途中の上りでスプリンター陣が振り落とされた割には、最終局面には多くの選手が残っていた。その数35人。複数人を残すチームはスプリントトレインさながらの隊列を編成し、勝負のときに備える。ただ、フランクフルト市街地周回のテクニカルな連続コーナーがなかなか思うように走らせてくれない。

フィニッシュに近づくにつれ混沌となった優勝争いは、一度は集団内のポジションを下げながらも冷静に立ち回ったマキシム・ファンヒルス(ロット・デスティニー)に軍配。ひとり別格の加速力で他の選手たちを振り切った。

「春のクラシックを夢のような形で終えられて幸せだよ! 急な上りで集団の残れるか不安はあったのだけれどうまく乗り切ることができたので、あとはスプリントに集中するだけだった」(マキシム・ファンヒルス)

ドイツで最も古いワンデーレース、エシュボルン・フランクフルトはメーデーの休日を華やかにする「自転車の祭典」。そのメインイベントであるプロレースは、全19チームによって争われた。

全行程201.5kmのレースは、3人の逃げで始まった。2011年にこの大会を勝っているジョン・デゲンコルプ(dsmフィルメニッヒ・ポストNL)がこの中に加わり、若きチームメートのために汗を流す。2年前まではスプリンター向けのレースだったが、昨年のコース刷新で趣きはガラリと変化。過去何度と表彰台に上がってきたデゲンコルプの働きこそが、その変化を証明しているといえよう。

彼らのリードは最大でも4分ほど。少しずつメイン集団とのタイム差は縮まっていくとともに、3人の先導体制が登坂区間で崩れてしまう。結局、フィニッシュまで約90kmを残したフェルトベルクの中腹で、逃げていた選手たちは全員吸収。UAEチームエミレーツを中心にメイン集団のペースが上がっていたこともあり、タイミングを同じくしてスプリンター系の選手たちも続々と後方に取り残された。

そこからはアタックに次ぐアタックに。数人が飛び出すとそれを集団が追う流れの繰り返しではあったが、ベン・ヒーリー(EFエデュケーション・イージーポスト)やエマヌエル・ブッフマン、ロジャー・アドリア(ともにボーラ・ハンスグローエ)といった各チームのエースクラスがみずから動いて、ライバルチームの消耗を誘う。

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【ハイライト】エシュボルン・フランクフルト|Cycle*2024

そうこうしているうちに、メイン集団は35人程度にまで絞り込まれた。そして、実質最後の上りとなるこの日3回目のマンモルスハインで、ヤン・クリステン(UAEチームエミレーツ)が単独で飛び出した。

3月のミラノ〜トリノでは殊勲の2位で一躍注目を集めた19歳。4月にはプロ初勝利を挙げ、それに続く勝ち星に向け逃げの態勢を固める。メイン集団にはマルク・ヒルシらが控えており、自身は行けるところまで行く構えだ。

一時は30秒近くまで開いたタイム差だったが、残り20kmを切ってアルペシン・ドゥクーニンクやリドル・トレック、ウノエックスモビリティなどが代わる代わる集団を牽くうちに、クリステンのアドバンテージは徐々に縮小。レース最終盤のフランクフルト市街地周回に入ると、その差は約15秒。残り7kmを切って最終周回の鐘を聞いたところで11秒。

それからも粘ったクリステンだったが、残り2.3kmでついに集団がキャッチ。勝負の行方は、35選手による集団スプリントにゆだねられた。

ボーラ・ハンスグローエやウノエックスモビリティがスプリントに向けて組むが、それらをかわして先頭に立ったのはニールソン・パウレス(EFエデュケーション・イージーポスト)。彼に率いられたルーカス・ネルーカーの飛び出しとともに、スプリントが始まった。

ネルーカーの横から伸びてきたのはアレクサンデル・アランブル(モビスター)。しかし、アランブルの動きに合わせて加速したファンヒルスのスピードが完全に勝っている。後ろからはライリー・シーアン(イスラエル・プレミアテック)も追うが、ファンヒルスの速さは誰も止めることができなかった。

「すべてが完璧に進んだレースだった。スプリントで勝てたのは大きな自信になるね。少し前(2月のブエルタ・ア・アンダルシア)にはタイムトライアルでも勝っていて、いろんな局面で力を発揮できていると感じているんだ」(ファンヒルス)

一番にフィニッシュへと飛び込んだファンヒルスは、これがUCIワールドツアー初勝利。今季は開幕から絶好調で、出るレースのほとんどでトップ10フィニッシュ。ストラーデ・ビアンケとフレーシュ・ワロンヌでは3位となり、ビッグレースの表彰台も経験している。

この日は中盤の登坂区間をクリアする頃には単騎になっていて、他チームと比較して数的不利は否めなかった。それでも気持ちが揺らぐことはなかったという。

「スーパーなコンディションではなかった。ただ、チームメートがスプリンターを振り落とすために上りでペースを上げてくれたおかげで、その後が楽になった。みんなの働きが僕に自信を与えてくれたし、自分のことに集中するだけで良くなった」(ファンヒルス)

アシスト陣の捨て身の働きが、エースの快走を生んだ。チームは昨シーズンからUCIプロチームとして走っていて、2026年のワールドチーム復帰を目指している過程にある。そのためには2023・2024・2025各シーズンの獲得UCIポイントが重要だ。付与ポイントの大きいワールドツアーで勝つことは何よりも大きな意味合いを持つものになる。ファンヒルスの勝利は、先々にきっと強い影響をもたらすことになるはずだ。

「ここまでパーフェクトなシーズン」と胸を張るファンヒルス。このレースを終え、しばしの休養を経て、ツール・ド・スイス、そしてツール・ド・フランスへと進んでいくという。

最終的に、2位にアランブル、3位にシーアンと続き、それぞれ表彰台を占めた。バーレーン・ヴィクトリアスの一員として臨んだ新城幸也は、前半から集団前方で役目を果たしたのち、84位で完走。中盤の登坂区間で集団が分断した後も、チームメートを前線に送り込むために奮闘した。

そして、逃げで魅せたデゲンコルプはこの日も完走。連続完走記録を169に伸ばしている。

文:福光 俊介