「楽しいですよね。こういう刺激を求めていましたし、毎日サッカーに関われるので、やっぱり『いいな』って。自分が言ったことに対して選手がやってくれて、うまく行った時の快感みたいなものは、たまらないですね」

新人監督はこう言って、サッカー少年のような笑顔を浮かべる。その立つ場所がピッチの上からテクニカルエリアに変わっても、この人の本質はおそらく何も変わらない。サッカーは楽しいもの。サッカーは楽しむもの。昌平高校を今シーズンから率いることになった、元日本代表のストライカー。玉田圭司は改めて今、サッカーとともに生きる日常の意味を噛み締めている。

監督として初めて挑んだ公式戦は、悔しい敗戦を味わった。プレミアリーグEAST開幕戦。横浜FCユースと対峙した昌平高校は、終始押し気味にゲームを進めながら、試合終盤にセットプレーから先制を許すと、そのまま0-1でタイムアップ。玉田監督は90分間を見ていて、気になったことがあったという。

「横浜FCさんは守りに長けているチームだったんですよ。それに対して真っ向から仕掛けながら、相手の前でプレーしていることに関して、『それはリスクではなくて、相手は危険だと思っていないよ』と。『相手の背後を狙って、相手をひっくり返すことによって、何かが生まれるんだよ』ということは言いました」

ボールは動いても、シビアなゾーンには侵入しきれていない。指揮官がより求めたのは『追い越す動き』。ただ、必要以上に強調することはしない。なぜなら選手がプレーを獲得する瞬間がいつなのかは、自身の経験からよくわかっているからだ。

「言葉で伝えるよりも、自分たちで良い体験をして、『ああ、こういうことか』と感じるのが多分一番なんです。言われたことに関しては、2,3日で忘れちゃうヤツらばっかりだと思うから(笑)、それを体現できた時に継続できるのかなって」。習うより、慣れよ。その積み重ねで41歳までJリーグの第一線でプレーしてきた。

第2節で向かい合ったのは、群馬の名門・前橋育英高校。昌平同様にアタッキングフットボールを標榜する難敵をホームで迎え撃つ一戦は、12分に幸先良く先制したものの、40分にはセンターバックがビルドアップを引っ掛けられ、そこから同点弾を献上してしまう。

実は開幕戦で相手に奪われた決勝点も、同じ選手がビルドアップの乱れを突かれ、その流れで与えたセットプレーからのものだった。2試合続けて似たような状況に起因しての失点。だが、玉田監督にはブレない明確なスタンスがある。

「アレはちょっと迷っているだけだと思うんですよ。でも、アイツにボールを繋げる能力があるからこそ起こったわけで、それをなしにしてしまうとアイツを使った意味がないんです。だから、彼の成長のためにも続けさせていきたいですね」

チームの中心部に当たる中盤のアンカーに指名されている、鈴木宏幸が教えてくれた言葉も興味深い。「玉田さんはミスをしても『次でやればいい』とよく言ってくれるので、結構自分はミスしたら引きずっちゃうというか、調子が落ちちゃったりするんですけど、そうやって言ってもらえることで、凄くのびのびとプレーできています」。トライした上でのミスはOK。トライしないことの方がよっぽどリスクだ。

2-2で迎えた78分。「アイツには去年から『オレはオマエが好きだ』と言っているんです。もう感覚が素晴らしい!」と玉田監督も絶賛する、途中出場のジョーカーが魅せた。鈴木のスルーパスから抜け出したチョン・チソッが完璧なラストパスを届けると、三浦悠代のシュートが確実にゴールネットを揺らす。

さらに90+3分。山口豪太からパスを受けた三浦は、丁寧なトラップで収めて右足一閃。軌道はゴール左スミへ鮮やかに突き刺さる。「小柄な悠大が大きな相手に対しても遜色なくプレーできて、こういう決定的な仕事ができるのは、やっぱり身体だけじゃなくて、頭でサッカーができているから。去年の彼は点を獲ることがなかなかできなかったんですよ。だから、今日2点獲ってくれたのは凄く嬉しいですし、何より自信になったでしょうね」(玉田監督)。信頼の起用に応えた“孝行息子”のドッピエッタ。ファイナルスコアは4-2。昌平が打ち合いを制し、今季の初勝利を手繰り寄せた。

シーズンを通した大きな目標は立てていない。大事なのは常に目の前の成長。そこに対しては妥協なく選手たちに求めているが、玉田監督はその部分で高校生とプロサッカー選手の違いも感じているという。

「彼らを高校生という扱いはしていないので、プロに対して言うようなことを僕は言っているつもりですけど、それに対して『無理です』というような感覚ではないんですよ。逆にプロの選手の方が、僕が要求したことに対して『いや、無理ですよ』と言うから(笑)。やっぱりやることによって伸びることもあるし、やって無理だったら自分なりにアレンジしてくれれば全然いいと思うので、まずやってみてくれることがありがたいですね。まあ、『無理です』って言えないだけかもしれないけど(笑)」。自分に限界を設けていない高校生と、彼らに無限の可能性を感じている指揮官。両者の相性もバッチリとマッチしているようだ。

聞けばこの日の試合には、選手たちも大きな決意を携えて臨んでいたらしい。玉田監督の現役時代のポジションでもあったストライカーを任されているチョン・チソッは、「本当にレジェンドの方ですし、毎日自分が指導を受けているのが不思議ですね」と笑いながら、続けてあることをそっと教えてくれた。

「一昨日が玉田さんの誕生日だったので、全員で『勝って誕生日プレゼントを贈ろう』という話はしていました。日々熱血的に指導してくれますし、情熱をもって接してくれるので、そこも自分たちは感じていますし、今日は本当に勝てて良かったです」

2日遅れで選手たちから贈られた、最高の誕生日プレゼント。こんな勝利を味わってしまっては、きっともう引き返すことなんて難しい。監督業というサッカー界の中でも屈指の抜け出しにくい“沼”に、玉田圭司は足を踏み入れてしまったのだ。

文:土屋雅史