2021年に開発者にインタビューした、ソニーの着るクーラーこと「REON POCKET」。すでに認知度も高まっているので詳しい説明は省くが、背中に装着することで冷気・暖気を感じさせ、涼しさ・暖かさを得るというウェアラブルデバイスだ。

 2020年にクラウドファンディングで登場すると、一気にヒット商品になっていったわけだが、例年この時期に新モデルが出る。本連載でも「3」、「4」とその進化点に着目してきた。

 そしてまた今年、4月23日に「REON POCKET5」が販売開始となった。形状がほとんど変わらないのに毎年毎年それほど進化点があるのかと思われるかもしれないが、どこも手掛けていない分野だけにやれることがまだまだあるようだ。今回もサンプルをお送りいただいたので、実機を比較しながら進化点をチェックしてみたい。

 REON POCKETは、バッテリー持続時間が初期モデルからの課題で、日常使いの場合、途中で継ぎ足し充電や、モバイルバッテリーを併用しなければならなかった。

 そこで前作「4」のときにバッテリー容量を2倍に増強し、連続使用時間は「レベル1」で9時間、「レベル4」で4時間を達成。節約すれば仕事中はほぼ動作できるぐらいまでになっていた。

 今回の「5」ではバッテリー容量はそのままで、さらに吸熱性能が従来比1.5倍、駆動時間1.8倍となっている。冷却モードはもう一段階積み増して「レベル5」までとなり、駆動時間は4時間。「レベル4」なら7.5時間、「レベル1」なら17時間となり、無理に節約しなくても問題なく1日使えるだろう。

 同一バッテリーでそんなに効率を上げられたのには、当然理由がある。

●進化ポイントをチェック

 REON POCKET 5は、本体とネックバンドのセットと、ウェアラブルセンシングデバイス「REON POCKET TAG」を同梱したキットの2タイプがある。価格は公式サイトでそれぞれ1万7600円と1万9800円となっている。

 REON POCKET TAGは「4」のときに登場したアクセサリーで、クールとウォームの自動モード切り替えや、ウォームモードの自動温度調整に利用できる。これも昨年爆売れしたが、単体で買うと3850円なので、今回の同梱キットの方がお得である。また持ち運び用の専用ケースも3300円で販売されている。

 エアロフローパーツも変更になっている。前回は襟が高い服を着た際の排気用に、長い筒状のダクトを同梱していたが、今回はロングとショートの2タイプが付属する。ロングタイプは先端がカーブしており、外向けに排気されるようになった。従来はストレートだったので、排気が後頭部に当たって熱い/寒いという問題もあったようだ。これが解決できるのと、このカーブ部分が襟にかかることで、本体が滑って服の中に潜ってしまわないというメリットもある。

 本体の外観は、アクセサリーの都合もあるので外寸は同じだが、吸気部分のベロが短くなっており、服の吸い込み・張り付きがより軽減されている。このためソニーロゴは、上面に移動している。

 内部構造としては、まず使用するペルチェ素子を再設計し、厚みとしては1mm厚くなっている。たかが1mmではあるが、この厚み増でペルチェ素子の反対側や回路部の熱が冷却側に回り込む「あおり熱」の影響を軽減している。

 そして今回最大の改善点は、冷却ファンだ。これまでは汎用品を組み込んでいたが、冷却ファンのメーカーが変更され、専用設計品を搭載した。これにより回転数を上げなくても風量が出るため、電力効率が劇的に改善した。電力効率1.8倍の秘密は、ほぼここだという。

 また流体軸受けを採用したことで、ファン音も静かになった。これまで少人数の会議や静かなオフィスでは、ファン音が気になるという声もあったという。

●働く人を快適にするビジネス

 そもそもREON POCKETは、考案者の伊藤健二氏がソニーのビジネスの中で上海出張中に、屋外の暑さとオフィスビルやホテル内の寒さの差が社会的な問題だと考え、それを個人レベルで解決するものとして商品企画したものである。中と外を行き来するビジネスマンへ向けて、という視点がある。

 このことから、ビジネスマンが個人で買うというケースが多いが、工場や流通倉庫といった現場で一括大量導入というケースもあった。ただそれは、そこで働く人達がみんなREON POCKETを装着すれば良いというところがゴールではない。館内空調の温度設定やエアフローといった総合的な環境管理がなされて、みんなが快適になることがゴールなはずだ。導入企業側からも、倉庫内で温度センシングができないかという話もあった。

 REON POCKET 4の時の登場したREON POCKET TAGは、実は将来的にこうしたビジネスにつなげるための種まきであったという。じつはこのタグには温度センサーだけでなく、湿度センサー、加速度センサー、照度センサーも内蔵されている。温度、湿度、照度、振動、行動パターンが取れるのだ。こうした高性能タグをコンシューマー向けとして設計し、市場で爆売れしたため、導入コストが劇的に下がった。

 このタグを人に付けるだけでなく、工場や倉庫内のあちこちに取り付け、環境情報を取得。その大量のデータを分析することで、施設内の最適なエアフローを設計できるようになる。これまでも大企業では大掛かりな観測設備を導入して計測はされていたが、短期間の一時的なデータしか取れなかった。だがREON POCKET TAGのように安価で小型なセンサーなら、1年2年といった長期データが取れる。つまり四季それぞれの環境変化もデータが取れるわけだ。

 こうしたビジネスソリューションを展開するため23年、REON POCKETチームはソニーから分かれて別会社の「ソニーサーモテクノロジー株式会社」を設立、24年4月にソニーから正式に事業承継され、ビジネスを開始した。REON POCKET 5のリリースに先だって、「REON BIZ」の展開をスタートさせている。製品自体はこれまで通りソニーブランドから提供される。

 こうした大規模データ分析や環境マネジメントといったシステム開発に関しては、他社との連携が必須となる。当然共同での実験や研究も必要となるわけだが、フットワーク軽く動くためには、ソニー本体から出た方がやりやすいという事情もあったようだ。

●「マクロ気温」へ依存しない快適さへ

 今年の春は全国的に天候が不順で、春先に急に気温が下がったことで桜の開花が遅れたり、農作物の育成に影響が出たりしている。自然界だけでなく、都市に暮らす人間にとっても、過酷な環境になりつつある。

 現在天候や気温情報は、東京23区別に情報が出てきたりするが、地域ザックリの「マクロ温度」は、人間一人一人の行動や居場所に対してはあまり参考にならない。22度で快適といわれても、ひなたを長く歩けば暑くなるし、日陰のプラットホームでは寒くて居られない。

 特に今ごろの季節の変わり目は、羽織るものを1枚持っていった方がいいのか悩むことも多い。いざジャケットを羽織っていくと暑くて脱ぐことになり、ずーっとジャケットを小脇に抱えて動き回ることになる。

 REON POCKETは夏冬のデバイスだと思われているが、実際にはこうした季節の変わり目にも大活躍する。ジャケットの代わりにこれ1つあれば、暑くても寒くても自動対応できるのだ。これには各個人が温度センサーを身につけており、「ミクロ温度」を計測しているからできることだ。天気予報を見ても最終的には勘に頼るという時代は、終わったのである。

 反対にREON POCKETのビジネスは、温度の問題を個人ベースでどうにかするという「ミクロ温度」から、センサーを大量に設置して環境全体をコントロールしていくという「マクロ温度」ビジネスへと展開していく。現在は工場や倉庫といった企業ベースだが、やがては巨大ショッピングモール全体や広大な駅地下街といった、「街」と言っても過言ではない規模の公共スペースでも使われていく技術である。

 まずはコンシューマーで大量に売り、のちにプロ市場に展開するという方法論は、ソニーの「α」と同じである。かつてビデオカメラは、プロ機の技術を降ろしてきてコンシューマーで展開するものだったが、デジタルカメラでは逆流が起こった。開発者の伊藤健二氏は2006年からビデオカメラの設計を手掛けてきた経歴があり、やがてプロ動画市場がαに席巻されていくという、逆流のパワーを身を以て体験してきた。

 その経験が、REON POCKETの中に生かされたということだろう。世の中を変えるイノベーションは、こうした転んでもただでは起き上がらない人の上で成り立っている。