arrows Nの後継機についても、日本の携帯電話市場のトレンドを考慮しつつ、今までのポートフォリオの範囲内で“ど真ん中”、ユーザーニーズに合った端末にしていきたいと思っています。

 最近はハイエンド端末の価格が高騰しています。今までハイエンド端末を使っていた人が次もハイエンド端末を買うのかというと、価格面でためらうことも珍しくありません。翻ってローエンド端末を使っている人も、次に買う時にローエンド端末で満足するかというとそうとも限りません。このような隙間にピタッとはまる端末を出したいなと。

 日本市場は(低価格端末であっても)品質に対する要求が高いので、価格面でのバランスを取りつつ、「お、arrowsやるな!」というものを出す準備をしています。ハイエンドを出すフェーズになったら「ハイエンドだけど手に取りやすくて使いやすい」という端末は作りたいですね。

 FCNTといえば、高齢者層を中心に広い支持を集める「らくらくスマートフォン」が存在する。Lenovoもこのシリーズを“買って”事業継承を決めたようだが、今後どのように進化していくのだろうか。

●「らくらくスマートフォン」はどうする?

―― 先ほど、らくらくスマートフォンの話も出ましたが、製品としての特徴も相まって“変わり映えのしないスマホ”と思われている面も否定できません。最近は子ども世代が自分で使い方を教えられるiPhoneを使わせるという話もあります。今後、らくらくスマートフォンはどのように進化させていくのでしょうか。

外谷氏 実はらくらくスマートフォンには、すごく難しい面があります。というのも、らくらくスマートフォンのユーザーにアンケートを取ると「スマートフォンを変えたくない」と考える方が少なからずいらっしゃる≫からです。この「変えたくない」は、ずっと同じものを使い続けたいというよりも、スマホの使い方、使い勝手を変えてほしくないという意味が強いようです。

 もちろん技術は進化するもので、それに伴い変わっていく使い勝手もあります。端末の企画や開発をする人間の目線から考えると、新技術への適用よりも、実は多くのユーザーがらくらくスマートフォンに求める使い勝手を“変えない”ことの方が、企画/開発的なカロリーが高い(≒難しい)のです。それでも、らくらくスマートフォンの中核にある価値観や操作性は“変えない”ように努力を重ねていきたいと思っています。

 一方で、この“変えない”ことによって「スマホの使い方を回りから教えてもらえない」という事象が発生していることも事実です。そこはマニュアルやパンフレットの充実でカバーできればと思っています。さらにユーザーの裾野を広げるために、他のスマホとらくらくスマートフォンの価値を“融合”する方法も模索していきたいと思います。

―― シニア層向けの端末という観点では、最近は京セラやシャープもシニア向け端末をリリースしています。ライバルにない、らくらくスマートフォンならではの“武器”はありますか。

外谷氏 やはり「らくらくタッチパネル」ですね。スマホに不慣れな人は、タッチ操作にも慣れていないことがあります。そこで画面をタップした際に、指先にフィードバックを行うことでボタンを押すような感触を得られます。

 この機能はスマホに慣れている人にはかえって使いづらいのですが、特に「らくらくホン」を含むフィーチャーフォンから乗り換える方や、スマホの操作に不慣れな高齢層のお客さまからは使いやすいと評価されています。UI(ユーザーインタフェース)を含めた総合的な使い勝手や、ハードとソフト両面におけるユニバーサルデザインの実現という観点においても、高い優位性を持つと自負しています。

●Qualcomm以外のプロセッサも視野に

―― 先ほど「ハイエンドだけど手に取りやすくて使いやすい」という観点では、最近はMediaTekのSoC(System on a Chip)を採用するスマホが増えており、日本メーカーでも採用例があります。FCNTでもMediaTek製SoCを採用したスマホを発売する可能性はあるのでしょうか。

外谷氏 ここ数年のFCNT、はQualcomm“一本”体制で端末を開発してきました。一方で、LenovoグループはQualcommはもちろん、MediaTekなど他のSoCメーカーとも取引をしています。

 現時点で決まった話はありませんが、採用できるSoCのポートフォリオは広がったと考えています。端末のレンジに合わせて使い分けるということもあり得ます。

●元兄弟会社であるFCCLとの取り組みは? タブレット端末はどうする?

―― 今回の事業継承によって、偶然ではありますが元兄弟会社のFCCLと同じLenovoグループに入りました。同じグループの企業として、事業面でFCCLと連携することもあるのでしょうか。

桑山氏 直近では具体的な話はありません。ただ、元をたどるとルーツは同じ会社ですので、何か一緒にできることがあればぜひ取り組みたいと思っています。

―― FCCLの話をしていて思い出したのですが、arrowsブランドのタブレット端末「arrows Tab」の新モデルがしばらく出ていません。新生FCNTとして、タブレット端末はどう考えていますか。

桑山氏 現状で詳細な商品化プランはありませんが、今後取り組んでいきたい分野の1つではあります。arrows Tabに関しては「新しいの、出ないの?」いう声もちらほら頂いているので、前向きに検討しています。

外谷氏 NTTドコモ向けに供給した「arrows Tab F-02K」以来、FCNTとして新型タブレットを投入していません。発売から6年経過し、2024年8月末をもってサポートも終了予定ではあるのですが、「今でも大切に使っています」という声を頂きます。arrows Tabを期待する声には、何らかの形で応えたいと思います。

 FCNTといえば大手キャリア、特にNTTドコモ向けに多くの端末を供給してきた。一方で、主にMVNO向けにメーカーブランド製品(SIMフリー端末)も提供してきたものの、個人向けモデルは2019年の「arrows M05」を最後にリリースされていない。端末の“供給(販売)先”はどのように考えているのだろうか。

●端末の供給(販売)先はどうする?

―― ここ数年のFCNTは、au(KDDI/沖縄セルラー電話)やソフトバンクからも発売されたarrows Weを除き、NTTドコモへの端末供給に注力していたかと思います。メーカーブランド端末も含めて、新生FCNTとして端末の供給先はどのように考えていますか。

桑山氏 歴史的な背景もあり、ドコモは大変重要なパートナーであることに変わりありません。しかし、だからといってドコモ1社にのみ端末を供給することもありません。各キャリアとしっかり関係を構築して、より多くのお客さまに自社の端末を使っていただけるように取り組みます。

 そういう意味でも、エンドユーザーだけでなく、各キャリア(の端末/製品担当者)に興味を持って頂けるような製品を開発していかなければなと思います。

外谷氏 今後の市場背景を踏まえると、製品は単に送り出すだけでなく、環境への配慮など、「社会に対して責任のある製品」であることを追求していく必要があると考えています。「arrows N」では、ドコモと組んで「エシカルなスマホ」を訴求しましたが、このような取り組みはいろいろな企業と一緒にやってこそ、より広がりを持ちます。

 ドコモを含む多くのキャリアと共に、社会に対して責任のあるスマホを送り出していきたいと考えています。

―― メーカーブランド端末はどうですか。

外谷氏 キャリア向け端末に注力していたこともあり、SIMフリー端末は手薄になっていた面があります。arrowsやらくらくスマートフォンの良さをより知ってもらう手段として、≪SIMフリー端末にもしっかり取り組んでいきたいと考えています。

●arrowsやらくらくスマートフォンは「海外でも受け入れられる」

―― Lenovoグループに入ったことで、端末事業の海外展開は視野に入れているのでしょうか。

桑山氏 現状から「次の次」になるかもしれませんが、検討は進めています。というのも、arrowsやらくらくが日本人にしか受けないということはないと考えているからです。

 Lenovoグループに入った後、Lenovoグループの幹部にarrowsやらくらくを紹介すると思った以上に受けが良く、「これ、国外に持っていかないの?(海外で販売しないの?)」という提案を逆にされることもあります。スケール(規模)も狙う上では、日本国内に閉じているわけにも行きませんので、しっかりと考えていきます。

 特にらくらくスマートフォンは本当に好評で「UIを全部英語にして1台用意してくれ」とお願いされたくらいです。実際に使ってみないと、良さが分からないという面もあるからだと思います。

 Lenovoグループとなった新生FCNTは、着実に再生の道を歩んでいるようだ。2024年夏に向けて、新端末は出るのか――いちarrowsファンとして、楽しみに待ちたい。