5月14日に93歳で亡くなった作曲家でタレントのキダ・タローさん。数多くのテレビ・ラジオ番組のテーマ曲やCM曲を手がけ「浪花のモーツァルト」と呼ばれた天才の功績について、シンガーソングライター・音楽評論家の中将タカノリと、シンガーソングライター・TikTokerの橋本菜津美が、ラジオ番組で考察しました。

※ラジオ関西『中将タカノリ・橋本菜津美の昭和卍パラダイス』2024年5月31日放送回より

【中将タカノリ(以下「中将」)】 最近、昭和を彩ったスターの方たちが相次いで亡くなっていますが、キダ・タローさんの訃報には驚きました。

【橋本菜津美(以下「橋本」)】 つい最近までテレビでお見かけしていたので、突然でしたね……。私の世代でもキダさんが作られた曲はたくさん知られていると思います。生涯でどれくらいの曲を作られたんでしょうね?

【中将】 公称5000曲ですが、実態としてはご本人もよく覚えておられなかったんだと思います(笑)。70年以上前から作曲活動されているし、今ほど正確に記録もされていないだろうし。“数えきれないほど”というのが、リスナーの我々にとっては一番しっくりくる表現かもしれません。今回はそんな数えきれないキダさんの楽曲をいろいろご紹介していきたいと思います。まずは、デューク・エイセスで『かに道楽の歌』。

【橋本】 絶対みんなが知ってる曲ですよね。キダさんの曲はCMソングが多いですが、キャッチーさというか、宣伝しているものとのひも付き方がすごいですよね。聴いたらすぐ何のCMだったかわかってしまいます。独特の関西っぽさもありますが、キダさんはどちらのご出身でしょうか?

【中将】 兵庫県宝塚市のご出身ですね。中学校から関西学院に通われて、大学は中退されています。関学中退と言うのは僕と同じですね(笑)。

【橋本】 やっぱり生粋の関西人なんですね。宝塚市は私の地元・川西市のお隣なので親近感がわきます。

【中将】 ですが、キダさんが関西っぽいというよりは、もしかするとキダさんの“音楽”が関西っぽさを作ったというほうが正確かもしれません。テレビの黎明期から活躍されていますし、独特の節回しで有名な『有馬兵衛向陽閣』も1962年制作ですから。

【橋本】 たしかに! キダさんが関西っぽさを作ったのかも! 『有馬兵衛向陽閣』もたった5秒の中にめちゃくちゃインパクトや引っかかる要素が詰まってますよね。

【中将】 今、TikTokの1分そこらのショート動画が注目されていますが、キダさんはたった5秒! ショートの天才です。

【橋本】 キダさんってどんな経緯で音楽活動を始められたんでしょうか?

【中将】 早くに亡くなったお兄さんの遺品のアコーディオンに触れたり、また別のお兄さんがレコード好きだったことで音楽に興味を持って、高校の時にタンゴバンドを結成されたそうです。のちピアノに転向し、18歳、19歳頃に作曲活動を開始したそうです。

【橋本】 アコーディオンでタンゴ……今のイメージと違って当時としては流行のダンスミュージックという感じだったんでしょうか。

【中将】 そうですね。1950年頃なので、みんなジャズやタンゴで踊っていた時代です。キダさんの楽曲のウキウキするようなリズム感は、当時キャバレーやダンスパーティーでお仕事された経験が活かされているのかもしれませんね。『プロポーズ大作戦メインテーマ』(1973)なんて、ちょうどそんな感じですね。

【橋本】 この曲、名前は知らなかったけど聴いたらわかりました!

【中将】 横山やすしさん、西川きよしさんが司会を務めるバラエティー番組『プロポーズ大作戦』(ABC朝日放送)のテーマ曲として作られました。放送期間は1973年から1985年までですが、その後もいろんな使われ方をしてますよね。『ダウンタウンのごっつええ感じ』(フジテレビ)の横山やすしさんを揶揄したコント「やすしくん」では松本人志さんがこの曲を替え歌にして歌っていました(笑)。

【橋本】 (笑)。

【中将】 まぁ、キダさんの音楽性はかなり広くて、ひと口にはどうだと言い切れない部分があります。たとえばこの曲、コメディーNO.1の『アホの坂田』(1972)。

【橋本】 有名なコミックソングだけど、よく聴くとリズミカルだし無駄に壮大だし、すごい曲になってますね……。

【中将】 この曲はメキシコの伝統音楽「メキシカン・ハット・ダンス」にアイデアを得て作られたそうです。マーチとかいろんな要素が入ってると思いますが、そのミクスチャー具合がすごい。ちなみにこの曲はインパクトありすぎて、全国の「坂田」姓の人への配慮という理由で放送禁止になったそうです(笑)。

【橋本】 たしかにこれは小学生とかには悪影響だと思いますよ(笑)。そう言えばモデルになった坂田利夫さんも昨年末に亡くなっちゃいましたね……。

【中将】 音楽界もお笑い界も昭和がどんどん遠くなります……。さて、ここで紹介する最後の曲は、キダさんが作った曲の中で一番好きな曲です。北原謙二さんで『ふるさとのはなしをしよう』(1965)。ABCラジオの音楽番組『クレハ・ホームソング』の楽曲として発表。キダさんにとって歌謡曲、ポップスのジャンルでは唯一のヒット曲だと言われています。

【橋本】 中将さんのスナックの十八番ですね! CMソングやテーマソングもいいけど、ポップスでもすごくいい曲を作られているんですね。

【中将】 バラエティー番組で三枚目っぽいキャラクターを演じることも多かったけど、音楽家としての才能は一流です。キダさんは「最高傑作は何ですか?」と聞かれたら、いつも「次回作です」と答えたそう。そういう一生現役のミュージシャン魂を僕らも持ち続けていたいですね。