「彼はコーチとして、ひとりの人間としても素晴らしい」(ユルゲン・クロップ監督)
「だれもが認める世界でもトップランクの指導者」(フィルジル・ファン・ダイク)
指揮官もキャプテンも、新監督を歓迎するかのような発言だ。フェイエノールトを率いるアルネ・スロットとリヴァプールの交渉は、極めて順調といって差し支えない。違約金は1100〜1500万ユーロ(約18億1500〜24億7500万円)でまとまる公算が大きい。
2019/20シーズンにAZで始まったスロットの監督キャリアはオランダの強豪を経て、世界の名門リヴァプールにまでたどり着こうとしている。
では、オランダ人監督とプレミアリーグの相性をチェックしてみよう。
◆ルート・フリット
チェルシー(96年7月〜98年2月)
30勝14分19敗
ニューカッスル(98年7月〜99年8月)
11勝12分18敗
◆マルティン・ヨル
04年11月〜07年10月(トッテナム)
47勝30分35敗
11年6月〜13年12月(フラム)
28勝21分40敗
◆フース・ヒディンク
チェルシー(09年2月〜6月)
11勝1分1敗
チェルシー(15年12月〜16年6月)
7勝11分3敗
◆レネ・ミューレンステイン
フラム(13年12月〜14年2月)
3勝1分9敗
◆ルイ・ファンハール
マンチェスター・ユナイテッド(14年7月〜16年5月)
39勝19分18敗
◆フランク・デブール
クリスタルパレス(17年7月〜9月)
4敗
◆ロナルド・クーマン
サウサンプトン(14年7月〜16年6月)
36勝15分25敗
エヴァートン(17年7月〜17年10月)
19勝12分16敗
◆ディック・アドフォカート
サンダーランド(15年3月〜10月)
3勝6分8敗
◆エリク・テンハフ
マンチェスター・ユナイテッド(22年6月〜)
39勝12分21敗
過去に9人がプレミアリーグのクラブを率い、スロットは区切りの10人目だ。しかし、タイトルを獲得したのはフリットがチェルシー所属時の96/97シーズンに、ヒディンクが08/09シーズン、ファンハールが15/16シーズンにFAカップを制し、テンハフが昨シーズンのリーグカップで戴冠したに過ぎない。リーグ制覇は未経験だ。
また、デブールは開幕4連敗、ノーゴールという不名誉すぎる記録を残し、わずか77日間で解雇。当時、ユナイテッドを率いていたジョゼ・モウリーニョに、「プレミアリーグ史上最低の監督」とまで酷評されている。
13年12月、成績不振のヨルを引き継ぎ、アシスタント・マネジャーから昇格したミューレンステインも3勝1分9敗。わずか3か月の短命に終わった。
オランダ代表の監督まで務めたアドフォカートも、経済力やマンパワーで上位に太刀打ちできないサンダーランドでは無力だった。
さらに、同僚や経営陣、サポーターともめてその座を追われた者も少なくない。フリットはニューカッスルでアラン・シアラーと冷戦状態に陥り、サウサンプトンを率いていた当時のクーマンは、契約年数をめぐって上層部との関係が修復できなくなった。
そしていま、テンハフは地元紙『Manchester Evening News』を「フェイクメディア」と罵倒。記者会見から締め出すほど、関係はギクシャクしている。
かのヨハン・クライフは、みずからの哲学を絶対に曲げなかった。ハンス・オフトはラモス瑠偉、柱谷哲二といった古株にもいっさい妥協せず、ファンハールは「システム重視で自信過剰」と批判されもした。
オランダ人の監督はみずからに絶対の自信があるのか、柔軟性が乏しいのか。
なお、09年2月、アストンヴィラから2−0の勝利を収めたヒディンクを除く8人が、すべてプレミアリーグの初戦でつまずいている。フリットはチェルシーでもニューカッスルでも1ポイント。ファンハールはスウォンジーに、テンハフはブライトンに、ともに1−2の辛酸を舐めている。24/25シーズンの開幕戦で、スロットも痛い目に遭うのだろうか。
いずれにせよ、全世界のリヴァプール・サポーターに愛されたクロップの後任だ。スロットはやりがいとともに、途轍もないプレッシャーに苛まれる。かかる圧はフェイノールトの3倍増、いやいや300倍増だ。
エールディビジとプレミアリーグのレベル格差を痛感する。
〈注〉各監督の勝敗はプレミアリーグ公式HP参照
Premier League Managers − Overview & Stats 2023/24 & Archive
文:粕谷秀樹